第31話 諜報

 ああ、彼にこれからは、どんな顔をして逢えばいいの?

 それとも、あれは幻か夢なの?

「そう言えば、向こうでとてつもない推力のロケットエンジンとかもオーダーされたけど。通信衛星を打ち上げるなんてかわいい用途じゃないわね。

 それよりも、もう、何がなんだか。思い出すのもおぞましい、猫に身体を貪られる感覚が、ざらつく舌の感触や小さな牙に刺される痛み」


 うっ。込み上げる嘔吐感をなんとか石の力でねじ伏せる。

 それに、竜は怒るでもなく淡々とあの処理を肯定していた。ネコさんと呼ばれる猫と彼の会話が耳に残る。既に身体のほとんど機能が損なわれているというのに、なぜだか二人の会話が私に届いていたのは何故だろう?


『ふふ、リサイクルは重要よ、竜さん』

『ああ、それは重要だな』


 メールに添付されていた動画と私の聞いた最後の会話は一言一句一致していた。なら、あのメールの送信者は、誰なの?少なくとも彼の関係者でなければ入手できないはず。


 メールの着信音に、びくついてしまう自分をなけなしのから元気で笑い飛ばしてスマートフォンを見る。


「ふっ、リチャードからか。そろそろ、現地に忍び込む必要もあるけど。ヘンリーにもまた、骨を折って貰わないと。あとはフランクかあ、あの好色漢に餌を与えるのがちょっと心理的にしんどいわね」


 フランクについてはあまり思い出したくない相手だが、今回の調達に欠かせない相手であることも事実だ。それにもまして厄介なのが金で動かないところだ。

 フランクは、スカーレットに異常に執着していて適当な女性をあてがってもこちらの調略に乗って来ないところが厄介だ。

 逆にスカーレットが、その身を差し出す覚悟を見せられるのなら特に障害は無いのだから客観的には楽な相手かも知れない。


「冗談はやめて欲しいわね」


 スカーレットは頭の中でタスクスケジュールを検討すると、とても手が回りそうに無くなってきていることに気付く。もとより、厳しいスケジュールを縫って遊びに行ったのだからそれなりの皺寄せも甘受すべきだろう。

 こういうのを日本だと猫の手も借りたいと言うそうだが、ネコ?


 三秒ほど悩んで、ジョージを呼び出す。


「ジョージ、今いいかしら。ところで、そちらで私の身代わりになった偽物をこちらで使えないかしら?」

「うーん、どうだろうな。だが、今回の訪問でわかったと思うがあの偽物、ホムンクルスの寿命はとても短い。二十四時間が限度だからな、それにしてもあれを何に使うのか聞いてもいいか?」

「聞かない方がいいと思うんだけど。エンジンの設計資料を入手するために攻略したい相手がいるのよ、そいつが私にぞっこんでね。私が相手をしてやってる時間も意欲も無いからあのホムンクルスが使えればと思って」


 たぶん、ホムンクルスは向こうの世界でもやっていけるだろう。ホムンクルスを届けるのは、俺とスカーレットで取引をすれば可能なはず。あとは、ネコさんの説得と運用方法に穴が無いかだけだな。


「わかった、こっちの担当者に確認しておくよ。

 ところで、スカーレット。顔色が悪いけど大丈夫か?」

「ええ、一日遊び惚けたからその後の過密スケジュールに眩暈がしているだけよ。次はいつ休めるんだか」

「ああ、落ち着いたらまた、訪ねて来ればいいよ」

「ええ、気が向いたらお願いするわ。たぶん、もうそんな気は起きないと思うけど。竜、リサイクルは、重要よね?」

「え?ああ、確かにな」


 数日後、私の身代わりのホムンクルスが部屋に現れた。もちろん、竜と取引して買い上げた結果だ。


「確認するわ、フランクについて何を知ってるの?

「はい、あなたが知る全ての事を」

「そう、じゃあ、上手くフランクを手玉に取れそう?」

「はい、あなたが望むとおりに」

「じゃあ、フランクを調略してちょうだい。もうじき、ここに来る頃よ、上手くやってね」

「はい」


 翌日、フランクからエンジンの設計資料が送られてきた。蕩けるような甘い言葉と、ホムンクルスとの夢の一夜の素晴らしさについて綴るメッセージと共に。


「取引成立ね」


 ホムンクルスの死骸が、私の部屋から跡形もなく消えていった。

 取引相手は、当然の如く竜だ。 

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