第53話 マルクの暗躍
グリードがロベルトとの戦いに決着を付けて、しばらく経った頃。
すっかり静まり返ったロベルト邸へと戻ってきた部下の男たちの中、一人の黒服の男がその歩みを止めた。
その些細な変化に気付いた同僚と思しき男も、遅れて足を止め、問いかける。
「どうかしたか?」
「いや、何だか普段と少し雰囲気が違うような気がしてな……」
開け放たれた門の内側――広く、鮮やかで優美な自然の景観を保った庭の中、黒服は邸宅を見上げ、その奥にいるであろう自分たちのボスの姿を想起するが、どうにもイメージが合致しない。
「気のせいじゃないのか? ほら、結果としてグリードとかいう男を見つけられなかったわけだろ。それで気持ちの方で色々とあったせいだろ」
「そういうことかねぇ……でも、それとは別に、何かが違うんだよな。妙に静かというか……」
黒服はやんわりと否定しながら、少しの間考え込む。
そして、それは日常的に聞こえていたロベルトの声や挙動が消えてしまったからなどといったものではなく、むしろその周りの見張りたちの気配がまったく感じられないせいだと、ようやく気付く。
「いや、まさか……」
「おいっ、どうしたんだよっ⁉」
黒服は結論に至るなり、周りの部下たちを掻き分けるようにして駆け出し、我先にと正面玄関の扉を勢いよく開け放つと、呆然とその後ろ姿を眺める下っ端たちを置き去りに屋内へと消えていった。
また、直近まで話をしていた男が理由も説明せずに駆け出したことで、同僚らしき男も後を追おうとするが、とある人物に呼び止められる。
「なぁ、ちょいと用事頼まれてたことを思いだしたから、行ってくるわ。何か言われたら、そう伝えといてくれ」
「……んっ? あぁ、マルクか。それは構わないが、その女はどうするんだ? 用事があるっていうなら俺たちの方で引き取っても――」
善意から、縄で縛られた少女、コニールの身柄を引き受けようと、男は手を差し出すが、マルクはやや大げさにリアクションをして、遠慮をする。
「いや、大丈夫だ。俺の方で安全な場所に隠しておく。居場所を隠しておく方が、グリードと取引をするにも有利になるだろうしな」
「そうか。まぁ、そういうことなら別にいいが、一体どこに行くっていうんだ? 用事を頼んだなんて、ボスは言ってなかったと思うんだが……」
素朴に疑問を投げかける男に、マルクは一瞬のみではあるが、嫌な顔をするが、すぐに表情を繕い、滑らかに舌を走らせ、言葉を紡ぎ出す。
「前に権利書を奪ってきただろう? それの関係で山の方に、ちょっとな――」
「なるほど。確かに。そういうことなら、わかった。でも、気をつけろよ、その足、まだ治ってないみたいだしな」
「あぁ、心配してくれて、どうもな」
それだけ言うと、マルクは口端を上げ、コニールと共に踵を返す。
男はその様子を見送った後、ハッと思い出したように、だいぶ前に屋敷内に消えていった黒服の後を追いかけた。
「おい、一体どこに……って、なんだ、この嫌な予感は……」
広々とした一階部は、人の気がまるでなく、不気味なまでに静まり返った空気が、男の身を震わせる。
それでも、今から引き返すというわけにもいかず、男は二階へと続く階段へと向かい、歩き始める。
それは、その静けさ故に一階には黒服はいないのだと、感覚的に理解できたからでもあった。
そして、開け放たれたままになっていたボス――ロベルトの私室の入口で立ち呆けている黒服の姿を確認する。
いつの間にか緊張をしていたのであろう、今まで自分以外の人間の姿を見ていなかったこともあってか、見知った存在を視認できたことで、男の顔にも安堵の表情が浮かぶ。
「おい、どうしたんだ、ボスの部屋の前で立ち止まったりし……て……」
軽く笑いながら話しかけるつもりだったのだろう男の顔は、黒服の肩越しに見えた室内の様子に、途端に凍り付く。
入口付近に倒れているロベルトの部下たち。
その中には男の知っている顔も、もちろん黒服の顔見知りも交っている。
「嘘だろ、ボスが……」
それ以上に衝撃的な存在――それは、部屋の奥にて誰の目にも絶命していることがわかるほどに、床を赤黒い血で濡らしながら、その上で倒れているマフィアのボス、ロベルト・バレスの姿に他ならなかった。
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