白明
突然の事にほんの一瞬認識が遅れたが、大妖鬼の胸から淡い光を放つ真っ白な槍が突き出ている。
「なにっ、今度は何なの!?」
「この槍は……白明か」
私の悲鳴に答えることなく、大妖鬼はすぐに背に手を回し背中側から槍を引き抜くとそれを空に向かって投擲した。
すると槍は空で光の粒へと変わり空気に溶けるように消えてしまった。
「姿すら現せないのか、臆病者が」
大妖鬼は空に向かって吠える。
しかし槍を放った人の姿は現れず、その代わりに先ほどと同じ槍が月の光を集めるようにして空に浮かんだ。
その槍はさらに二本に分かれ、さらに四本に分かれる。
しばらく見ているとやがてその槍は百を超えてしまう。
「クソ。覚えておくが良いぞ臆病者の獣風情が」
私と同じように空を見上げていた大妖鬼も増えてゆく槍を見て忌々しそうに顔を歪めそう叫ぶ。
しかしそれが最後の言葉となり、空に浮かんでいた槍の一本が大妖鬼を貫き、それを皮切りに槍が空から降り注いだ。
すぐそばにいた私は巻き込まれそうになり慌てて距離を取る。
そして振り返った時には地面に突き刺さった槍は小さな山のようになっていた。
「な、なにっ!?何が起こったの!」
次々と襲いくる理解のできない状況に私の頭はパニックを起こし地面に座り込む。
そんな私目の前で白い槍はガラスのように次々と砕け光の粒となり消えていった。
数十秒ほどで最後の一本も跡形を残すことなく消え、静寂の時間が流れる。
光の槍が消えた後には大妖鬼の姿はなく、彼も槍と同じく消えてしまっていた。
その数十秒で私の頭も随分と落ち着きを取り戻していく。
「……何だったのよ」
返事を求めていたわけではないが、誰に言うでもなく呟いた私の声に答える声があった。
「あれは白明様の術だ」
声の方に顔を向けると、お腹を抑えて満身創痍の姿の中鬼がゆっくりとこちらに歩いてきていた。
その姿には先ほど追いかけられた時のような威圧感は全くなく、まるで別人のような穏やかさを感じる。
「白明様?」
フラフラと歩く姿は見ていて不安になり手を貸すべきか迷ったけれど、中鬼の事を信用できず一歩も動けなかった。
そんな私の問いかけにも中鬼は気分を害した様子もなく私の側にあった木に背を預けて地面に座り込む。
「白明様はこの辺りの大地主。月天楼の主。月喰いの二つ名を持つ大妖狐で俺の主人でもある」
中鬼は目を閉じて気怠そうに私の質問に答えた。
しかし答えてもらってもあまり理解は深まらない。
この辺りでかなり偉い狐の妖怪だと言うことは何となくわかった。
「その月天楼って言うのは?」
「……行けばわかるだろう」
そう言うと中鬼は今座ったばかりだと言うのに、木を支えにして立ち上がった。
先ほどまでは満身創痍のようだったが今は苦しそうにしながらもさほど限界には見えない。
どうやら鬼とはかなり頑丈な生き物のようだ。
私に背を向けて森に向かって歩き始める中鬼についていくべきなのか、私はその背を見ながら思案していた。
しばらく歩き私がついてこない事に気がつき振り返った中鬼は私を見て眉根を寄せた。
「なぜ付いてこない?今のお前ではここにいても死ぬだけだぞ」
「いや、えーと、その……」
「ふむ……あぁ、そういう事か」
何と言うべきか迷う私に首を傾げた中鬼は私の足元まで視線を落として何かを理解したように頷く。
そして人差し指を立てた状態で手を胸の前に掲げるとその手に光が灯った。
「癒療術」
その状態で中鬼が呟くと、指先にあった光が私の足へと吸い込まれ、仄かに光を放つと消えてしまう。
驚くべき事に光が消えると同時に、ジンジンと痛みを訴えていた両の素足の熱がスゥと消えた。
まさかと思って足の裏を確認してみると血や泥で汚れてこそいるけれど、怪我は綺麗さっぱりと消えている。
「あ、ありがとう…ございます」
「こちらこそ気が利かなかった。その足では歩きづらいだろう。俺が運ぶとしよう」
私がお礼を言うと中鬼は気にした様子もなくそう言うと、あっさりと私を横抱きしにした。
「あっ、ちょっと!」
突然の事に振り解こうとしたがまるで鋼鉄を押したかのようにびくともしない。
「遠慮する必要はない」
「そう言う事じゃないんです!」
乙女心を足らない言葉で訴えたが、聞き入れられる事はなく、抵抗も虚しくなった私は仕方なく膝裏と背中の腕に体を預ける事にした。
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