12-2

新年最初のバイトの日。スーパーまでの短い距離を歩いていると、冷え切った空気を懸命に温めようとする太陽が眩しかった。


「小坂ちゃん!今年もよろしくね!」

しげさんのいつもと変わらない笑顔を見てほっとした。私は、成人式の様子やクラスメイトと写真を撮ったことなどを報告した。

「よかった。僕のせいで無理矢理参加して、小坂ちゃんが嫌な思いしてたらどうしようって、少し心配だったんだよね」

「いえ、しげさんに『行った方がいい』って言われなかったら、同級生にも会えなかったですし、成人式がどんなものなのかも経験できなかったし、親も喜んでいたので、本当に感謝してます」

「感謝だなんて大袈裟だよ!小坂ちゃんが楽しめてよかった」


感謝の気持ちはちゃんと伝えることができたけれど、私の心の中にはまだ言わなければならないことがあるような気がして、仕事中もそわそわしていた。いつになくしげさんのことが気になって仕方がなかった。しげさんはいつも私のことを気にかけてくれて、私の話をたくさん聞いてくれたけど、私はしげさんのことをあまり知らない。どんなものが好きなのか、どんな学生時代を過ごしてたのか、どんなことに怒るのか。しげさんともっと話したいし、もっと仲良くなりたい。スーパーの外で、話せたらいいのになって思った。


シフトが終わって控室に戻ると、ちょうどしげさんと二人きりになる瞬間があった。

「お疲れ、小坂ちゃん!」

「あの…」

理由はなんだって良かった。ただ、しげさんと二人でお話をしてみたかった。

次の言葉をなかなか言い出せない私を急かすことなく、しげさんは柔らかい視線を向けてくれていた。

「行きたいお店があって…クラフトビールが飲めるお店なんですけど…ついて来てくれませんか?」

しげさんをまた驚かせてしまった。この表情を私は何回も見たことがある。

「え、一緒に行くのこんなおじさんでいいの?」

「しげさんじゃなきゃダメなんです」なんて大胆な返しをできるわけがなく、でも引き下がりたくはないので、しどろもどろになりながら誤魔化す。

「ほかに誘える人いなくて…」

失礼だっただろうか?誘える人がいないから仕方なく誘ったと思われてしまっただろうか?

「しげさんお仕事あると思うので、夜遅い時間でも大丈夫ですし、時間は合わせられます」

断られるのが怖くて、しげさんが話し出す前にいろいろ情報を付け足してしまった。

「いいよ」

でも案外、あっさりしげさんからOKをもらえた。嬉しくて、顔がにやけてしまいそうで、それが恥ずかしくて、下を向きながら話を続けた。

「いつがいいですか?」

「平日でも大丈夫?」

「はい」

「平日だったら小坂ちゃんの好きなときでいいよ。夜休み取るから」

「じゃあ、来週の金曜でもいいですか?」

「うん、いいよ」

「楽しみにしてます」

そう言ってようやく顔を上げると、しげさんは書類に目を落としたまま、笑っているのか戸惑っているのか気まずいのか、何を思っているのか全く読めないなんとも言えない表情を浮かべていた。


翌日バイトに行くと、パートのエツコさんが大騒ぎしていた。

「しげちゃんが午後休!?あの年中無休のしげちゃんが?何があったの!?」

控室に貼ってあるシフト表に書かれたしげさんの休暇予定に気づいたエツコさんが、しげさんに詰め寄っていた。

「少しは休んだ方がいいって言ったのエツコさんじゃないですかー」

「何?デート?しげちゃん、彼女できたの?」

「いや…デートなんて言ったら、相手に怒られそう」

「え!やっぱり女の子なの!?かわいい?何歳くらい?」

「シフト終わったんですから、もう帰った方がいいんじゃないですか?」

「えー、だって気になるじゃないのー。しげちゃん全然女っ気ないんだもん」

私がいるとしげさんが気になってしまうだろうと思ってエツコさんより先に控室を出た。シフト表の休暇予定を見たとき、本当に私のために休みを取ってくれたんだと実感が湧いてすごく嬉しかった。エツコさんの質問攻めにあっていたときも、私を気遣いながら受け答えしてくれているように聞こえて、しげさんの優しさを感じた。そして、エツコさんのお節介のおかげで、たぶんしげさんに彼女はいなさそうだということがわかって、喜んでいる自分もいた。ただ一緒に飲みに行くだけなのに、二人だけの秘密ができたみたいで勝手にドキドキしてしまう。欲を言えば、しげさんが“デート”だと言ってくれたら、もっと嬉しかったかも。

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