第23話 むりでも、むちゃでもやってみないとわからない

「───しかしやばかったな、あのガチはよ」

 


「青いガキもそうだが、あの白いガキ…」

 


 ───意識が戻る。

 


 寝ぼけている場合ではない。

 


 この失態を取り戻さなければ。

 


 まずは薄目で辺りを確認する。

 


 


 薄暗い洞窟 二人のサハギン 姉 松明 縄 拘束 

 


 


 見つかる前に再び目を閉じ、推理をする。

 


 おねえさまとアタシは敗北し、人質となっている。

 


 だが、人質にヴィルヘルミナは含まれていない。

 


 アタシたちはがんじがらめに縛られ、二人のサハギンにこの薄暗い洞窟で監視されている。

 


 


 何とかして脱出しなければ。

 


 拘束を解くために、まず縄をなんとかしなくてはならない。

 


 だが、すでにアタシが無動作で魔法を使えるところは見られてしまっている。

 


 この太い縄を魔法でちぎるにはかなり時間が必要だろうし、現実的ではない。

 


 


 だとするとチャンスを伺い、もっと物理的なアプローチで行わなければならない。

 


 しかしそのような策は思いつかず、チャンスが来るかも分からない。

 


 耐えるのだ。

 


 この未曾有の恐怖から、耐えなければ。

 


 


「…なあおい、なに狸寝入りしてるんだ」

 


 しまった。

 


 目を開けたところを見られてしまったらしい。

 


 考えろ、考えるのだ。

 


 男の足音が近づいてくる。

 


 


 ここで突如、冷静になる。

 


 アタシは人質なのだ。

 


 でなければ殺しているはずだし、殺されない理由にもなる。

 


 今はとりあえず、その目をそっと開く。

 


 しかし男は、おねえさまの方を向いていた。

 


「────っ!…ッ!」

 


 地面に身体を擦りながら、もがくおねえさま。

 


「やっぱ起きてるじゃねえか。なあおい、こいつで遊ばねえか?」

 


 おねえさまに近寄るサハギンは、もう一人のサハギンを呼ぶ。

 


 


「っ!───!」

 


 無力な抵抗を続ける。

 


 姉は愚かだ。

 


 きっと意味がなくても、ずっと抵抗を続けるだろう。

 


 


「おい、うるせえぞガキ!」

 


「───!」

 


 おねえさまは頭を鷲掴みにされ、壁に叩きつけられる。

 


「───」

 


 声にもならない甲高い悲鳴をあげる。

 


 ああ、不愉快だ。

 


 なぜ挑むのだろう。

 


 絶対に勝てないのだ。

 


 たとえ拘束がなくても、非力なおねえさまでは決して叶わない。

 


 なのになぜ足掻こうとする。

 


 


 そう考える。

 


 おねえさまは頭を打った衝撃からか、白目を剥き、泡を吹く。

 


「こいつ泡吹いてやがるぜ〜! ギャハハハハ!」

 


「おもしれえなお前!ギャハハハハ」

 


 だが、おねえさまは倒れない。

 


 


 それほどの衝撃を受けようと、決して屈することはなかった。

 


 その時、突然おねえさまを縛る縄がひとりでにちぎれたのだ。

 


 


「なに!?」

 


 


 サハギンは慌てふためく。

 


「かはっ! ぜえ…ぜえ…さあ、はんげきかいしよ!」

 


 見ると、手には鍋を包丁を持っている。

 


 そうか、おままごとのための本物の包丁だ。

 


 きっとそれで縄を切ったのだ。

 


「ぷ…ぶはははは! ダメだ、我慢ならねえ! ギャハハハハ!」

 


「ガキが鍋と包丁で何ができるんだぁ? ここはキッチンじゃねえんだぞ! ギャハハハハ!」

 


 サハギンたちはけらけらと腹をおさえ、笑いすぎて苦しそうにしている。

 


 


「さいやくのあくまじぜるがちゅーをくれるわ!」

 


 足は恐怖から震えあがり、包丁を握る手には力がなく、左腕が膨れ上がり、それを右手で抑えて痛みをこらえるのに必死である。

 


 にもかかわらず、おねえさまの瞳だけはまっすぐ、敵を鋭く見つめている。

 


「なーっはっはっは、お前には無理だろ!」

 


 サハギンの男が吠える。

 


 


 まさにその通りだ。

 


 妹のアタシと違って、能力も何もないのだ。

 


 そんなおねえさまが包丁を持ったところで、何ができるというのだろう。

 


「むりでも、むちゃでも、やってみなきゃわからないわ!」

 


 やー、と威勢のよい声とともに男たちへと駆ける。

 


 


「あらよっと」

 


 おねえさまは簡単に頭を掴まれ、またも頭を地面に打ち付けられる。

 


「さすがにこどもを虐めるのは心地よくなくなってきたぜ…なあ、諦めて大人しくしたらどうだ?」

 


 サハギンの男が提案する。

 


「い…や…いやだ!」

 


 目には涙を、額に血糊をつけたまま、またも男たちへと立ち向かう。

 


「ちぃ、しつけーな!」

 


 


 立ち向かう。

 


 やられる。

 


 何度も、何度でも立ち向かう。

 


 


「お前、おかしいぜ。身体がどんなになってるのか分からねえのか? なぜ戦う」

 


 


 


「あたしはね、おねえちゃんなの。おねえちゃんはいもうとをまもってあげないと」

 


 そう言って、また立ちあがる。

 


 


 本当に、意味がわからない。

 


 強者が弱者を守るのは筋が通る。

 そして、その逆はない。

 


 弱い者が無茶をしたら、傷つくだけなのだ。

 


 だが、何度でも、いくら傷つけられようと、おねえさまは立ち上がる。

 


 折れてしまえと願った。

 


 その方が傷つかないで済むからだ。

 


 


 しかし現実はそうではない。

 


 なぜ諦めないのか。

 


 なぜ折れてしまわないのか。

 


「いい加減しつこいぞ!」

 


 おねえさまは投げ飛ばされ、アタシに重なる。

 


「ぐっ!」

 


 しまった、唐突な感覚に、つい声を漏らしてしまった。

 


 それに姉はすぐさま気がつく。

 


「よかった。起きたんだ」

 


 


 だがまあ、もういいだろう。

 


 何もしなければ、今は何もされないのだから。

 


 反抗さえしなければ、それでよいはずだ。

 


 


 だが、おねえさまはそれでもまだ立ち上がろうとする。

 


「もう諦めたらどうなんですか」

 


 嫌味が思わず口に出る。

 


 しかしおねえさまは、嫌な顔一つしなかった。

 


 


「ううん、おねえちゃんは強いから、大丈夫!」

 


 そう言ってぼろぼろの身体で、にっとはにかんで見せた。

 


 


 そして耳元で小さく囁く。

 


「逃げて」

 


 


 瞬間、自分を縛る身体の拘束が解けていたことに気がつく。

 


 


 そう、おねえさまの縮小魔法によりわずかに手首を小さくされていたのだ。

 一体いつから解けていたのだろう。

 


 自分が諦めていなければ、もっと早く気がつけたのに。

 


 姉は愚かだ。

 


 だが、アタシはもっと愚かだ。

「(いやだ…おねえちゃん)」

 


 念話により初めて口にする呼び方だったが、まるで長年読んできたかのようにすっと口から零れてきた。

 


 


 姉は強かった。

 


 アタシよりも何倍も諦めが悪く、人一倍努力家なのは知っていた。

 


 だがこの男たちを倒すには一手足りない…

 


 口を封じられている以上アタシは魔法を使えない。

 


 


 なら、あれをすべきだろう。

 


「ちょ…にげるのよ!」

 


 いや、逃げはしない。

 


 立ち向かうのだ。

 


 越えるのだ、この試練を。

 


 


 魔物は共食いをすることでその全ての力を引き継ぐことができる。

 


 だが、元々魂が一つであれば、食われる方の承認さえあればわざわざ魂を食わずして引き継がせることができる。

 


 普通ならばできない芸当だ。

 


 だが、双子ならば。

 


 アタシはこの自由になった手でおねえちゃんを抱きしめる。

 


 


「それでいい、おとなしくしてな、ガキども」

 


 あの男たちには、抱き合っている姿が怯え、おとなしくしているだけのように見えているようだ。

 


 これは好都合。

 


 今この力の全てをおねえちゃんに注ぐ。

 


「(おねえちゃん、がんばって)」

 


 ものすごい勢いで力が抜け落ちていく。

 気を抜けば、いつ意識が飛んでもおかしくない。

 


「いや、だめよそんなの」

 


 おねえちゃんは今アタシが何をしているのか、察してしまったようだ。

 


「……」

 


「いや! やめてよ!」

 


 おねえちゃんに殴られる。

 


 加減なしの本気の殴りだ。

 


 物理的なアプローチにより、止めにきたようだ。

 だが、この儀式は中断することができない。

 


 


 痛い。

 


 どんな傷よりも痛かった。

 


 心が痛いのだ。

 


 アタシはとんだ勘違いをしていた。

 


 


 強さとは、得物の長さでも、射程でも、すばやさでも、攻撃力でも、知力でも、魔法の威力でもなかったのだ。

 


 強さとは、勇気だ。

 


 アタシが消える前に、そんな当たり前のことを思い知らされる。

 


 ああ、よかった。

 


 


 最期には、笑って終わることができるのだから。

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