第45話 過去のあたしが君に贈る言葉

「く、数が多すぎる!」

 


 魔王城まであと少し。

 


 


 だというのに、行く手を遮る天使は一向に減らない。

 


 こうなればグリッチも視野に入れなくてはな。

 


 


「デバッグおにいさん、このままでは…!」

 


 アリ子は剣を振るいながら俺に声をかける。

 


 


「ああ、分かっている」

 


 


 時間をかけているわけにはいかないのだ。

 


 こうしている間にも、刻一刻と崩壊は進んでいる。

 


 


「精霊憑依───ここです!」

 


 エル子の爆発糸にのり天使のコアは爆発し、砕け散っていく。

 


 だが、消えた矢先にすぐその場に天使は埋められていく。

 


 


 少数ならば魔王城に潜り込めるかと思ったが、爪が甘かった。

 


 天使は質だけでなく、量がとにかくすさまじい。

 


 


「うおお! 火パンチ!」

 


 眼前の敵を砕く。

 


 


 だが、またも次が現れる。

 


 これは俺たちだけでは突破は難しいだろう。

 


 


 増援、求む。

 


 


 その時だった。

 


「各員精霊憑依──。発射!」

 


「発射!」

 


 


 どこからともなく放たれた大量の矢は各々が異なる光を発しながら飛び、天使を砕いていく。

 


 


「貴方たちは…!」

 


 その様子にエル子は誰よりも早く反応する。

 


 


「我らエルフの森の番人、『暗月の徒』、一夜限りの再集結でございます。エリン様、どうか指示を」

 


 フードを深々と被った弓使いたちを代表して、前に出た1人の人物が告げる。

 


 その言葉に、エル子は首を縦に振る。

 


 


「いいでしょう。デバッグおにいさん、ここはわたくしたちが開きます」

 


 その言葉に、俺は歓喜する。

 


「ああ、頼んだぞ。エル子」

 


 


 エル子は魔王城の方を向く。

 


「精霊憑依、同期開始。出力80、90、99%を確認」

 


 


「あ、あう…くっ…」

 


 


 暗月の徒と名乗る集団は、エル子の声と共に苦悶の声をあげる。

 


「さて、お覚悟はよろしくて?」

 


 エル子は両手の糸を操作する。

 


 


 すると、それにつられるように一人のフードの人が抜刀し天使へと飛びかかる。

 


 天使はそれを凌ぎ、ビームを放とうとする。

 


 


 が、それに合わせてアリ子の指先ひとつで他の者が弓を放ち、これを倒す。

 


 


「これが精霊憑依の真の能力。エルフ一人一人に宿る精霊すら、わたくしの精霊憑依の前では主が一時的にわたくしに移ってしまう。それを利用して全員の身体をわたくしが指先ひとつで操る外道奥義でございます」

 


 なるほど、エル子は実は指揮官に向いた能力だったらしい。

 


 全てのエルフが感情を度外視し、考えを共有して動けるのだから、それは強い。

 


 


 現に一糸乱れぬ連携で、次々と天使を屠っていく。

 


 にしても、ちょっと非人道的な能力だな、それ…。

 


 


「というわけで、ここはわたくしたちが引き受けました。デバッグおにいさん、この戦いを終わらせていただけませんか?」

 


 


 見ると、既に魔王城への道は開けている。

 


 


 仲間のため、行かねばなるまい。

 


「ああ。アリ子行くぞ」

 


「えっいいんですか?」

 


 


 アリ子はエル子たちを心配そうに見つめる。

 


「知ってたか? エル子はか弱そうにみえるけどな、めちゃくちゃ肝が座ってる」

 


「そりゃ知ってますよ…」

 


 アリ子は渋々シキナキにゴーサインを送る。

 


「俺も乗らせてもらうぞ」

 


「仕方ないですねぇ…」

 


 


 俺たちは魔王城へと向かう。

 


 


「エル子、後は俺たちに任せておけ!」

 


 


 いよいよ決戦だ。

 


 胸が高鳴るな。

 


 


 


 


 


     *

 


 


 


 


 


 何も変わらないあの頃のままの廊下。

 


 何も変わらないあの頃のままの大きな扉。

 


 何も変わらないあの頃のままの玉座。

 


 


 ──そこには、『親友』が座している。

 


 天井は崩れ落ち、壁も崩壊しているが、玉座だけはあの頃のままだ。

 


 


 さっきの映像を思い出す。

 


 ヴィルヘルミナが母を貫く光景を。

 


 鮮烈な深紅の記憶を。

 


 


「…待たせすぎよ…デゼル」

 


 しばらく目を閉じたまま何も動じなかったヴィルヘルミナが、あの頃のままの天使の鐘の音のような優しい口調であたしに語りかける。

 


「本当に。随分時間がかかっちゃったわ」

 


 彼女は一点を除き何も変わってはいなかった。

 


 ただ、身体から溢れるその禍々しい黒い渦を除いて。

 


 


「デゼル、提案があります。──共にこの世界を破壊しませんか?」

 


 ヴィルヘルミナは続ける。

 


「お母様の意志を受け継いで、この世界の何もかもを破壊するのです。そしてこの世界の深淵を覗きましょう。一人は寂しいですから」

 


 


 一人は寂しい、か。

 


 それはあたしのことなのか、彼女のことなのか。

 


「分かるわ、分かる。きっとこれまでの道のりは苦難の連続だったでしょう。ごめんね、隣にいなくて。ごめんね、あたしの責任を押し付けて。ごめん、本当にごめんなさい」

 


「なら、こちらに…」

 


「けどね。あたしはあたしのやり方があるの。もう後には引けないわ」

 


 


「そう…ですか」

 


 ヴィルヘルミナは立ち上がる。

 


 いつのまにか手にはイージスの鎌が召喚されている。

 


 


「我は破壊をもたらす者、グリムリーパー。参られよ、災厄の悪魔デゼルよ」

 


 忘れない。

 


 忘れてなどいない。

 


 


 幼少の頃、彼女とは毎日遊んでいた。

 


 おままごともしたし、たたかいごっこもした。

 


 


 そしてたたかいごっこの中ではこの前口上から始まっていた。

 


 彼女との輝かしい思い出は、今もこの胸で光り輝いているのだから。

 


 


「あたしは災厄の悪魔デゼル! 死神を倒し、全てを終わらせる者…。いざ、尋常に」

 


「「勝負!」」

 


 互いに後には引けない一歩を踏み出す。

 


 


 それと同時に、ヴィルヘルミナは鎌を振るう。

 


 咄嗟にしゃがんで回避する。

 


 その一撃は、辛うじて形を留めていた玉座の間入口を跡形なく破壊する。

 


 


 あんなもの、食らったら一溜りもない…!

 


 だが、逆に言えば喰らわなければいいのだ。

 


 あたしは潜り込んだ懐から、魔力を込めた爪を腹に突き立てる。

 


 


 しかし、それは突如なんの前触れもなく現れたイージスの膜に阻まれる。

 


 


 ヴィルヘルミナは鎌を縦に構え、既に次の攻撃の体制を整えていた。

 


 危険を感じ、展開されたイージスの膜を蹴り、体制を横に大きくずらす。

 


 


「破壊…する…」

 


 鎌は振り下ろされ、魔王城もろとも切り裂いた。

 


 が、城は崩れたりはしない。

 


 


 どうやらあまりの鋭さから一切の崩壊が生じなかったのだ。

 


 


 一度距離を取って体制を整え、呼吸も整える。

 


 


 強い。

 


 強すぎる。

 


 


 彼女の攻撃を一撃貰うだけで敗北となるのは明らかだ。

 


 しかし、かといって生半可な攻撃どころか、全力の近接攻撃すら弾かれてしまったのだ。

 


 


 何か策はないのか…。

 


「ふふふ…どうです。魔王、お母様の力の前では、娘であるデゼルでも為す術もないでしょう」

 


 


 彼女は魔王たる母の力を吸収している。

 


 だからこの強さには納得がいく。

 


 


 ───ここで一つの閃きが生まれる。

 


 母の力は強大だ。

 


 それこそ城など一撃で粉砕してしまうほどに。

 


 だが、なぜ娘であるあたしの一撃はなぜ城を粉砕していないのか。

 


 


 それもあたしだけではない。

 


 この肉体には、サキュ美の力を宿している。

 


 


 最強の魔王に、最強の魔王の娘二人分の力が及ばない道理など聞いたことがない。

 


 できるのだ。

 


 あたしには、できる。

 


「イージス、展開!」

 


 声高らかに叫ぶ。

 


 


「ふふ、ふはははは…。無理ですよデゼル。それは魔王である余にしか…っ!?」

 


 ポーカーフェイスの彼女の表情は揺れる。

 


 


 それほどおかしいことだろうか。

 


「無理でも、無茶でも。やってみなくちゃ分からないってね」

 


 この漆黒の槍が、手中に収められていることが。

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