第17話 看板
ノエル達がトレノを出発して5日が経った。
一行は山間部を抜け、順調に歩みを進めていたのだが国道の分かれ道でターナーが馬車を停め、一足早い休憩をとっていた。
椅子に座るエレノアの前にノエルが屈み、その様子をターナー達が見守っている。
「よし、じゃあエレノア、包帯切るよ。 動かないでね。」
ノエルがハサミを右手に持ち、エレノアに確認を取る。
「うん、いいよ。 ノエル、お願い。」
エレノアの返事を受けてノエルが慎重にハサミの刃を包帯と足の隙間に入れ力を入れていく。
「硬い・・けど、切れなくもない。」
ノエルは少し苦戦しながらもエレノアの足を傷つけないように、ゆっくりと切り進めていく。
端まで切り終え、両手で包帯の隙間を広げると数日ぶりにエレノアの足が露となる。
治療した際には紫に腫れあがっていた足首が何事も無かったように綺麗な状態へと戻っていた。
「おお!きれいに治ってるじゃないか!」
後ろで見ていたターナーが喜びのあまり大きな声を上げる。 ノエルは包帯のとれたエレノアの右足に触れ、状態を確認する。
「傷とか痕は残ってないみたい。 エレノア痛くない?」
触診するノエルにエレノアは顔を赤めながらもじもじと答える。
「・・うん。 大丈夫・・だけど、その・・。」
「ん?」
「・・あまり見られると、その・・恥ずかしいから・・。それにちゃんと洗えてなかった汚いし・・。」
「ああ、ごめん!ヤマシイ気持ちは無かったんだけど、心配でつい・・。」
エレノアの言葉にノエルも顔を赤らめ、慌てて手を放す。
初々しい二人の反応に大人たちは笑いながらもターナーは真面目な顔つきでノエルに近づく。
「よし! じゃあノエル、責任を取ってこのキャラバンに・・。」
「いいから! もう!仕事仕事!」
エレノアは慌てて立ち上がって父親を押していく。
「こら、エレノア、いきなりそんな無理すると怪我がぶり返すぞ。」
「父さんが変なこと言い出すからでしょ!」
親子のにぎやかなやりとりをしてる中、珍しくアルドがノエルに話しかける。
「お前さんが旅に加わってから、あの嬢ちゃんも少し変わったな。」
「そうなの?」
「ああ、前は親方とああやって言い合う姿なんて見たことなかったからな。どこか冷めた感じで文句も言わず黙々と仕事をしてる感じだったよ。」
「そうなんだ。」
「あーやってムキになったり照れたりして感情を出してる姿が親方にとっては嬉しいんだろうさ。」
エレノアに怒られているターナーの姿を見てアルドは笑みを浮かべている。
「せっかく楽しそうにやってるんだ。 悲しませるような男には・・って、俺が言えた話じゃねぇな・・。」
「?」
急にアルドが意味深な発言と共に言葉を詰まらす。 少し後悔を滲ませた表情を浮かべるアルドの言葉の続きをノエルは問いかけることはできなかった。
ちょうどアルドとの会話が切れた所でエレノアにこってり怒られたターナーが戻ってきて皆に話しかける。
「・・てなわけで少し早いがここでそのまま昼食を摂るとしよう。」
「もう昼食? 休憩にしては珍しい時間だとは思ったけど、どうかしたの?」
ノエルが不思議そうにターナーに問いかける。
「んん? ちょっとな・・。 まだどっちに行くか決めかねてたんだ。 天候とか見ながら少し考えたいんだ。 アルドはこの辺一帯の警戒をしてくれ。 俺はニコと帳簿確認するから二人で休憩の準備頼むわ。」
「そうなんだ・・。わかったよ、じゃあエレノアと昼食作るね。」
「ああ、頼む。」
ノエルはいつも通り薪を拾いに走り出す。 その様子を見て笑いながらエレノアも昼食用の準備に取り掛かる。
怪我があったことを感じさせない身のこなしで手際よく調理していく。
「火、着いたよ。 エレノア、足はもう大丈夫なの?」
「うん、おかげさまで。 大事を取って5日間馬車に乗せてもらったから、もうすっかり平気だよ。」
「よかった。包帯切った時は腫れが収まってたけど、歩いて痛くないか心配だったんだ。」
「ありがと。 ノエルの方こそ私が怪我で動けない間、大変だったでしょ。」
「まぁ、そだね。 やっぱりエレノアの普段してる仕事の量が多いよなぁ・・。」
「ノエルが手伝ってくれてるおかげで、これでもだいぶ少なくなったんだよ。」
「すごいよなー。俺、一人でやる想像がつかないよ。 よくやってるよな。」
「ふふ、長年やってきたからね。 はい、コレ。 父さんのところに届けてきて。」
エレノアから受け取った料理をノエルがトレーに乗せて運んでいく。
「親方、できたよ。」
「おう、悪い置いといてくれ。 前にいるアルドの方にも届けてやってくれ。」
ターナーはいつになく真剣なまなざしで帳簿を確認しながらニコラスと打ち合わせに没頭している。 ノエルは言われた通りにアルドにも昼食を渡し、 エレノアと共に分かれ道の看板のある草原で座って昼食を摂ることにした。
「なんか、珍しいね。 親方がここまで悩むのって・・。やっぱりトレノの影響なの?」
昼食を食べ終わったノエルが親方の方を見ながらエレノアに話しかける。 二人はまだ昼食に手を付けることなく打ち合わせを続けている。 その様子を見ているエレノアも心配そうにノエルに説明を始めた。
「・・うん、そうなの。 行商は馬車にある荷物を売って、そのお金で商品を仕入れてを繰り返して旅を続けていくものなんだけど、ちょっと予定が狂っちゃってて・・。」
そう言うとエレノアは後ろにある看板を指さす。
「次に目指していた目的地はセリーヌ。 ここから3日ほどで到着できる海に面した大きい港町に行く予定だったの。」
「海!? 海ってあの水がたくさんある海?」
「あはは、ノエルすごい言葉になってるよ。 ノエルは山育ちだから海見たことないもんね。 だけどそこに行くにはトレノで食料品を売って大羊の毛糸を仕入れる必要があったの。」
「あ・・、大羊が減っちゃってたから今回は買えなかったんだ。」
「そう。 売るつもりだった食料品が残っちゃって買いたいものが買えなかったの。」
「セリーヌでは食料品は売れないの?」
「港町のセリーヌは魚とか取れるし、食べ物はたくさんあるからあまり高く売れないの。 だから毛糸を仕入れたかったんだけどね・・。」
「そうなんだ・・。もう一方の道はどこに続いてるの?」
「そっちはモーゼル、山を越えて7日間で内陸の街に出るの。」
「そっちは何に悩んでるの?」
「恐らく日数と天気だと思う。」
「天気?」
「そうなの、今積んでるのは食料品でしょ。保存食だけど連日、雨の中を運ぶと湿気でカビが生えたりして売り物にならなくなる。そうなると全部捨てなきゃならなくなるから天気が不安定な山越えの時は極力食料品を積んでいくのは避けるの。」
「あー、どっち行っても損しそうなんだね。」
「うん。 だからどっちに行った方が損害が少ないか、ぎりぎりまで悩んでるんだと思う。 一番は食料品を売ってお金に換えることなんだけど山越えは商品を捨てる不安を伴うし、それなら損してでも売った方がいいかもってとこ。」
「行商って色々考えなきゃいけないんだな・・。 難しいなぁ、安定してどこでも売れる物ってないの?」
「ウィタエのお酒とかは瓶に入ってるから悪くなることもないし、値崩れもしないからいいんだけど・・。 仕入れられる量も少ないし、なにより重たいからそんなに積めないのよ。 その土地その土地で特産があるから安定した商品っていうのは難しいの。 ただ、今までお父さんの仕入れで外れることはほとんど無かったんだけど、今回はちょっと特殊だったかなぁ。」
「お酒かぁ・・。 お酒? あっ!忘れてた!」
ノエルが急に大声を上げ、肩に掛けてた自分の鞄を漁りだす。
「なに? 急にどうしたの? ノエル。」
驚くエレノアを横目にノエルが鞄の中身を手あたり次第出して並べていく。
「お酒で思い出した! 精霊様が出たとき、確かに俺の鞄の中から光りだしたんだ。 そして、瓶が空に浮いたと思ったら弾けてあの魚が現れたのを見たんだ。 鞄に入れてた瓶はじいちゃんから受け取った2本。 そのどっちから精霊様は現れたんだ・・。」
そう言うと次々と鞄の中の物を取り出していく。 そしてある物を手にした時にノエルの動きが止まる。
手には琥珀色に輝く液体が入った瓶が握られていた。
「お酒が残ってる・・。 じゃあ、精霊様が入っていたのは水の方?」
鞄の中身を全て出し終えたが、確かに水の入った瓶は見当たらない。 あの夜の出来事が夢ではなく、紛れもない現実だったことが今になって証明された。
「あの水は一体何? じいちゃんはどこから汲んできたんだろ・・。」
「ノエル・・。」
物思いに耽っているノエルを心配してエレノアが話しかける。
「あっ、ごめん! 考え事してた。 帰ったらじいちゃんに聞いてみよう。 ・・でも困ったな。 じいちゃんからの預かりもの無くしちゃった。」
「ウィタエの湧き水ならあるよ。 ちょっと待って・・。」
寂しそうに呟いたノエルの言葉にエレノアが返事をすると馬車の荷台へと向かって行った。 そして再びノエルの元へ戻ってくると手にしていた小瓶を差し出した。
「はい、これ。」
「えっ!? 何であるの?」
「ウィタエは豊穣の水の聖地として有名だからね。 湧き水も売れるの。」
「えぇっ! だって水だよ! どこでも一緒じゃないの? 誰が買うの?」
「豊作祈願の儀式とかで使われてるみたい。 毎年買う人が居るからご利益がちゃんとあるのかもしれないね。 もしかしたら今も精霊様が入っていたりして。」
ノエルはエレノアの話を聞いて受け取った瓶をまじまじと見つめ、振ってみたりする。
「まさかぁ・・。 単なる水だよな、コレ・・。 あれは何だったんだろ・・。」
瓶の中の水はノエルの手の動きに合わせて水面が揺れるだけで、何の変哲もないただの水にしか見えない。
「でも、ありがとう、これで父さんにちゃんと渡すことができるよ。」
受け取った瓶や出したものを鞄に戻しているノエルにエレノアも笑顔で右手を差し出す。
「? なに?」
その手の意味が分からないで困惑するノエルにエレノアが言葉を返す。
「ウィタエの水、1本お買い上げで料金は2000ブランね。」
「えぇ! お金取るの!? しかも、高い! ・・あのぅ、払うのってウィタエに帰ってからでいい?」
おずおずと話すノエルの様子に堪えれなくなったエレノアが声を上げて笑う。
「あははっ、うそ、冗談! お金はいらないよ。 それはノエルにあげる。」
「うわっ、めっちゃ焦ったわ! エレノア酷い!」
笑って逃げるエレノアをノエルは走って追いかける。 横でのんびり座っていたアルフも二人を追いかけて走っていった。
遊びながらエレノアを追いかけた先でノエルが何かを見つけ、エレノアを呼び寄せる。 そこには茂った木で半分隠れたもう一つの看板があった。
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