第18話 闇に揺らめく
首都中央、王の居城に隣接した長方形の建築物。華美な感じが全くない無機質な白の壁。帝国魔法研究所本部は、匠によるさまざまな装飾的意匠を施された城の隣に置いておくには、あまりに異質な建物だった。
「気味が悪い」
サキの後ろをついて歩くアローはぼそりとこぼした。濃い霧の中を先に行くサキの耳には届かないほどの小さな声だった。
霧の中に浮かび上がる白い箱に、二人は近づいて行った。
「とりあえず、あなたには実験の被験体として所内に入ってもらいます」
「気持ちのいい話じゃないな」
「スズキトシヒコと関わりのある人物だと割れてしまうと、拘束をうける可能性が高いので。何か聞かれても、僕が受け答えをします。余計なことは話さないように」
しかし、私は既に帝国軍に取り調べは受けている。顔は割れているはずではないだろうか。
「私たちと彼らは、仲が悪いんです。情報共有なんてもってのほかです」
サキは自嘲じみた笑みを浮かべた。
研究所内部は、外壁と同じように壁も床も真っ白だった。すれ違う職員たちの姿も、上から下まで白の制服で統一されている。隣を歩くサキは、ほつれた土色の衣服をまとっており、アローの燃えるような赤い髪と合わせて、周囲の風景からすっかり浮いていた。
「問題ありません。彼らは、自分の研究以外のことなんて、眼中にありません」
とはいえ、明らかに所内の人間ではないアローの風貌に、やはり周りの視線は集中した。腰に下げた矢筒がかさかさ揺れる。普通、研究員は弓をぶら下げることはない。アローは何とかごまかすために、被検体としての生気のなさを必死に演じた。
「ここが僕の研究室です」
何本もの廊下をわたり、いくつもの部屋が等間隔で並ぶ区画にたどり着いた。サキの部屋は、ここの突き当たりにあった。
「中に、所員用の制服がありますから、それに着替えてください。ぱっと見は研究員ですから、動き回りやすくなると思います」
サキが扉を開ける。部屋の中は彼のアパートの自室をそっくりコピーしたように荒れ果てていた。
備え付けのクローゼットからまっさらな制服を取り出す。
「ここからは研究員として振る舞えばいいわけか」
大きめの制服なので、上から羽織るように身につけることが出来た。弓矢は分かりづらいように背中に隠しておく。
「それだと、咄嗟の時に弓が使えませんね」
二人は足元に散乱した書類をすいすい避けながら部屋を後にした。
サキの後ろをついて所内を右往左往に突き進む。特に他の研究員に訝しむような視線を向けられることもなく、アローは内心胸をなでおろした。
人気のない通路が続くと、それまでの区画とは趣の異なる、錆びた金属の扉が現われた。経年劣化により、縁や取っ手など細部に至りかなりボロついている。
「この扉の向こうが実験棟です」
錆びた金属扉は重苦しい嫌な音を立てて開いた。扉が後ろで閉まると、今までとは全く異なる景色が待っていた。
目の前にまっすぐ伸びた古びて色あせた廊下はほとんど照明が存在せず、頼りなく燃えるランプが点々と壁にかかっているのみだった。
「ここは僕を含め、一般の所員はほとんど立ち寄らない区画、旧研究所の名残です」
先ほどまであった人の気配は感じられない。古い時代の遺物のような空間には、二人の足音だけが響く。
暗闇の中を進むと、床にごろごろと大きな箱が並んでいた。うなるような音を上げながら、煙を噴出している。サキは箱の傍で跪き、箱を手であちこち触った。
「自動装置です。おそらく、魔素を生成する仕掛けが内部に施されています」
自動装置からは太い線が伸び、奥へと続いていた。それをしばらくたどっていくと、ひと際大きな扉に行き当たった。
二人は顔を見合わせる。お互い、うっすら脂汗を滲ませていた。
「行きましょう」
両者うなずき、ゆっくりと扉を押す。視界が急に開ける。天井は高くて視認できない。そして目の前には、四方に広がる室内に巨大な魔法陣の文様がびっしりと刻み込まれていた。
「何だこれは……」
二人は息を呑んだ。石を敷き詰めた道のような床一面が、黒灰石に埋め尽くされている。魔法陣の円周の外には狂った量の自動装置が転がっていて、点在する大きな柱に取り付けられたガラスの容器に魔素を供給していた。人の背丈ほどのサイズのガラス瓶には、紫色にきらめく塵が渦を巻いていた。
「こんなところに、一体何の用だね」
低くて重い枯れた声が、自動装置の駆動音に混ざって響いた。闇の中では、魔素の妖しい
重なるようにして装置が並べられた部屋の奥、垂れ下がった幕の中から誰かがひょっこり顔を出した。暗闇の中、サキとアローの元へ歩み寄る人影は、魔素の紫炎をたびたび浴びて、その姿をちらつかせる。
「見たところ、うちの所員のようだが……」
眼鏡のレンズに光が反射する。表情までは見えないが、サキとアローは彼の声色を聞き、足にかかる重力が倍増したように感じた。
「これでは顔が見えないな」
そう言って彼は指を鳴らす。するとサキとアローのまわりをたちまち炎が囲い込んみ、二人をめらめらと照らした。
「おや。誰かと思えば、君がスズキトシヒコの友人だね」
「……!」
アローを炙る炎が、彼の口元を暗闇に写し出す。熱気に気押されつつも、腰に下げた矢筒に手を伸ばすアロー。その眼は、足元の火炎魔法に照らされた相手を、確実に捉えていた。
火炎がいっそう燃え上がり、彼の全身をはっきり形どった。
「……あれが帝国魔術の長官です、アローさん」
白のコートに身を包んだ初老の男は、伸びた銀髪を後ろで束ねていた。帝国魔術研究長官・ロロである。
空地を取り囲む木々の影はどんどん伸びていき、空は赤く燃え始めた。ベルによる訓練は半日ぶっ続けで行われた。
地面に五対を投げ出している真城の顔をベルは覗き込んだ。
「空間に干渉する基本的な技術はつかんだようだな。それが出来れば、あとは応用だ。自分の力でどうにかしてみせろ」
真城は胸を上下させながら、途切れ途切れに言った。
「ベルさん、魔法が使えないスズさんが、時空超越出来たのって、おかしくないですか」
真城の問いにベルは顔を曇らせた。姿勢を戻し、遠くの空を飛ぶ烏を目で追いかけたまま、
「それが、私が奴を追いかけてきた理由だ。奴は、魔術における黒灰石、いわば触媒の効果を持つ。ある一定の変質を経た魔素に、強い反応を示す体質を有する。そう、うちのボスは考えている。つまり、」
空間干渉の性質に変換された魔素は、彼に引き寄せられる……。
「だから彼は異世界転生者なんだよ」
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