9-2

 蘭は朝礼ギリギリに教室に帰ってきて、何事もなかったように授業を受けた。昼休みは、今まで一緒にご飯を食べていた女子が、少し遠慮がちに蘭を輪に入れていた。


 僕は放課後、蘭の後をつけた。一緒に帰ろうとしたら、また何か言われるかもしれなかったからだ。


「ねぇ」


 突然蘭が声を発し、振り返った。だるまさんが転んだ、のような状況になった。


「ついてきてるのは分かってるの」

「あ……うん」


 僕は周りに人気ひとけが無くなったのを確認して、蘭の元に駆け寄った。


 蘭は施設に行く道ではなく、あの公園に行く道を選んだ。


 公園に着くなり、蘭は不思議そうに尋ねた。


「ねぇ響也。今朝は何があったの?」

「実は……真理が雑誌を持ってきた。あの病院の医師がついに告発したらしい。僕がこの前、蘭に話したことがそのまま載ってた」

「え……それって……」


 僕は頷くしかなかった。真理が蘭を病院で見かけたことを話した。


「蘭の写真にはモザイクと目隠しがあったんだけど、彼女は人間ではない、って明確に書かれてた……」

「だからみんなよそよそしかったのか…………そりゃそうだよね、クラスメイトがただの人工物で、体の中に薬が入ってるって知ったら、ああいう反応して当然だよね」


 蘭は普通に話そうとしていたけれど、その声は微かに震えていた。


「ごめん……蘭が教室出て行った時、追いかけようとしたんだけど……」

「どうせ止められたんでしょ、真理に」

「え、何で……」

「そりゃ真理はクラスでも発言権とか存在感強いもん! あの子が雑誌持ってきて、この写真の子蘭だよねって言ったら瞬く間に広がるし、あの子に逆らうって……結構……むっ、難しい、から……っ」


 蘭は泣いていた。当然だ。苦しいに違いなかった。


「ねぇなんで? 私はただ病院に行って貢献させられてただけだよ、なのになんでっ、なんで私が仲間外れにされなきゃいけないのっ、何も危害なんて加えてないのに、ねぇなんで……っ!」

「蘭……ごめん」

「響也は謝らなくていいの。響也は悪くない、むしろ私のこと1番考えてくれる、怒ってるのは……自分なの」

「自分?」

「自分が生まれてきたこと、それもただの研究材料っていう期待しかされずに生まれてきたこと、勝手に記憶とか成長を操作される存在でいたこと、なのに普通の学校生活に少し適応しちゃったこと、それから、人間を好きになってしまったこと」


 蘭は僕の手を取った。冬が訪れていたせいかもしれないけれど、蘭の手は凍りそうなほどに冷たかった。


「……そんな自分が、許せない」

「自分を責めないで……全て蘭のせいじゃないんだから」

「うん、ありがとう。でも理不尽すぎて、ちょっと笑えてきたりするよね」


 力なく笑う蘭は、今までで1番弱々しかった。この短期間で抱えるものが、あまりにも大きすぎた。支えるのが僕1人では、到底心許ないくらいに。


 僕の慰めは一時的にしか効果がなかったようだった。


「響也は、真理の言うことに従っていいからね。私のことは大丈夫だから」

「でも……」

「とにかく大丈夫っ。真理はクラスの裏ボスみたいじゃん、逆らったらおっかないよ」


 蘭の言うことは正しかった。みんなに蘭が人間じゃないとバレた翌日、また僕が蘭を守ろうとしたら、今度は肩を掴んで耳打ちをしてきた。


「あの子を庇うなら、パパに言って入学取り消してもらうこともできるんだよ?」


 真理の父親は付属大学の副総長だった。そんなバカな、と思ったけれど、真理は何をするか分からない。それに大学合格を心から祝福してくれた蘭や伯母と伯父を想った時、僕には従うという選択肢しかなかった。



 このニュースは、テレビでも大きく報じられた。


「こんなひどいこと……女の子が可哀想……って、これ響也くんの学校の制服に似てない?!」


 人参を切る手を止めて、伯母はテレビの前に移動した。


「うん、うちの学校みたい」

「え?! だ、誰か響也くん知ってるの?」

「ううん、知らない」


 咄嗟に嘘をついた。


「そっか……この告発したお医者さんすごいね、勇気あるね……てかこの研究やってた人達本当に何なの? 信じられないっ、命をないがしろにしてるよ! そう思わない? 響也くん」

「すごく、そう思う」


 テレビでは、考えられる人物に当たってみたものの、回答を得られなかった、と伝えられた。



 伯母にとって“信じられない”人々が妹と元義弟だなんて、口が裂けても言えなかった。

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