人間の歴史
プリシラが言いかけて口を閉ざした。ルチアは思った。やはり今回のパーティは婿選びも兼ねているのだろう。
「竜の若者も来てよいと思うの」
プリシラはルチアの言葉に首をひねった。
「何の理由で招待するんでしょう。でも竜の中にも美しい若者がいるかもしれませんね。パーティを華やかにしてくれるかも」
ルチアはユンを思い浮かべた。彼は美しかった。人間の姿であっても。でも竜の姿はもっと美しかった。
もっといろんな竜を見てみたい、とルチアは思った。輝くうろこの、神々しい大きな生き物。世の中にはどんな竜がいるのかしら。
お姉さまはつまらないおじいさんだと言ったけど――でも彼らも竜なのだわ。あの神秘的な竜なのだ。どういう竜なのだろう、とルチアは興味が湧いてくるのだった。
――――
その頃、本人たちが知らぬところで、ユンとルチアの姉は意見が一致していた。ユンは馬車の内にあった。向かいにはずいぶんと年をとった老人が座っている。濃い鼠色の目をして、白い顎鬚をたくわえた、枯れ木のように痩せた老人だった。そしてその老人のことを、ユンは、つまらないじいさんだなあと思っていたのだ。
これこそが、ロイの先生であった。そして、ユンはロイの代わりにお供として城のパーティに向かっているのだ。
先生は――名前をカヤと言った――400歳になろうかという高齢だった。そして、道中長々と、人間の世界の歴史を語るのだった。自分の見てきた範囲だけでも実に様々なことが起こったものだと。国が興り、また滅び、戦争があり平和が訪れ、そしてまた小競り合いが始まり。国の名前が変わり、王が代わり、生活や流行もめまぐるしく移り変わっていき、本当に人間の世界は忙しい、と。
「彼らは寿命が短いからなのだ。我々にとってはつい最近のことでも、彼らにとっては大昔のこととなる」
ユンはルチアのことを思い出した。こちらのことをおじいさんだと言っていた。確かに、ルチアの祖父母くらいの年齢なのかもしれない。けれども400歳なら。それくらい高齢となると、もはや祖父母でもなく、うんとうんと昔の――どれくらい前の世代と同年齢となるのだろう。
人間の歴史は、ユンも多少勉強したことがある。次の族長となるなら、知っておかなければならない知識だ。けれどもユンは勉強がそれほど好きではなく、講義を聞いていると眠くなってしまう。
今もまたそうだった。カヤの語ることを右から左に聞き流しながら、ユンは窓の外を見た。流れていく町並みを、日は落ち暗闇の中に途切れなく続く人間の町並みを見た。そして、ルチアとゲオルクのことを思った。
ルチアはパーティに参加しているのだろうか。姫だと言っていたから、している可能性は高い。ゲオルクはどうだろうか。騎士も動員されているのだろうか。
塔の一件はもちろん気になっていたが、それとは別に、二人にまた会いたくなっていたのだ。
――――
城内には多くの人間が集まっていた。馬車から下りて、ユンとカヤは目的の建物を目指した。着飾った人々が夜の庭をわらいさざめきながら歩いていく。竜はほとんどいない。
建物内部に入ると明るい光と、大広間からのざわめき、そして軽快な音楽が、ユンとカヤを迎えてくれた。ユンはゲオルクやルチアがいないかと辺りを見回した。そして、はっとした。ゲオルクがいるではないか。
カヤも知り合いの顔を見つけたようだ。自分と同じように老いた竜を見つけて彼に挨拶をしている。ユンはカヤに一言言うと、ゲオルクへ近づいていった。
「ゲオルク」
声をかけてみる。ゲオルクが驚いた顔をして振り向いた。
「ああ、お前は……あの時の竜じゃないか」
「そうだ、ユンだ」
以前は堅苦しく会話していたが、今日はくだけた口調となっていた。ユンとしては自分は族長の息子でつまりルチアと同じような立場なのだから、ルチアの家臣であるゲオルクにあらたまった言葉は使わなくてもいいのではないかと思っている。また何故か、ゲオルクが親しくこちらに口を聞くのも、そんなに腹が立たない。
「一体、どうしてここに」
「代理なんだ。俺の従兄が人間の町で暮らしていて、錬金術の研究をやってる。その先生が今夜のパーティに呼ばれたんだ。それで従兄がお供することになったんだけど、その……あまりこういう華やかな場所は気が進まないようで……」
少し嘘をついてしまった。でも全く間違いというわけでもない。ゲオルクは疑うこともなく納得したようだ。
「そうだったのか。俺は警護に呼ばれている。騎士だし、踊ったりなんだのは性分じゃないんでね。――ところで、あの塔のことだが」
ゲオルクは声をひそめた。そしてためらいの表情を見せた。ユンも緊張して、彼の方に身を乗り出した。
「塔って、あの呪われた塔か」
「そうなんだ。それについて、少し変な話を……」
ゲオルクは迷っているようだった。もちろんユンとしてはその変な話とやらを詳しく聞きたい。うながそうとすると、そこに近づいてくるものがあった。
ゲオルクと同じく、騎士の恰好をした若者だった。彼は動揺していた。早足でゲオルクの元へ行き、強張った声で言った。
「ゲオルク。異常事態だ」
「どうした。何が起こったんだ」
ゲオルクの顔も厳しくなった。騎士は混乱しているようで、目には恐れの色があった。
「わからない。ただ、城の庭で異様なものを見つけたんだ。そいつは真っ黒で動くが、でもこんな生き物、俺は知らない。あれは一体なんなのか……」
ゲオルクは眉を寄せた。若い騎士の言葉は要領を得ない。けれどもゲオルクは短く言った。
「行こう。その異様なものとやらを見てみないことには」
「俺も行く!」
好奇心に駆られて、ユンも宣言していた。ゲオルクはそれを拒否せず、みなで建物の外へと出た。
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