第14話 ごめんなさい。帰りたいです。~ありがとう~
林君、小倉君・・・。
ごめんなさい。
帰りたいです。
帰っては、ダメでしょうか。
2人に促されて、ライブハウスに入る。
2人とも、よく此処で演奏している事が良く分かる。
お揃いのTシャツと腕章をした人達と親し気に話している。
この人達は、ライブハウスのスタッフであると直ぐに分かる。
「んじゃ!あとよろしくな!勇人いくぞ。」
「ん。じゃあ、後でね。藤城さん。」
上機嫌に歩き出す小倉君と、笑顔の林君は歩きだす。
「?????えっ?」
思いの外、自分の声が大きかったらしい。
歩き出した2人が、不思議そうに振り返る。
「「?」」
ついでに、スタッフの人もこちらを見ている。
「・・あの・・えっと。・・自分はどうしていれば・・いいのでしょうか。」
大きな声を出してしまった羞恥心と、見られている気まずさが声を小さくする。
「あんた。今の話聞いてなかったの?」
「えっ・・と・・すいません。」
「亮二!藤城さんは、ライブハウスなんて初めてなの知ってるだろ!緊張してるんだよ。」
「それと、話を聞いてなかったのと関係ねーじゃん。」
「まぁ・・。そうなんだけど。でも、ちょっとは、気を遣うべきだろ?」
「あ・・あの、ほんとにすみません。」
どうすべきか分からず謝罪の言葉がでる。
「いやいや。謝らないで、大丈夫だから。俺たち今からライブの準備があるんだよね。ライブまで2時間もあるし、藤城さんには、退屈かもしれないけど待っていてほしいから、その間、此処のオーナーに頼んであるから!オーナーに取り次いで貰うように、よっちゃんに言ったから、ここで待っていて貰える?」
・・・。
ライブハウスのオーナー?
そんな、偉い人を自分なんかの為に呼んだ?
林君が、言った意味に思考が追い付かず体が停止する。
そう言って、奥へと進む林君達の後ろを見送ったのは、何分?何秒?・・何時間前?
トントン。・・・・トントン。
肩を叩かれる振動で、停止した体が動いた。
「ねぇ?あなた大丈夫?気分でも悪いのかしら?」
肩を叩かれた方から、優し気な声が自分に掛けられる。
叩かれた右肩から、甘いバニラの香りが鼻腔に入ってくる。
自分が振り向く前に、額に冷たい手が添えられた。
手の冷たさか、額を触られた驚きか、体が大袈裟に飛び跳ねてしまった。
「あら?ごめんなさい?驚かせてしまったわ?あなたが藤城さんね?話は、亮二達から聞いているわ。」
「・・・えっ・・と・・すみません。少し、驚いてしまって。」
「いいのよ。私が、いきなり触ってしまったから。びっくりするわよね?」
上品な笑い声が、ライブハウスの喧騒をかき消す。
ライブハウスとは、余りにも合っていないそんな声が、雰囲気が、香りが、女性から発せられている。
コロコロ笑う女性を尻目に、林君から「よっちゃん」と呼ばれていた受付のお兄さんがため息をついていた。
「オーナー。お客さんが困っていますよ。」
その声に反応するかの様に、女性はこちらに笑いかける。
「あら、あら。そうね。まずは、自己紹介しなくてはね。初めまして。藤城依天さん。私は、ライブハウスのオーナーをしている小倉 静華(おぐら しずか)と言います。今日は、楽しんでいってくださいね。」
「はっはい。藤城依天です。お邪魔します・・・・?」
小倉さんの大人な雰囲気に、どもってしまう。
小さな笑い声が、勢いよく下げた頭の上で転がる。
「よっちゃん。聞いた?お邪魔しますって・・・ふふっ・・。」
「オーナー・・・。」
「あぁ。ごめんなさいね?亮二とゆう君のお友達の中に、あなたみたいなタイプの子が珍しくて。ふふっ・・・とても、可愛らしいわ。さぁ。こっちに来て?依天ちゃんって呼んでもいいかしら?」
笑顔の小倉さんに誘導されながら、ライブハウスの奥に進む。
受付のよっちゃんが、小倉さんに向かって「ちゃんと、してくださいよ!」と言っていた。
「今日はね、ゆう君達に依天ちゃんのおもてなしをする様に言われたの。」
「ありがとうございます。・・でも、お忙しいのでは・・・。」
自分を誘導する小倉さんに疑問を投げかける。
「全然?だって、弟達のお友達が遊びにくるんですもの。しかも、ライブハウスが初めてなんて、新しいお客様をゲットするチャンスでしょ?」
上品な笑顔の中に茶目っ気を含ませた声が、自分の不安を溶かしている様に感じる。
「あの・・・。小倉君のご姉弟ですよね?」
「ええ。そうなの。亮二の姉で、ゆう君・・。勇人君とも小さい時から家族みたいに育ってきたわ。」
「そうなんですね。」
「あれ?もしかして、あの子達・・・。何も言ってないのかしら?」
「えっと・・・いえっ自分が聞かなかったので。」
「もう!そりゃ驚くわよね!あの子達ったら何も言わずに、女の子を放置するなんて。後で、叱らないと。」
「いえいえっ!そんな。お2人は、自分をここまで連れてきてくれましたし、それにチケット代だって・・・。」
「あらあら、そんな事気にしないで?男の子が、女の子をエスコートするのは当たり前のことよ?それが、出来ないのであれば、こんな場所に連れてくるべきではないわ。それに、依天ちゃんが初めて来る場所だって事も知っていたわけでしょ?尚更、1人にするべきじゃないわ。」
「いや・・でも。自分がもっとしっかりしていれば・・。」
「ふふっ・・・。ほんとに真面目なのね。ゆう君からお話しは、聞いているわ。塾の隣の席で、神社で巫女さんのアルバイトをしているって。」
「いえ・・真面目な訳では・・。」
「あら?気に障ったかしら?ごめんなさい。でも、すごく信用できそうな子で良かったわ。あの2人ったら音楽にかまけて、全然女の子と遊ばないの。だから、もし騙されていたらどうしようかと思っていたの。」
小倉さんは、茶目っ気たっぷりにウインクをする。
きっと、自分が男性ならこのウインクにやられていただろう・・・。
いや、ウインクに連れられて、少し笑ってしまった自分は、もうやられてしまっている。
「さぁ。ここよ。どうぞ。」
小倉さんに促されるまま部屋に入った。
この部屋は、あきらかに一般客用じゃないことが分かる。
入って右には、バーカウンター。
その前には、ビリヤード台とダーツ。
それらを背に、赤い高級そうなソファーが並べられている。
ソファーから見えるライブ会場は、全面ガラス張りになっていて見下ろす様に作られている。
天井には、場の雰囲気を邪魔しない様に、ほの暗く光るシャンデリア。
洋楽が、大人な雰囲気を更に助長させている。
VIPルームである事は明白だ。
・・・・。
・・・・・・。
・・・・・・・・。
林君、小倉君・・・。
ごめんなさい。
帰りたいです。
帰っては、ダメでしょうか。
自分の予想以上の光景に思考が、帰宅を促す。
「あの・・小倉さん・・。あの・・。えっと・・。」
「あら!依天ちゃん!小倉さんなんて水臭いわ。静華って呼んで欲しいわ!」
上品な笑顔で、可愛らしく首を傾げる。
「・・・。静華さん・・・。」
「はい?何かしら?依天ちゃん!」
静華さんは、満足そうに微笑みかけてくる。
「あの・・。ここは。」
「ここはね。VIPが集う部屋よ?依天ちゃんは、弟達のお友達だもの。人がいっぱいの場所に放り込むことなんて出来ないでしょ?それに、危ないし?もちろん、警備はきちんとしているのだけども・・・。あぶない事には変わりがないわ。そう、でしょ?」
「えぇ・・・はい。」
静華さんの言葉に頷くしかない。
「それに、私・・・。妹が欲しかったの!あぁ!依天ちゃん開演まで時間があるからこっちに来て!女の子が来るって分かっていたから色々用意したの!ゆう君から聞いていて、お洋服がいつも同じだって。あまりお洋服に興味がないのかしら?お姉さんが見てあげる!」
自分が、言葉を発する前に静華さんに引っ張られ、VIPルームの奥に連れ込まれる。
それから2時間・・・・・。
静華さんの部屋で、静華さんの用意した服の着せ替えと静華さんの友人の方々によるメイクアップ術を施された。
あぁ・・・。
等身大の鏡の前に立たされる。
右。
左。
一周回ってポーズ。
肩まで伸びていた髪は、後頭部の高い位置で団子。
耳に穴は空けていないので、イヤリング。
銀色のイヤリングが青色の石を揺らしている。
自前のTシャツとGパンは、高級そうな紙袋に入れられている。
その代わり、白い袖のないワンピースとヒールの低いサンダル。
サンダルは、イヤリングに合わせた淡い青色。
手首には、静華さんが身に着けていた銀色のブレスレット。
肌には、薄くファンデーション。
色付きのリップとチーク。
静華さんと友人の方々は、自分をクルクル回す。
右から、黄色い悲鳴。
左からも、黄色い悲鳴。
自分に浴びせられるには、褒められ、讃えられる声。
「かわいい!若いってすごぉ~い!」
「色が白いからリップとチークが映えるわ」
「ねぇ!こんないにかわいい姿亮二君達見たら惚れちゃうんじゃない!?」
左右から聞こえる聞きなれない声に、どう反応してよいのか分からず下を向くしかなかった。
「依天ちゃん!可愛いわ!やっぱり、妹が欲しい!」
静華さんが、褒めてくれるが、ちゃっかり自分の願望が盛り込まれている。
「静華さん。ありがとうございます。あっ・・・あの・・お代は?」
ライブハウスに来るに当たり、多少はお金を持ってきたが・・・・。
こんな・・高そうな場所で、高そうな服やメイクそれにアクセサリー・・・払えるだろうか?
「ふふふっ・・・お代なんて・・ふふっ・・要らないのよ?だって、これは、私の我儘だから。あなたに着てほしいのよ。衣天ちゃん。」
上品な笑顔に微笑みかけられたら何も言えない。
自分には、似合ってはいないけれども・・・。
「もうそろそろ始まるわね。こちらにどうぞ。」
静華さんは、微笑みながらさっき通ってきたVIPルームを指さした。
受け取った好意をこれ以上何も言えず、黙って着いていく。
オーナー室に入る前にチラッと見えたライブ会場には多くのお客さんは入っていた。
こんな遅い時間なのに、自分よりも若い子がちらほら見える。
彼女達は、どうやって家を出てきたのだろうか?
自分は、明らかに彼女達より年上なのに、市川さんの力を借りないと夜に外に出ることもできない。
さっきまでの、温かいような少し苦しいようなそんな色が、冷たい色に変えられて行くような気がした。
「はい。依天ちゃん。ジンジャエールで良かったかしら?」
シュワシュワッと爽やかな音と冷たい匂いが頬をかすめた。
差し出されたジンジャエールには、ストローと縁にはライムが飾ってある。
「ソフトドリンクよ?お酒の方が良かったかしら?」
「いえっ・・・お酒は・・ちょっと・・。ありがとうございます。」
「なら良かったわ。」
「・・・・。静華さん・・あの・・若い人が多い・・ですね。」
「そうね。でも、ここに入るには身分証を確認で出してもらっているわ。演者というか、弟達は一応保護者の私が着いているし、普通の高校生や未成年の子はお帰り頂いているわ。」
「はぁ・・。」
「ふふっ・・ライブハウスってイメージ的に怖かったり、危なかったりするわよね。私もそう思うわ。だから、危なくないように、怖くないように心がけている。ステージに近い場所には、ソフトドリンクしか置いてないしお手洗いは、常駐スタッフの前を通らないと絶対行けないようにして、工夫をしてる。この工夫が少しでもライブハウスにとって良いものになるように、少しでも多くのお客様に喜びや楽しさ、もう一度ここに来たいと思えるように。もちろん、演者側にも安全と安心そして、夢を実現出来る場にしてあげたい。私は、たまたまこの場を作る権利を貰っただけに過ぎないけれどそれでも誰かの喜びに繋がれるようになりたいと思っているの。このVIPルームもお酒が飲めて、身分を証明できる人しか入れないの。なにかあった時のためにね。」
ウインクする静華さんの眼には、温かい色ととても強い光が見えた。
「うふふっ!初めて会った子にこの話をしたのは初めてよ。この話をして共感してくれたのはゆう君だけだったけど・・。なんだか、依天ちゃんにはなんでも話せそうね。さすが、巫女さんね。」
静華さんの話を聞いてなんと答えればいいのだろうか。
ただ、自分に欠けた何かを見えた様な気がした。
「さぁ、ゆう君達のライブが始まるわ。依天ちゃんにも気にいってもらえるといいのだけれども。楽しいでね。」
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