第33話 ぼくのかんがえたさいきょうの暗黒破壊神龍

 魔王城、王座の間に帰還した。

 


 デバッグおにいさんとの戦いに敗れた私は、明日にもこの地を去る。

 


「ここも随分と長居しましたね」

 


 思いに耽ける。

 


 


 会社に黙ってサーバーを無断で使おうと計画し、それにリスクを承知の上で参加してくれた部下たちには、頭があがらない。

 


 ヴァンパイア加藤、ユニコーン大久保、スライム川田、リザード安田、オチュー斉藤、ダークナイト山根。

 


 部下に恵まれたな、と思う。

 


 


 ここでひとつの疑問が浮かぶ。

 


 留守を頼んだ部下たちを一人も見ないのだ。

 


 どこへいった?

 


 


 そういえばガイアも呼んでもこなかったし、少し変だ。

 


 俺は釣り仲間でもあるヴァンパイア加藤に連絡を入れる。

 


 


 彼はすぐに通話に出た。

 


 


「課長、大変だ! 魔王城正門に今すぐ来てくれ!」

 


 だが、すぐに通話を切られてしまった。

 


 一体何事なのだ。

 


 


 私は急いで正門へと向かった。

 


 


 


 


 


     *

 


 


 


 


 


 それは、地獄だった。

 


 辺り一面が破壊し尽くされ、正門は既に跡形もなく、部下たちが倒されていた。

 


 そこに向かい合うように暗黒破壊神龍ガイアと一人の少女がいる。

 


「く、ワイもここまでか…」

 


「俺さまの後は任せましたよ…みなさん…ああ、ンつくしく…ない…」

 


 


 安田くんと大久保くんは力なく倒れる。

 


 


「一体何事ですか!」

 


 私は慌てて現場にいる加藤くんと川田くんに声をかける。

 


「ま、魔王パイセン! その少女、やばいです!」

 


 まず最初に返してきたのは、川田クンだった。

 


 


「主、ココカラ去ルガイイ」

 


 ガイアはボロボロになった身体で私に言う。

 


 


 本当に何があったのか。

 


 私は川田くんの注意に従い、少女に目をやる。

 


 


「な、なんだと…!?」

 


 少女の背後に浮かんでいるのは、魔王の力、イージス。

 


 ありえない。

 


 ありえるはずがない。

 


 デバッグおにいさんならともかく、私以外、それもNPCにこの力が使えるはずがない…

 


 一体お前は、誰なのだ。

 


 


 少女はイージスで生成された鎌を手に持ち、私に振るう。

 


「───っ!」

 


 私は咄嗟にイージスで防ごうとする。

 


「課長、それはダメだ!」

 


 


 加藤くんが私を突き飛ばし、代わりに身体を斬られる。

 


「か、加藤!」

 


「俺はいい。あんたがやられると管理者権限で帰れなくなるぞ」

 


 


 そうか、私はデバッグおにいさんと対峙し、敗れた時のために私を倒した者に管理者権限を付与し、帰還させる魂胆だった。

 


 だが、それがNPCなんぞに渡ってしまえばどうなるか。

 


 


 ここは敗れるわけにはいかないんだ。

 


 加藤は既に不死身を使い切っていたようで、それだけ言い残して消えていく。

 


 


「ガイア、後は頼めますか」

 


「愚問。我、最強也」

 


 嘘だ。

 


 身体の傷を見ればそんなことはすぐにでも分かる。

 


 きっとガイアではあの少女に勝てない。

 


 


 だが、私の信じた暗黒破壊神龍だ。

 


 これほどにも美しい強がりを、否定できるものか。

 


 


 暗黒破壊神龍ガイアはユニークボスだ。

 


 それも何百人単位で挑む大型の、ボスである。

 


 攻略不可、理不尽なまでの難易度を誇る超大型エネミーだ。

 


 


 小学生の頃、夢を見たのだ。

 


 ガイアと共に無双する夢を。

 


 果てしなく旅をする夢を。

 


 


 こいつには、そんな夢を託してこのゲームで作り出したのだ。

 


 ガイアは一度倒されたら二度とリスポーンしない。

 


 夢は二度と叶わなくなる。

 


 


 だが、振り向いてはいけない。

 


 ぼくのかんがえたさいきょうの相棒の想いを、無駄にはしないために。

 


 


「ガイア…死ぬなよ」

 


「…行クガイイ」

 


 


 デバッグおにいさんとの決戦の直後で、身体が重い。

 


 鉛のような身体を引きずりながら、逃げる。

 


 


「お手伝いします」

 


 そう言って川田くんは私に肩を貸す。

 


「ああ、すみませんね」

 


「いえいえ、私にできることはこれくらいですので」

 


 


 頼むぞ、ガイア。

 


 明日を切り拓いてくれ!

 


 


「我、暗黒破壊神龍ガイア也。全テ闇デ覆イ尽クサン」

 


「我は破壊をもたらす者、グリムリーパー。…目標を破壊する」

 


 


 ガイアは口元から高出力の紫炎を漏らす。

 


 対して、グリムリーパーと名乗った少女の操るイージスは次々と分裂していき、無数の刃を展開する。

 


「グオオォ!!」

 


「イージス展開…」

 


 両者、見合う。

 


 互いに威力をさらに高める。

 


 最高の一撃を、決めてやれ。

 


「グォオォォ!」

 


「射出する」

 


 互いの攻撃が光線状になり、激突する。

 


 その爆風は辺り一面を巻き込み、見えるものを片っ端から破壊していく。

 


 


 だが、少女も暗黒破壊神龍ガイアも譲らない。

 


 互いに拮抗しているのだ。

 


 


 いける、いけるぞガイアよ。

 


 お前の力を余すことなく見せるのだ!

 


 


「グオオォ!グッ…」

 


 その時、ガイアは苦しみだす。

 


 なんとガイアの身体の内側からイージスが突き破ってくるのだ。

 


 


 次第にグリムリーパーが優勢になっていく。

 


 四肢が斬られ、全身から黒いトゲを生やしている。

 


「ガイアァ!」

 


「…」

 


 ガイアは一瞬私を見る。

 


 


「ガイア負けるな! 頑張れ!」

 


 負けてたまるものか。

 


 やはりこんなところで夢を終わらせてたまるものか。

 


 


 そう思い、手を伸ばす。

 


「ダメです課長。私たちにはもう…」

 


 川田くんがそれを止める。

 


 


「…」

 


 ガイアはこちらを見ると、下手くそに笑ってみせる。

 


 ガイアの身体はもう半壊している。

 


 もう見てもいられないほどに。

 


 それなのに、笑う。

 


「ああ────ああああ」

 


 次の瞬間、ついには跡形もなく砕けて消えた。

 


「嘘だ…嘘だろ…」

 


 


 絶望の中、全てがどうでもよくなっていく。

 


 しっかりしなくてはならないことは分かっている。

 


 


 分かってはいるが、心が折れてしまったのだ。

 


「課長! しっかりしてください!」

 


 目の前にグリムリーパーという少女が立ち塞がっていることも、考えられない。

 


 虚脱感が全身を襲う。

 


「こうなれば私が戦うしか…」

 


 心の中の大事なものがポキッと折れた音がした。

 


「嘘ですよね…パイセン…課長!」

 


 意識が朦朧としていく。

 


「しっかりしてください! 課長!」

 


 もうなにも、考えられな───

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る