11-3
年が明けて1月になり、僕は18歳になった。相変わらず雛さんとは連絡が取れず、伯母・伯父・僕だけでささやかにお祝いした。リビングにいた蘭も、見守ってくれていただろうか。
両親は処分の後、共に行方をくらました。日本にはもういないのかもしれなかった。
「雛、居場所だけでも知らせればいいのに」
伯母は雛さんの真実が分かってから数日は怒ったりイライラしたりしていたけれど、ある日を境にそれはなくなった。その代わり、僕が知らなかった雛さんの話を教えてくれるようになった。
「雛はね、本当は日本語の論文とかあっちでもずっと読んでたの。でも響也のおばあちゃんがたまに英語で雛に話しかけていたのが、後々の海外生活で役に立ったらしくて。だから響也にも自然に英語を身につけてもらいたいってずっと言ってて、頑なに英語しか喋らなかったのよ。私英語苦手なのに、私がいる時だけは響也のために協力して! って言われちゃって。妹の頼みはなかなか断れなかったんだよねぇ」
「雛はずっと料理が苦手でね。最初は頑張ってたんだけど、研究が向いてるって分かってからはすっかり諦めちゃって。私が作ったのたくさんつまみ食いするようになってさ、あの子1ヶ月で4kgも太ったことあるんだよ!」
「母と雛は昔、結構喧嘩しててね。響也くんから見たら考えられないでしょ? でも一時期は犬猿の仲だったの。反抗期の真っ最中なんか、母のご飯一切食べなくて! でも私のコロッケだけは吸い込むように食べたんだよね。あれ以来、雛は私のコロッケが大好きなの」
そう話す伯母の声は弾んでいるようで、寂しさも感じられた。良心の呵責で苦しんだ妹を1番助けたかったのは、伯母だったのかもしれないと思った。雛の存在を思い出すように、でも心のどこかで片をつけよう、というように話す伯母も、すごく苦しそうだった。僕には聞くことしかできなかったけれど、それで苦しみを少しでも減らしてあげられたら良いと思った。
拓也さんがどういう人だったのか、僕には分からなかった。会ってからずっと軽蔑していたけれど、本当はどういう人だったのだろう。NBJの物語を読む前に、彼はどんな人生を過ごしてきたのだろう。雛さんが愛したのは、彼のどんな所だったのだろう。
伯母の思い出話を聞いて笑うことも徐々に増えてから、僕の考えは変わっていった。僕は拓也さんをほんの一部しか知らない。あの日見た彼が、全てではない。
「頭を冷やすつもりで考えてみたんだけど、拓也くん……響也くんのお父さんも、あんな急進的な考えをするまでには色々あったんだと思うよ、私達には想像もつかないような、研究者としての葛藤とかね。……けどね、響也くん。私思うのよ。響也くんはとても優しくて真面目で、誠実で明るい子。やっぱりそこには、雛だけじゃなくて拓也くんからもらったものもあると思うの。……だから、自分を大切にしてね。これだけは、忘れないで」
僕は伯母の言葉を信じようと思った。両親がやってしまったことは、断じて許されるものじゃない。けど僕の両親は、紛れもなく雛さんと拓也さんだから。僕の家族であることに、一生変わりはないのだから。
いつか赦せるように、生きて待っていようと思った。
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