第16話

 部活が終わったあと、また居残り練習に参加する。みんなはミニゲームをやっているけれど、僕はいつものように、ロングシュートの練習をする。

 今まで僕はだいたい1人で練習していたのだが、最近一年生が一人、一緒に練習するようになった。その一年生は戸澤君と言って、僕と同じようにさぼりぐせがあり、顧問の先生にしょっちゅう叱られている。彼は僕と違って運動神経が抜群に良いので、有望株として先生に期待されているのだ。ちょっと不良っぽくて、女子にも人気があるらしい。

「師匠、プライベートなことを訊いてもいいですか」

 シュートを放ちながら、戸澤君が話しかけてくる。

「その師匠っていうのどうにかならない? 何にも教えてないし」

 僕は笑って言った。

「いえ、菅原先輩は俺にとって人生の師匠ですから。是非師匠と呼ばせてください」

 戸澤君が真面目くさって言った。

「まあ別にいいけど」

 話しながらシュートをしても、スパスパ決まる。相変わらずシュートの調子だけはいい。

「それで、プライベートな質問ですけど」

「普通の高校生にプライベートも何もないよ」

 僕は笑った。

「師匠の彼女さん、スゲー美人ですよね。どうやって落としたんですか。師匠は普段、けっこう無口な感じですけど。決め台詞とかあるんですかね?」

 決め台詞……。

「女の子を落とすって、なんでそういう表現をみんな使うんだろうね。恋に落ちるならばむしろ、男の方が落ちたっていいわけなのに」

「はあ、なるほど。さすが師匠。むしろ男が落ちろってことですか?」

 戸澤君を混乱させてしまった。 

「普通に、付き合ってくれませんか、って言ったと思う」

 僕は言った。

「それだけですか。それで彼女さんは、OKされたんですか」 

 戸澤君も僕に話しかけながら、ズバズバとシュートを決める。

「付き合ってくれませんか、って言った後に僕は、言い訳みたいなことを言っちゃったんだよね。君を助けられない、みたいな事を」

 そうだ。そんなことを言ったんだ僕は。

「それでOKしたとは彼女さん、相当師匠に惚れてたんですね。それか、相当優しい人なのか」

「そうなんだ。すごく優しい人なんだよ」

 僕は言った。

 その後戸澤君がまた、いろいろ話しかけてきたけれど、僕は上の空で答えを返してしまった。告白の時に僕が、助けられないと言ったことを、木村さんが忘れているはずがない。僕はすっかり忘れていた。

 

 その夜僕は、自分の部屋で携帯電話を握り締めていた。木村さんに電話をして、助けられないと言ったことを取り消したい。でも、今僕が言ったところで、ほとんど意味はないだろう。単なる言い訳になってしまう。ベッドに寝転んで携帯電話を放り投げた。その途端、携帯電話の着信音が鳴った。

「もしもし、木村さん?」

「……。なにお前、切羽詰った声出して。振られそうなのか?」

 男の声だった。

「なんだ、おじさんか」

「がっかりさせて悪かったな。どう? 彼女とは上手くいってる?」

 笑っておじさんが言った。

「僕はかなり笑えない状況です。けんかとかしてるわけじゃないんですけど、上手くいってない事は確かですね」

「なんだよ。謎めかしやがって。ちょっと俺に話してみろよ。アドバイスしてやるから」

 旅の恥は掻き捨て、じゃないけど、おじさんは遥か遠くの国にいるのだ。僕はこの際、木村さんと出会ったところから今までを、細かく説明した。

「それで、超美人な訳だろ……その娘」

「まあ、かなり美人ですよ」

 僕は言った。

「それが、お前に惚れてくれてるわけだろ?」

「まあ、そうですね」

「そうですね、じゃねえよ! お前、なにやってんだよ。ぼーっとしてる場合じゃねえだろ!」

 おじさんが半分怒って、半分笑ったような口調で言った。

「僕もそう思います。でも、どうしたらいいのか分からなくて」

「……まあ、そうだな。十七だもんなぁ。いいよな。美しいよ。美しい美しい」

 歌うようにおじさんが言った。

「あの……おじさん、酔ってます?」

「酔ってるけど正気だよ。いいか、これから俺が言うことをよく聞け。そして、実行しろ。分かったか?」

「……」

「分かったかって聞いてるんだよ!」

「……分かりました」

「お前の彼女、京子ちゃんだっけ? 京子ちゃんは病気だよ。精神の病気だな。それを二人でまずちゃんと認めろ。幸いなことに症状はそんなに重くない。本人も戦う気力があるみたいだ。お前は京子ちゃんを連れて、精神病院に行こう。今だったらそうだな、駅前とかにある普通の心療内科でいいよ。どんな病院に行こうがたいして差は無い。カウンセリングは止めとけ。効果が無いとは言わないが、かなり高いからな。大事なのは、薬を貰うことだ。気持ちを楽にする薬をください、ってちゃんと言うんだ。それとそうだな、京子ちゃんがうまく眠れないなら、睡眠薬も貰うといい。曖昧に言うなよ。ちゃんと、睡眠薬をください、って言うんだ。薬を出し渋る医者もいるからな。それで、京子ちゃんに、ちゃんと薬を飲ませろ。ここまで、分かったか」

 怒涛のおじさんトークだった。

「分かりました。心療内科って、保険は利くんですか」

「もちろん。保険証持ってけよ。あー、あとな、精神系の薬は、効くまでに時間がかかる物も多いから、すぐにがっかりするなよ。医者に頓服もくださいって言うといい。頓服だぞ、トンプク! すぐ効く種類の薬だ。どうしても辛い時に、一時的に使えばいい。お前の話の感じだと、京子ちゃんは山場を迎えつつあるからな。一回乗り越えたら、だいぶ自信がつくよ。完璧に治るっていうのは、期待しない方がいいけどね」

「治らないんですか……」

「これは俺の想像だけど、京子ちゃんのエキセントリックな美しさは、京子ちゃんの苦しみとセットだと思わない? どうよ、光一君?」

「割と、そうだと思います」

「だとしたら、苦しみを完璧に取り除くことは、京子ちゃんが京子ちゃんで無くなっちゃうってことなのよ。分かる?」

「何となく分かります」

「だとしたらお前は、京子ちゃんの病気ごと愛しちゃえばいいじゃない。うわー、恥ずかしいこと言っちゃったよ俺。高校生みたい」

 おじさんが大笑いして言った。

「病院か……。木村さん、素直に行ってくれるかな」

「無理矢理にでも連れて行ったほうがいいよ。真面目な話、薬でだいぶ変わるよ。経験者は語る」

「そうなんですか」

 僕は言った。

「そうなんですよ。友達でも、たくさん見てきたからな。信用しろよ」

「わかりました。やってみます」

「うん。じゃあ、またな。そうだ、今俺は、どこにいると思う?」

 僕は心を静めて集中した。おじさんは、今どこから電話をかけてきているか。

「まさか東京?」

「……大阪だが! お前冴えてるよ、やっぱり。その調子で行け。じゃあな」

 おじさんがそう言って、電話を切った。とてもありがたい電話だった。今までおじさんにつながっていた携帯電話を目の前に置いて、僕は両手を合わせてお辞儀をした。

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