第24話 巡業

 ハナ王国の第二王子ナルシュがマリアを伴ってドーエ共和国を去る数日前、ナッキオ群島のさびれた島に珍しく、旅の一座がやって来た。ただし、船に乗っていたのは旅の一座と呼ぶには慎ましく女性の二人連れだけだったのだが。

 青い服を纏った、サングラスの女性が退屈気に船から降りた。

 ほんと、面倒だわ。アンはどこかしら?


「すみません、我が主お待たせしました。街の案内図を貰ってきました」

「そう、時間が掛かったわね。まあ、いいわ。いきましょ、つまらない道化に付き合わされるのはうんざりだわ。あの猫め、偉そうにマスターから言われてなければ、あんな奴の指示になど従うものか」


 アンと呼ばれた女性は、羊皮紙(実際は、牛の皮を薄く延してなめしたもの)に書かれた間略図を見ながら先導すると目指す目的地に着いた。そこは、材木が伐採された後植林されるでもなく放っておかれ、雑草がまばらに生えた空き地だった。


「ま、こんなもんね。じゃ、下僕たち出て来てちょうだい。ここに、いつもの舞台を作るわよ。そう、当然観客席には日差しが強いから陽を遮る屋根も用意して。あと舞台の隣に私たちの控室を作ってね。

 ああ面倒ね、あとはアンの指示に従って。はい、さっさとやる!」

「ええ?、お、お任せください、我が主」


 一時間もすると、かなり大きな舞台とそれを見下ろす観客席等が出来上がった。大きな木から吊るされたのぼりには、『劇団魔族』と書かれていた。


「じゃ、お前とお前、それにお前たち。町に行って明日から『劇団魔族』の公演が始まるよ、初日はなんと無料だ。それと軽食の試食もできるよって宣伝してくるんだよ。たまには色っぽく、思わせぶりな顔もして見せてね。

 あ、あとお前は適当な曲を笛で演奏しな」

「わかりました」


 指名された者たちは、町に向かって笛の音に合わせて進んでいった。


「アン。じゃあ、リハーサルはお前に任せる。台本はこれだ、私は控室にいるから何か有ったらお呼び」

「かしこまりました、我が主」


 舞台の上では、熱の入ったリハーサルが始まった。


「あの若者にもう一度逢いたい、そのためなら何でも差し上げます」

「そおう、なら。あなたの若さ溢れる血が欲しいわ」

「はい、血でもなんでも差し上げます」

「そう、わかったわ。ではこの薬をあげる。これを満月の夜に飲めばあなたの魔力は薄れ人間となんら変わりなく見える。そうすれば、人間の若者と暮らすのも問題ないはず」

「ありがとう、ございます。賢者様」

 こうして、魚人の姫は賢者に血を吸われ毒を飲まされて弱体化したのであった。


 カット!アンの演技指導が始まった。


「あなた、もっと遠慮なく血を吸わないとだめでしょ。それと、あなたももっと魔力を抑えないと人間に見えないわよ」

「「はい」」


「それと、あなた。『お菓子が無ければ、パンを食べればいいじゃない?』じゃないわよ、『支払うお金がないなら、』、霊子じゃなかった。えーと、『イージェイEJで払えばいいじゃない』よ。間違わないで!」


「じゃ、さっきの所から始めて」


『劇団魔族』の最初の出し物は、船乗りの修行に出た若き王子が嵐に飲まれ魚人の姫に助けられ、一目惚れした魚人の姫が賢者の助けを借りて人間となり王子と結婚。その後宮廷で贅沢の限りを尽くし怒れる民衆の手で処刑されるという物語であった。


「あっはは、可笑しい。魚人のお姫さん、お金も仮想通貨EJも無い貧乏人にどうやって払わせるんだよ!」

「そうか、海の水も血も元々は同じだから遠く離れてもEJのやり取りが出来るんだね」

「お、息子よ。そのことに気付くとはやはり、俺に似て賢いな」


 ふう、これでこの島でのEJについての強制的な理解|(ウィルスと演劇による強制学習効果)も完了かな?あと二回ほど出し物をやれば島民のほとんどが観たことになるはずだから、次の島に行けるかしら。

 しかし、幾つ島があるのよ。あのネコと竜には帰ったら、ただじゃ置かないわよ。この黒い臭い水をたっぷり飲ませてやるんだから。

 

 そういって、魚醤の入った瓶をぎらついた眼で見る下僕一号であった。

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