未来の色
二人はリーの子どもを見に来たのだった。竜の赤ちゃんをぜひ見たいとルチアがいい、リーとナラがそれを許可したので、こうして今日、来ることになった。
冬の最中に生まれた子竜は、すくすくと大きくなっている。けれどもまだ羽毛につつまれたままだ。うろこになるのにはもう少し時間がかかるのだ。
不思議な塔と影たちの一件から、だいぶの月日が経っていた。その後、ユンはゲオルクとこの事件についていくらか話し合うことがあった。グレンという魔術師についても。グレンの行方は現在になってもまだわかっていない。
ゲオルクは、彼は異界に行ったのだと言っている。ユンは半信半疑だ。ただ、自分とゲオルクが遠くにとばされたことははっきりしているので、魔法によって別の場所に移動することは可能なのだろう、とは思う。
ただ、異界ではなくて、この世界のどこかにいるのではないか、とも思うのだ。そうすると、彼を探し、見つけ出すべきなのかもしれないが……ユンはそれがよいことなのかわからなかった。けれども彼の行方を追っている人間たちはいる。なんといっても彼は、グレンは、この国の人間たちを恐ろしい目に合わせようとしていた危険人物なのだ。
「俺は、全部、グレンの掌の上だったような気がするんだよ」ゲオルクが言った。神妙な顔をして。「あいつは俺に塔に行くように頼んだ。俺が塔に行けば――もしかすると俺以外の誰かでも――影たちは元の世界に戻るようになってたんだ。グレンがそのように仕組んだ。グレンは人間たちを芯から害する気持ちはなくて……ただちょっと、脅かしてみたかっただけなんじゃないか」
それは甘い評価で、ゲオルクはグレンの友人だったから、ついそんな評価をしてしまうのだろうと、ユンは思った。
一方で、人間の世界では面白いことが起きていた。赤い竜が大変な人気となったのだ。影たちと戦ったベルの姿が、人間たちに多大な印象を残したのだった。
勇ましく戦い、自分たち人間を守ってくれた赤い竜。しかも大変高潔な性格をしていた赤い竜。人間たちに感謝を表明されてもおごらず偉ぶらず、静かにそれを受け入れた。また、宴会においてもその姿はスマートであった。決して羽目を外す事がなく、気付けばお供の白い竜とともに姿を消していた。褒美も求めず、名誉も地位もいらないとするようなその態度、なんと気高いことだろう! と人間たちはつくづく感心したのだった。
(ただ、その反面、緑の竜が一匹、宴会ではしゃぎ酔いつぶれていたことを、人間たちは思い出さずにはいられなかった。けれどもそれはそれで、親しみの持てる姿ではないか、ということになった)
お守りとして、赤い竜の置物が人気があるとゲオルクから聞いて、ユンは笑い出したくなった。母は絶対に喜ばないだろう。
リーの結婚に猛反対していたベルも、子竜が生まれるとその態度を和らげた。なんだかんだといっても、孫はかわいいものらしい。今までは絶対なかったことだが、ちょくちょくとナラの家を訪れたりもする。それもまた、ユンにとっては面白いことだった。
馬車が近づいて、ユンたちの前で止まった。元気よくルチアが降りてきた。シーラが迎える。シーラとルチアはたびたび互いの間を行き来しており、今ではすっかり仲良しだ。
二人が先に立ってナラの家へと向かう。ゲオルクも馬から下りた。ナラが、馬の手綱を持ち、馬車の御者に馬と車を置いておく場所に案内すると言った。彼らが去っていくのを見送って、ユンとゲオルクも、ナラの家を目指した。
気持ちがよく、明るい午後だった。どこかで鳥が鳴いていた。道端で、名も知らぬ可憐な白い花が揺れている。一匹と一人はゆっくりと歩いた。
「今日は招いてくれてありがとう」
ゲオルクが言った。ユンが笑顔を見せた。
「どういたしまして。って、俺じゃなくて、ナラやリーが言うべき言葉だな」
「竜の赤ん坊を見てみたかったんだ」
「うん。俺も見せたかった」ユンは、秋の野で野営したときのことを思い出しながら言った。「灰色の羽毛に包まれてて、ふわふわしてて、ぴいぴいなくんだよ」
ナラの家が近づいてくる。黄色がかった石づくりの、小さな家だ。シーラとリーが扉を開けると、中からリーやナラの家族が出てきて、二人を歓迎した。喜ばし気な声がユンの元にまで届いた。
それに続きながら、ユンは思った。灰色のふわふわの小さな竜の赤ん坊。この子は成長すれば一体――どんな色になるんだろう。
楽しみな気持ちで、ユンはそう思ったのだった。
竜たちと人間たち 原ねずみ @nezumihara
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