第31話 禍
――――ひかるは熱がなかなか下がらない俺が休んでいる間、毎日朝からそこに立った。学校に行かないのか、と彼に尋ねても、『いいんだ』と短く返事をするばかりだ。幸いというのか、自分の都合のいいことにだけ頭が働く年齢と、家族のだれにもひかるとの密会を気づかれることは無かったので、二人が友達になるのには時間はかからなかった。桜の木は、神社と自宅の敷地をちょうど隔てるように生えていた。
――何を話したんだろう。
――何を話したら、友達ってなれるんだろう。
あんなに簡単だったことが、背が伸びれば伸びるほど、分からなくなった。
次の記憶は、木の下にいる俺と、うざいくらい舞う桜の花びらが連れて行った「ひかる」の形跡だけだ。
風邪が治って嬉しかったのか、驚かそうと思ってそうっと、走って二階から降りて、桜の木の下に行ったのか。--そのあとも、その前も、もう良く思い出せない。
お祓い関連の相談を受けにきた人たちへの父の仕事に居合わせたとき、悉く俺のいる時には
変な噂が無くなった、肩が軽くなった、と。
きっと、その人たちには俺は役に立ったんだろうけど。
言いたいことが、あったかもしれないのに。
救いを求めていたかもしれないのに。
俺の存在が、意図関係なくそれを消してしまう。こんなの、悪者もいいとこだ。まるで独裁者みたいだ。--
****
――チょッきン!!!
鈍い刃物の音が響いた。
「驚いた……僕、ここでは実体があるんだ」
神田の体は落ちてはいなかった。神田の腕を支えて居たのは少年の那月だった。
「俺から離れて!」
神田は自分が病原菌であるかように顔を背ける。那月の手はまだしっかりと神田をつかんでいる。
「……大丈夫、みたいよ。僕消えてないもん」
各々は鈍い金属の音を思い出した。
「でも、どうして……? 君、幽霊じゃ……」
「幽霊だよ。不本意だけどね」
「さっきのは? それにあの音……」
占はあたりを見わたす。神田を連れ去ろうとした風の手は、どこかへ消えた。
――思い出した……。僕、厄切鋏なんだ」
口を開いたのは縁だ。
「厄切鋏って……?」
――何か不吉なもの、縁を切りたいときにつかうおまじないの道具さ」
「そんなこといままで一度も……」
――僕も、今、思いだしたんだ。僕に記憶がないの、前話したよね。僕はお店の『モノ』たちとちょっと違う、なんでだろうってずっと考えていたけど……。神田も那月も助けたいって思ったら、できたんだ。
今、神田とその力の縁を切った。幽霊を消してしまうくらいのその強い力との縁を。
代わりに
「そんなことが……?」
--それが僕の仕事なんだ。くっつけたり離したり、がね」
「ほんとに……? 俺もう、あんな思いしなくて……いや」
神田は少し気まずそうに話をそらすと
「……ありがとう。縁。那月も本当にありがとう」
そう言い、那月の顔を仰ぐと、なにか問いかけようとしたが、
「まって、神田……」縁は神田の言葉を遮る。
「まったく、大騒ぎしてくれたわね」
其処に丁度現れたのは、羽織に提灯の真音だった。
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