第12話 南からの来訪者2

「さて、南から来た旦那。お手並み拝見といきますよ」


「マリア!両替してきたヨ。あと、酒の肴にこれどうかな?」

「あら、早かったねヒナギク。じゃ、旦那、酒にしようかね。ちょいと、お預けだよ」

 マリアと呼ばれた娼婦は、少し残念そうに身繕いすると、部屋にあった皿にヒナギクから受け取った焼いた肉や魚を並べだした。


「はい、マリア。お釣り」

 ヒナギクは、マリアの右手に自分の右手を重ねた。


「うん、ご苦労さん。自分の分を買わなかったのかい?しょうがない子だね、ここで食べていきな。旦那、構わないだろう?」

「ああ、俺は別にいいが」

 

 旅の男は、面倒くさそうに言うと串に刺さった肉を頬張った。


「うん、これは美味い。何の肉かわからないが」

「ふふ、最近市場に出始めた。牛に似た魔物だよ。内臓とかは特に食べると精が付くからねぇ、期待してるよ。はい、旦那」

「ああ、言い忘れたがマリア。今日は夜の相手をしなくていい。別にマリアが嫌だとかそういう訳じゃないんだ。ま、旅で疲れているのかなぁ」


 娼婦マリアは嫣然と微笑み、魔物の内臓の串を、差し出した。

「まあ、私はどっちでもいいですよ。それに、旦那。そんなに気にすることでもないさ、むしろよくあることですよ。急にできなくなるとかは、ただし商売だからきちっと料金は頂きますよ。」

「おう、それはもちろんだ。

 ほう、これは肝臓レバーでもなし、脾臓シビレでもないようだが?」

 うむ、美味い。


「ふふ、旦那にも二つ付いてるあれですよ。魔物の睾丸、こいつが一番精力が付くって色街では一番人気なのさ」


「なるほど、ではもう一本貰おうか」

「はいよ、旦那。後でその気になったら、わたしを可愛がっておくれね」


「ところで、その右手の刀傷の由来を聞いても良いか?」

「旦那もモノ好きですね、聞きたきゃいいんですよ。どこにでもある娼婦のつまらない話ですけどね」


「ああ、知りたいのだ。お主のことが」 


「私が生まれた農村は貧乏で、この間の飢饉の年に年貢が払えず、ここへ売られて来たんですよ。一生懸命働いて、自分を買い戻すつもりでお金を貯めていたんですけど、その大事な金貨を強盗に奪われましてね。そのとき、よせばいいものを腹が立ったので抵抗したらナイフで切られただけですよ。

 あげくに犯されて、もう最悪の思い出です。ただ乗りされた上に、怪我までして思い出すたびに情けなくなりますよ。


 でも、今は仮想通貨のおかげで強盗に怯える必要も無くなりましたよ。この街のご領主様には感謝ですね。みんなもスリとか強盗の心配がなくなって、仕事にやる気が出てきたと言ってますよ」


「そうか、すまぬな。好奇心が強くてな。ところで、先ほどから何度か、仮想通貨は盗まれないと言っておるがどういうことなのだ?」


「ああ、そのことですか。旦那のところじゃ霊子レイス、仮想通貨は普及してないんですよね。なーに、簡単なことですよ。道端に落ちてる金貨は、見つけた者が早い者勝ちで拾うでしょう?」


「まあ、そうだな。その後自分の懐に入れるか、お役所に届けるかは人によるだろうがな」

「では、あたしのお金、霊子を取り上げることが旦那にはできますか?」


 うん?見えない金をどうすれば取れるのか。


「そうだな、強盗の様に剣でも突き付けて無理やり出させる位しか思いつかないな」


「ふふ、そこが霊子の優れている所でさ。本人が納得してない、霊子のやり取りは出来ないのさ。この金は、あたしらの魂に仕舞ってあるっていうのさ。本当のお宝さね」


「魂に刻まれる、金か。金の亡者も、地獄までは持って行けまい。金持ちが死んだ時の財産分与はどうなるんだ?」


「ふん、それも良く出来ていて、亡くなった親の金はその子供の魂に引き継がれて行くんだよ。たいしたものさ」


「そうか、マリア。酒は充分いただいた、今度はお主をご馳走になろう」

「あら、魔物の肉が効いてきたのかい?ふふ、たーんとおあがりな。ヒナギク、お前はもう寝ていいよ。片付けは、明日おやりな」


「はい、マリア」

 少女は、音も立てずに部屋から出ていった。


 娼館の夜は、艶めいた声とともに更けていった。

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