その館、山中に

 前回、実際に現地を訪れて調べたときに、『星見の館』に一度足を運んでいる。

 しかし、足を運ぶというがそんな生易しい話ではない。この館は、随分と山の奥にあるのだ。

 行政が管理している山で人間がそれなりに住んでいる場所や、過去から現在に林業を営んでいたことがあれば、大型車が通行できる程度の道路は整備されている。だが、この館が存在するのは個人の山であり、今でこそ持ち主は『星見の館』のオーナーになっているが、その前の持ち主は山に館を作る以外の手を入れておらず、また、オーナーの星川氏が山を丸ごと買い上げるまでは、完全に館も放置されていたらしい。そのため、工事のために利用していた道も荒れ果てて、宿泊施設としてオープンするために、こちらも手を入れ直したらしい。

 おまけに、前述の通りここは私有地なので、基本的に人は立ち入れない。そのため、館へ向かうにも管理人が最寄り駅から直接送迎する、という形をとっている。こんな起伏の激しい道を車で走ろうなど、運転技術に相当の自信を持っている人間でなければ難しいだろうし、とても普通車で走れるような場所ではない。

 前回訪ねた時は、自分の車で途中まで向かい、そこから電車もといディーゼル列車に乗って最寄り駅まで向かった。そこで猪原と名乗る管理人と合流して、『星見の館』に向かったのだ。

 今回も同じ手をとるつもりで館に電話をかけたのだが、何故か電話に出てくれず、留守番電話になっていた。仕方が無いのでメッセージを吹き込んでおいたのだが、結局今のところ返答はない。

 そのため、今回は管理人が乗っていたような四駆車を借りて、館に向かうことにした。

 全開向かった時は、駅から館へ向かう道が唯一の玄関口のように思えたのだが、冷静に考えれば、館のリフォームのために使った道が別にあるかもしれないし、そもそも管理人の車が山の中に乗り入れられているのだから、どこかに車が通れるような場所はあるはずだ。はたして、その道は案外簡単に見つかった。線路から少し離れた場所に、簡易的な踏切があり、その踏切は車が通ることが出来る広さだった。

 この頃にはもう日が暮れかかっており、おまけに山の中なので一段と闇が深かく、記憶を辿りながらで館に到着できるか不安だったのだが、それは一瞬で吹き飛んだ。驚いたことに、車が通るように整備された道には街灯が灯っていたのだ。このまま辿っていけば、館に着くのは容易かもしれない。


「これが罠じゃなければありがたいんだけどね、宮沢賢治の『注文の多い料理店』を思い出しちゃったね」


「まさか、管理人も通るような道ですよ、何のために罠を仕掛けるんですか。ところで、僕その話読んだことないんですけど、どんなお話しなんですか?」


「管理人が館にいるか既に帰った後ならこの街灯は点ける必要は無い。私たちを惑わせるために点けているかもしれないよ。まぁ、こんなところで街灯っていうのも似合わない話だけどね。それと、こんな状況でこの話を聞くとは、なかなか強者だね。簡単に言うと『三枚のお札』系だよ」


「……それだけでなんか察しがつきました。家にかえって改めて読んでみます」


 こんな状況で口にするくらいだから、少なくともほっこり系ではなさそうだ。今聞いてしまったら、怖気づくこと間違いなしなので、この話は終わりにさせてもらおう。

 先述の通り、辺りは日が暮れているのと木々の影の影響で、闇に包まれている。唯一街灯の明かりはあるものの、それでも辛うじて道の幅がわかる程度で、景色などは到底楽しめない。それなのに、何故か所長はじっと窓の外を見つめている。まるで何かを見つけようとしているかのように。

 管理人の運転で館に来たときは、駅を出発して数十分で到着した記憶があるが、同じ道程でも運転して通るのとでは違ってくるので、安全運転に努めて三十分弱で到着した。

 館、とは名ばかりで、塔、と呼ぶのがふさわしいのかもしれない。まるでおとぎ話に登場するような、石造りの塔が我々の目の前に現れた。

 塔の周辺は木々に遮られておらず、開けた場所に建っているのだが、既にとっぷりと日が暮れた後なので、かろうじて月明りと車のヘッドライトによって照らされて姿を確認することができる。これを見るのは二度目なのだが、相変わらずの迫力に圧倒される。

 一方で初めて見る所長はというと、私が車を停車するやいなや、さっさと助手席から飛び降りていった。


「えっ、ちょっと待ってくださいよ」


 普段動きたがらない彼女の俊敏な動きに驚きつつ、とりあえずエンジンを停止させた。館の周りは真っ暗なのでヘッドライトを消すのはためらわれたが、こんな場所でバッテリーが上がって帰れない、JAFを呼ぶような真似はしたくない、そもそもこれはレンタカーなのだ、と言い聞かせて、念のために持ってきていた懐中電灯を持って車から降りる。決して暗闇が怖いだとか、そういうわけでない。

 懐中電灯の少し頼りない明かりを助けに、館の入り口に佇む所長の元に駆け寄る。この館もとい塔は、豪雪地帯に建てられている影響か、玄関が二階部分に取り付けられている。既にそれを理解しているような風の彼女は、既に外に取り付けられた階段を上りきっており、今すぐにでも扉を叩きそうな雰囲気を醸し出していた。


「ねえ、ここはインターフォンとかはないの?ついでに言うと、西洋の家のようにノッカーもない。普通にノックして家主は気づくと思うか?」


「インターフォンはないと思いますよ、前回来た時にそれらしいものもありませんでしたし、こんな趣のある西洋館に現代のインターフォンがついていてほしくない、と言いますか……」


「それは君の趣味だろう」


 表情と声音に呆れを含ませて所長は返事をする。そう言われてしまえば否定も出来ない。

 しばらく扉を見分していたようだが、やはり来客を知らせるための道具は何も見つからなかったようで、諦めて扉を叩きだした。勿論、星川氏の名前を呼びながら。

 しかし、一分経過しても何の音沙汰もない。首を捻りながら私も声をかけ続けるが、それでも何も反応はない。

 思わず二人で顔を見合わせる。お互いの表情ははっきりと見えるわけではないが、所長は困惑した顔をしているし、恐らく私も同様の表情を浮かべているだろう。


「星川氏はここに住んでいるわけではないのか?」


「どうでしょう……。前回ここに来たときはここに住んでいる的な感じでしたが、宿泊施設として営業するために、自身は別の場所に移ったのかもしれません。ですが、そうだったとしても管理人の猪原さんがいるはずなんですよね。彼は住み込みの従業員だとおっしゃっていましたから」


「じゃあ休暇でも貰っていない限りここにはいるわけだな。おまけに十二人も招待した後なんだから、片づけとかでいるはずなんだけど、困ったな」


 そう言いながら彼女は、扉の取っ手を掴んで力いっぱい引いた。急に何をし始めるのだ、と思ったが扉はびくともしなかった。引いて駄目なら、で押してもみたが、これでもうんともすんとも言わない。まさかと思って、引き戸の要領で横にスライドさせようとしても、扉は全く動かなかった。


「ふぅん、戸締りはしっかりしているみたいね」


「そりゃそうでしょう、見た感じ宿泊客は帰った後で管理人一人しかいないのなら、中にいても外にいても戸締りくらいはするでしょう、って何しようとしているんですか!」


 おもむろにしゃがみ込んだ所長は、私から懐中電灯を奪ってあろうことか鍵穴を覗き込み始めた。彼女をもう何年も見てきて、これから何をしようとしているのかというのは簡単に予想がついた。


「駄目ですよ!いくら警察の後ろ盾が多少はあるからってピッキングをするなんて、住居不法侵入罪……」


「何言っているの?警察が後ろにいるなら余計やらないって、雇い主のことをなんだと思っているの、今のはほらここ、鍵がかかっているかだけを確認したのよ」


 暗がりの中不機嫌な声が聞こえ、ほんの少し怒りを浮かべた表情が見える。どうやら本気で怒っているわけではなさそうだ。舌先を見せておどけた表情をしたが、三十路のそんな顔はちっとも可愛くない、と一蹴された。


「いやあ、だって前にもこんな状況の時、無理やり鍵を開けて入ったじゃないですか、てっきりまたやるものかと。で、なんで確認したんですか?扉が開かないんですから、鍵はかかっているでしょう?」


「それ、口が裂けても猿渡さんたちの前で話さないでよね。いやね、ちょっと気になることがあってね。末治、自分の家の鍵を閉めた後、きちんと鍵がかかったか確認するために、ノブを捻って開けようとするだろう?その時と、この扉の違いはなんだ?」


「違い?そんなのあるんですかね」


 私はそう文句じみたを言いながらも、再びドアノブに手をかけた。先ほど確認したら、この扉の蝶番は外についていたので、引いて開けるのが正解である。というより基本的に日本に建てられた建物の入り口は外開きだ。欧米と違って靴を脱ぐ習慣があるからだとかなんとか、どこかの本で読んだような気がする。

 先ほど同様力いっぱい扉を引いてみる。だが、相変わらずうんともすんとも言わない。何度も試してみたが、結果は芳しくない。

 こんなことをしても鍵がかかっているのだから扉は開くはずがないのだ、と心の内で呟いたところで、頭の中に電流が走った。

 思わず後ろに下がっていた所長の顔を振り向いて見ると、満足したように頷いていた。


「もしかして……」


「そう、このまま扉を力いっぱい引いて壊してでもしてくれたらよかったんだけど、その前に気づいたみたいだね。この扉は言わないんだ。普通、鍵のかかった扉を開けようとしたら」


「ガチャガチャと


「ノブがガチャガチャいう場合もあるし、デットボルト、鍵を閉めたときに飛び出してくる部分だ、それがはまる隙間に遊び、隙間があればそこで動きがあって音をたてる。でも、この扉は動く隙間がなくてぴったり止まっているように見える」


「まさか、この扉はハリボテだとでも……?」


「まあ、ありえなくはないけど、何のために?私たちが立っている場所に扉を開け閉めした形跡があるから、少なくともこの位置に扉はあったんだ。それに、見た感じここ以外に出入り口は見当たらない。宿泊施設として利用している、住み込みの従業員がいるのに唯一の出入り口を塞ぐ意味がわからない。こんなことをするなら、誰も中に入れさせないためか、中に誰かを閉じ込めておくためか……」


 そう言いながら所長は、館の上部を見上げた。それに倣って私も上を見てみたが、館に注目する前に目に飛び込んできたものがあった。

 満天の星空である。

 思わず口から感嘆の息が漏れる。その直後に、この状況で星に見惚れてしまうのは不適切だったと判断して、所長の顔を見てしまった。

 視線に気づいた彼女は一瞬こちらを見たが、何も言わなかった。どうやら気づいていないようだが、咎められなくとも自分がこういう反応をしてしまったのは事実なので心の中で反省する。

 そして、おもむろに所長が尋ねた。


「ここの管理人は住み込みなんだよな?」


「え、ええ。確かそのように聞いています」


「曖昧だな。それと、今この時点で『帰宅した』とかの連絡は入っているか?」


 そう言われて、通知が表示されていないか、ディスプレイを確認したが何も表示されていなかった。ついでに時計を確認すると、二十一時、子供はもう眠る時間だ。

 所長はというと、私が返事するよりも早く、表情で結果を察したようだった。


「車に戻ろう、いくらもう五月とはいえ、夜は冷える」


 そう言って、階段を降りて行った。

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