第13話 氷界の女王戦《3》
そして和弥が黒い繭になっている外ではシルヴィー女王が何かを感じ取ったのか全力で攻撃を仕掛けていた。
『
冷気を纏った雷が黒い繭を次々と貫こうと周囲を埋める。
雷の当たった場所は薄く氷が張っているが、黒い繭を形成する影は常に動いているようで次の瞬間には氷は割れる。
それでも冷気の雷は空気を凍らせながら、シルヴィー女王の言葉通り踊るように黒い繭の周りを動き続けていた。
「ふむ、これは無理かのう」
一応は全力で打ち破ろうと攻撃してみたが効果が見られない。
だがシルヴィー女王は落胆することな事実をそのまま受け入れ、次に何が起こってもいいように準備することを優先した。
――――――――――――――――――――――
外で何か攻撃されている。
黒い繭の中で感じながら俺は冥鎧の解放と制御に集中していた。
この形態になるとさすがに片手間で制御できる段階を超えている。だからこそ使用者が制御できるまでの安全確保の形態こそが『黒い繭』なのだ。
そして完全な制御は…終わった。
瞬間、繭は弾けるように開いた。
限定状況下での完全開放を経て鎧は姿を変えていた。
黒い光沢のある革のように見える素材を使って作られた軍服のような服。
竜の装飾の施された軍帽を頭に、裾は地面に付きそうなほど長く腰にはいつの間にか赤い鞘に納められた刀も現れている。
凶悪な見た目だった手甲や脚甲はブーツと手袋へと変化している。だが強度は鉄を優に超え、もし徹甲弾であろうと素手で受け止めることが可能なほどだ。
正直に言わせてもらえば、黒と赤を基本色とした中二病の者が好きそうな配色さえ気にしなければ最高の装備なんだよ。
「さて、これからが冥鎧を使った状態での正真正銘の全力だ。すぐに沈まないでくれよ?」
自分の状態を確認してから俺は口元に笑みを浮かべながら挑発してみた。
それに対してシルヴィー女王は鼻で笑った。
「はっ!いってくれるのう。しかも、その言い方…他にも奥の手を隠しているのではないか?」
やっぱり少し濁して言ってみたがしっかり伝わったようだ。シルヴィー女王は探るように俺の全身をくまなく確認してくる。
軽く観察された程度で見破られるような甘い偽装はしていないけど、別に絶対に隠す必要があるわけではないから普通に答えるけどね。
「もちろん。でも、今回は使うつもりはない。全力とは言っても殺すつもりはないし、やりすぎて会場を全壊でもさせたら賠償金で破産するんでな!」
ちなみにこの話はマジだ。一回だけ訓練中に会場を半壊させたら3桁くらい減らしてほしいと思える金額の請求書が送られてきた。
全額払うために一月以上に渡って普段の十倍の仕事を休みなくやる事になった。
なので同じ目には二度とあいたくないので一応許可があってもやりすぎには気を付けている。
でも、これは俺の事情であってシルヴィー女王が納得するかは別問題だ。
「なにやら切実なようにも感じるが、もったいぶられるのは…少し不快よのう…」
懸念の通りにシルヴィー女王は納得しなかったようで不快そうに顔を顰めた。
するとシルヴィー女王の周りの冷気が激しく渦を巻くように流動し始め、徐々に形を変えていく。
それは長大な体を氷の鱗で覆い、冷気の煙を纏い吐き出す一匹『龍』だった。
氷で作られているはずの龍は生きているかのようにシルヴィー女王の周囲を泳ぐように浮遊している。
あまりに自然な動きに本当に生きているように見える姿に俺は一つの核心を得る。
「やっぱり、シルヴィー女王。あんたの権能は『生物の模った氷に命を与える』ってところか?」
「ふふふっ!正解だ。ワシの氷は命を持ち、体は氷であるゆえに原型を留めぬほど砕かれない限りは再生する。どうだ、強力であろう?」
「本当に強力な権能だ。今まで見た中でトップ10に入るほどに、でも他の力を使うほどではない」
自慢げな表情で話すシルヴィー女王に対して俺も挑発的に返した。
それにイラついたように眉を吊り上げたが、もはや話をする意味はない。
「せっかく力を見せてくれたんだ。俺も本当の意味での冥鎧を体験してもらおう」
『
『我が願いに応じ門を開け』
『冥鎧・影門:開錠』
影が広がり髑髏や悪魔んどが彫刻された幅10m・高さ25mの黒い禍々しい門が現れた。
そして腰に差してあった刀がひとりでに抜けると影を纏い大きなカギの形になり、門へと入り開錠…門が開く。
「っ⁉」
『バカ野郎ッ⁉結界出力上げろ‼破られるぞッ』
門が開くと危機感を感じたのかシルヴィー女王は氷の龍を連れて最大限遠くへ退避、結界の外からは茨木のオッサンが会場全体に響くように叫んでいる。
それほどまでに開いた門から溢れ出る黒い靄は危ない物だった。
「さっきは自分の権能を説明してくれたから、お礼に俺も説明してやろう」
「教えるのなら速くしろ!」
よほど不気味に感じているようでシルヴィー女王は焦った様子で声を声を荒げて催促してくる。この反応を見ると、ものすごーく…じらしたくなるけど怒られそうなので止めよう。
なんて考えている間にも漏れ出た靄は周囲の氷を解放前とは比べ物にならない速度で侵食し始めていた。
「急かさなくてもするって言っているじゃん。まず俺の使っている鎧『冥鎧』は資格保有者の証明であり、見える通り門の鍵その物」
そう言いながら俺は戻ってきた刀を手に取って見せる。
意識を向ければ影が集まり再度鍵の形をとった。
「こんな感じでな。そして後ろの門の名前は【
「っ…なるほど、これはそれでか…」
「そして門から漏れ出た陰気とも言うべき物を、冥鎧がこの形態の時なら俺は自由に使う事ができる。なぜなら冥鎧の本来の意味は人間界での門の管理人、つまりは冥界や地獄から陰気などのエネルギーを自分の物にでき、そこに住む怪異を使役することができるんだよ」
「なに⁉」
説明の最後を聞いてシルヴィー女王は眼を見開いて驚いていた。
それはそうだろう冥界や地獄にいる怪異を使役、しかも門から無尽蔵とも言えるエネルギーの供給を受けた状態でだ。
これが意味するのは際限のない怪異の召喚と使役を可能として、その気になれば1人で国1つを日を跨ぐことなく滅ぼせるという事だ。ちなみに通常の手段で呼ぶ場合は供物を用意して、召喚する時間と目的を事前に記した召喚陣を用意する必要があったりする。
そんな最低限の知識があれば驚愕どころでは済まされないのだが、使える側の俺からすれば便利な力としか思わない。
「という事で、怪物対決と行こうじゃないか‼」
『我が呼びかけに答えよ、冥獄ノ獣』
ただ無条件で強い力がないように不便なところもしっかり存在した。
それこそが今目の前に現れた獣が表している。
『……』
「……」
「……」
巨大な門から現れたのは子犬ほどの大きさで紫の体毛をもこもこに生やした…子羊だった。色は毒々しいが目はつぶらで周囲を不安げに見回していた。
あまりに可愛らしい生物の登場に俺を含めて会場が完全に静まり返っていた。
もうこの惨状を見ればわかる通り怪異の使役、最大の問題点は『怪異を選べない』と言うなかなかに致命的な物だった。
一応、命令に逆らったり呼んだ俺を襲う事はない。
それでも今回のように10回に1回は戦闘能力のない存在が出てきてしまう。しかも一度呼ぶと、別のを呼ぶには30分のインターバルが必要だった。
つまり足手まといを呼んで終わりという事だ。
不安そうにうるうる…と潤ませた瞳で見上げてくる紫の子羊に冷たくはできない。
「はぁ…呼んでしまったものは仕方ない。よいしょっ」
『…!』
「はいはい、暴れないでねぇ」
さすがに戦いに巻き込むのはかわいそうだったので安全な場所へ連れて行こうと持ち上げると、嫌がるように暴れて下りてしまう。
下りると、まるで『自分が戦う!』とでも言うように小さい体を震わせながら氷の龍を見据える。
「戦うのか?」
『…‼』こくこく
「だそうなので、相手してもらってもいいですか?」
「あ、そうだのう。心意気には答えねばならんか…相手してやれ」
『グルァ――』
なんだか緊迫した空気は緩んでしまったが、俺とシルヴィー女王は紫色の子羊の心意気を尊重して氷の龍と戦わせることにした。
もはやペット同士を戦わせるような心境ではあるけど、戦いは戦いなので真剣に結果を見守る。
「それじゃ自分で臨んだことでもあるし、勝つ気でやれよ」
『っ‼』
「よし、行ってこい!」
そう元気に送り出して負けたら慰めるつもりだったのだが、勝負は周囲の観客を含め俺やシルヴィー女王も完全に予想していないほどに早く決着がついた。
最初に動いたのは氷の龍で早く終わらせようと全力の極寒ブレスを放った。
これを見て俺はやられただろうな…と思ったし、実際に直撃していれば体が凍って勢いで砕かれていた可能性が高い。
けれど現実は紫色の子羊は体毛を増殖させると極寒ブレスを完全に吸収、そして口から紫色に色の変わったブレスを吐いた。
その紫のブレスは元々の勢いや冷気は変わらず、何か別の力が加えられているようだった。
だから氷の龍も受ける気はなかったはずだ。
見た感じ避けようともしていた。
でも気が付くと氷の龍は不自然に動きを止めてブレスが直撃した。
瞬間、激しい爆風と冷気…そして今ようやく色の意味が分かった。毒ではない、呪いでもない、瘴気でもない、あれは夢だ。
ただの夢でも悪夢でもなく、夢と言う物の根源的な何か。紫色の子羊は夢を食べ、夢を操る冥獄に住まう獣だったようだ。
つまり攻撃に混ざった粒子が当たると現実と夢が曖昧な状態にされるのだろう。
氷の龍が避ける直前で動けなくなったのはそれだ。他にも詳しい能力はよくわからないけど…言えることは1つだ。
「「なんかヤバイ…」」
思わず口に出してしまったらシルヴィー女王と被ってしまった。
でも気にしている余裕はない、攻撃を受けた氷の龍は死んではいなかったけど動く様子はなく。
本当になんだかわからないけど紫色の子羊が勝って、今も俺の足元で『褒めて!褒めて!』とぴょんぴょん!跳ねていたので、現実逃避もかねて撫でることにした。
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