第51話1番大切な人を大切にしたいから

 ふーと息を吐き、いつものように穏やかに微笑む立山君。


「全て過去のことだよ。たまたまその機会がなかった、それだけ」


 私は立山君をジッと見る。

 立山君は観念したように、片手を振る。


「そうだよ。俺は知ってたからね。雪里が登に惹かれ出しているのを誰よりも見てたから。気付いてた? 雪里は登の部屋に行った時、すでにアイツに惹かれていたって」


 私は息を飲んだ。


 あの日、昼前だと言うのにベッドで寝ていた登をずっと見ていた。

 登が目覚めるまで、ずっと。


 起きたてに私が部屋にいる現実を理解出来なかったのか、登が目を白黒させていたことをしっかりと覚えている。


 ベッドの下には読んでいたのだろうライトノベル、それも幼馴染物だったのには何度思い出しても笑えた。


 そんなちょっとした一つ一つを異性としてを、どうして鮮明に覚えているのだろう?


 どうして彼の部屋から出て行くことをしょうがないよね、と感じたことも覚えている。


 どうして異性の部屋へ1人で入ろうなんて思えたのか? 彼氏の部屋にすらのに。


 ……本当はずっと認めたくはなかった。

 あんなに、登に惹かれていたことを。


「うん、良いんだ。気付いてないのは。だって、その恋の萌芽ほうがを助けたのは他でもない俺だから」


 どういうこと?

 問いかけは口には出なかったけど。

 立山君はわかっている、と微笑み頷く。


「最初から2人の目が交差しているのに、俺だけは気付いてた、ってこと。それが分かっていながら俺は雪里と付き合ったんだ」


 分からない。

 なんで彼がそんなことをしたのか。

 だが、彼はそれも教えてくれる。


「男はね、女の子が思うより本当にずっとずっとロマンチストなんだよ。それをこじらせて反発してしまうのが悪い男の始まり。最初は誰もがとても純粋だ。特に初恋はね。この考え、御影なら多分わかるだろうな、それと倉橋も」


 はぁーーーと彼はその日、一番のため息を吐く。

「雪里も倉橋も嫌な奴だったら良かったのに! そうしたら……遠慮なく奪ってやったのに! お前らなら良いやって思ったよ。むしろ、お前らが上手くいってるのを見たいと俺が一番思ってしまった。だから春に別れてやった。雪里、お前が自覚したからな」


 その言葉をどうとらえてよいか。

 立山君の中にも葛藤かっとうがあったことが分かった。

 もしかすると、奪ってしまおうと思ったこともあるのかもしれない。

 幼い愚かな女を踏みにじってしまおうと。

 それでも彼は。


 そんな彼に私はハッキリと告げる。

「それでも、ありがとう」


 それが結果論でしかなくとも、私は助けられて……今、ここに居る。ここに居ることが出来る。


 きっと立山君に奪われていても、私は結局、登を求めただろう。その時の私がどう思うかは今の私では想像すらつかない。

 ただ言えるのは、そのときの私の後悔は今の私の比では無かっただろう。


 きっとあの本の主人公を振った女は立山君と別れることが出来なかった私なのだ。だから、怖かった。それに自分の心が耐えられたとは思えない。


 立山君はニッと笑った。

「それでも、ありがとう、か。……うん、良いな。さっきも言ったけど、どっちにしても終わったことだよ。俺はさ。恋の最期おわりはサヨナラじゃなくて、ありがとうが良いと思ってる。……だから雪里美鈴。ありがとう」


 私も彼の方をしっかりと向き、再度深く頭を下げる。

「ありがとうございました。立山浩二さん」


 これで終わったのだ。終わってたけれど、それでも私は彼にお礼を言いたかった。

 一番大切な人を誰よりも幸せに出来るチャンスを……切っ掛けをくれた彼に。

 何処にでもある悪意に無防備だった幼い愚かな私を見守ってくれた彼に。


「あーあ、雪里ー! 最後だからハグしていい?」

 彼は両手を広げる。


 それに私は……キッパリと首を横に振り微笑む。

「無理。一番大切な人以外には抱き締めさせたくないから」


 その言葉に誰よりも立山君が嬉しそうだった。

「かー! ザーンネン! でも、雪里! それが正解。大事にしてくれよ! 男の純情のためにな!」


 彼の言った意味の全部が分かったわけではない。それでも少し分かった気がする、ほんの少しなんとなく。


 私はもう一度だけ、立山君に頭を下げて屋内へ……登のところへ戻った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る