第5話

 冒険者ギルドの扉を開け放った瞬間、俺を迎えたのは耳が痛いほどの沈黙だった。

 周囲の冒険者たちは俺へと視線を向けると、驚愕の余り絶句している様子だ。

 その反応はまるで亡霊でも見たかのようだが、それも無理はない。


 シルバー級の冒険者が死んだとなれば、多少なりとも話題にはなる。

 それもあの戦乙女の霊廟の中にひとりで取り残されたとなれば、冒険者の中では死んだと同意義だ。

 だが俺は戻ってきた。戦乙女の亡霊から奪った剣と装飾品という戦利品を引っ提げて。


 水を打ったかのような沈黙の中を進んでいくと、窓口の受付嬢――サリアだけが温かく出迎えてくれた。

 窓口から飛び出してきたサリアは、俺の格好を見て今にも泣き出しそうな顔をしていた。


「アクトさん! ご無事だったんですね!?」


「あぁ、なんとかな」


 だが俺の視線は、サリアには向いていない。

 視線の先にいたのは、先ほどまで仲間だと思っていたひとり。

 忘れもしない。

 俺の背中を、麻痺毒を塗った短剣で刺した相手。

 剣士のベセルだ。

 ベセルも周囲の冒険者同様に驚愕に歪んだ表情で、俺の姿を見つめていた。


「な、なんでお前がここに……。」


「あぁ、驚きだろ? だが俺は戻ってきた。これからどうなるかが、楽しみだな」


「あれは、違うんだ。アクト、話を聞いてくれ」


「後からゆっくりと聞かせてもらうよ」


 ここではまだベセルの相手をせずに、サリアと共に窓口へ向かう。

 亡霊が使っていた武器には特殊な効果があるようで、持ち込んだ薬品の効き目が薄かった。

 そのため切り傷を庇いながら歩くことになり、ゲートを使っても地上に戻るのは相当に時間がかかってしまった。

 だがそれは、見方によっては俺にとって非常に都合がよかった。

  

 俺が時間を掛けてダンジョンから帰ってくるまでに、三人はギルドへ報告を済ませただろう。

 ベセルが言ったように、俺が一人でボスフロアに残ったという作り話を報告したのだ。

 そこへ俺がダンジョンでの出来事をギルドへ報告すればどうなるか。

 いくらベセルであろうとも、すぐさま理解した様子だった。


 冒険者ギルドは元犯罪者でも登録ができる、寛容な組織として知られている。

 もちろんそういった一面もあるが、寛容な組織というのは間違った認識だ。

 一度でも冒険者になれば、ギルドは軽い罪であろうと犯罪を犯した者に容赦はしない。

 もしも冒険者として犯罪を犯せば、普通よりも非常に厳しい処罰や処分が課せられるのだ。

 そして当然、虚偽の報告や意図的な仲間への攻撃は重罪にあたる。


 ギルドからの追放は当然のこと、憲兵団への引き渡しも行われるだろう。

 ことと次第によっては斬首刑で首を刎ねられる可能性も高い。

 つまり俺が窓口へ向かい真実を報告することは、ベセルにとっては処刑台への一歩目となる。

 わざとゆっくり横を通り過ぎると、慌てた様子でベセルが俺の肩に手を置いた。


「ま、待て! 少し待ってくれ、アクト。ギルドへの報告は、俺達で済ませておいた。お前はすぐに休んだ方がいいんじゃないか?」


「ダンジョンから戻ったらギルドへ結果報告する義務がある。それにお前達の報告と、俺の報告が食い違ってる可能性もあるだろ。なんせ貴重な戦乙女の霊廟に関する報告だ。いくらあっても、ギルドは喜ぶだろうからな」


 振り返れば、ベセルの顔色は真っ青だった。

 いつもとは打って変わり、ベセルは慎重に言葉を選んでいる様子だ。

 そして今まで見たこともない笑顔を浮かべて、酒場の方を指指した。

  

「そ、そうだ! お前が戻った記念に宴会を開こう! お前の話を詳しく聞きたいんだ!」


「あぁ、ゆっくりと聞かせるよ。ギルドへ報告した後でな」


 その一言で、ベセルの作り物の笑みが歪む。

 

「下手に出れば調子に乗りやがって!」


「いいのか? ギルドの職員がみてるぞ?」


 一足先に窓口へ戻ったサリアへと視線を向ける。

 彼女は傷だらけの俺が殴られれば、すぐさま飛び出してきて事情を尋ねるだろう。

 そうなれば苦しくなるのはベセルの方だ。


 冒険者同士の喧嘩は日常茶飯事で、ギルドの花といってもいい。

 しかし死地から戻った仲間を殴りつける冒険者などいるはずもない。

 つまりベセルは俺が報告する様を、指をくわえてみているしかないのだ。


 怒りか、それとも恐怖か。

 震えるベセルの手をぞんざいに振り払い、俺は窓口へと向かった。

 

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