第19話 うわ…私の観客、少な過ぎ…?

「ぜえ…ぜえ…これで…完成だ…!」

 


 長い道のりだった。

 


 まさかこれほどまでにギルドハウスの建築に時間を要するとは…

 


 しかし、湖のほとりのコテージというコンセプトはいいものだな。

 


「デバッグおにいさんが思いつくたびに何か作り始めるから…見てくださいよ!」

 


 黒髪少女ことアリ子がびしっと林の方を指さす。

 


 


 彼女には見えないだろうが、ギルドハウスに乗っている俺にはしっかりとその光景が目に映る。

 


 


「街出来ちゃってるじゃないですか…しかも賑わってるし…わたしたち冒険者なんですよね!?」

 


 これじゃプチ領主じゃないですか、と彼女は告げる。

 


 確かに大型食料品店の着想まではよかったが、そこから大型ショッピングモール、ひいてはゲームコーナー、さらに独立してゲームセンターは時代錯誤というか、未来に生き過ぎた。

 


「まあ経営シミュとかシブィで学んだし、内政ゲー好きだし、なんとかなるだろ」

 


「どーちて…」

 


 アリ子の顔にはどうしてこうなった、と書いてある。

 


 すまんなアリ子。

 


 


 


 


 


     *

 


 


 


 


 


「せーの、萌え萌え脆弱〜♡」

 フリフリの黒を基調としたメイド服を身にまとい、激辛ソースをお客様の餌にぶちまける。

 こんな体験、エルフの森では出来なかった。

 


 このお店、メイド喫茶『でぃーおにーみん』でえる子として働く日々は、わたくしの人生を充実させてくれる。

 


「ああそんな…エルフっ娘のえる子ちゃん…」

 


「ぼ、ぼくちんの胃が、は、破壊される…♡」

 


 大柄でメガネをかけたチェック柄のファッションを身にまとった男性と、小柄でポスターソードなる最新の武器を装備した剣士の男性は恍惚とした表情を見せる。

 


「そ、そんなぁ…せっかく頑張っておまじないをしたのに。お食べになってくださらないのですか?」

 


 もう状況の何もかもが面白いので、上目遣いで眼前の二人の男に激辛の餌を差し出す。

 


「た、食べるよな…!」

「当たり前だ! …と、止めてくれるなよ」

 


 男2人組は、口から火を吹きながらそれを口にする。

 


 どうやら、精霊に聞いてみても彼らはこれが嬉しいらしい。

 


 面白い。

 


 メイド文化、面白い…!

 


 


 


 


 


     *

 


 


 


 


 


「ぐぬぬ、金髪エルフ娘のえる子め、余は貴様が欲しい…」

 


 ここから離れたテーブルの位置で、える子は接客をしている。

 


 領主である余をさしおいて、平等に来た順で接するとは。

 


「つかぬことをお伺いしますが、領主の命とあればかのえる子、必ずや御身のものとなりましょう。いかがなさいますかな」

 


 執事は表情を崩すことなく、淡々と告げる。

 


「セバスよ、それは愚かの極みというものだ。『YesメイドNOタッチ』、届かぬからこそ美しいものもあるということだ。高貴なるものの務め(ノブレス・オブリージュ)を忘れるなよ」

 


「これは御無礼を。仰る通りですな。このセバス、御身に適うよう精進せねば」

 


 この執事は賢いが故、情緒よりも利益で考えてしまうところがある。

 


 それもまた余を案じてのことであるのが、難しいところであるな。

 


 しかしえる子よ…

 


「ああ、余も萌え萌え脆弱〜♡ して欲しい…」

 


 


 皇帝陛下が余の領地に来られるのであれば、この『でぃーおにーみん』に招待しよう。

 


 


 


 


 


     *

 


 


 


 


 


「やっほー! 盛り上がってる〜!?」

 


 おねえちゃんの呼びかけに対し、どっと観衆が沸き立っている。

 


「今日はサキュ子のファーストライブに来てくれてありがと〜!」

 


 ピンクのひらひらがいっぱいついた衣装、とてもかわいい。

 


 そんなおねえちゃんがスポットライトに照らされ、より輝きを増している。

 


「今日はみんなに大事な話があるの…」

 


 辺りはざわざわとどよめき、静まり返る。

 


「今日、このライブで私サキュ子…アイドルを…引退するわ!」

 


 おねえちゃんのことばを皮切りに、観衆は阿鼻叫喚。

 


「嘘だと言ってくれ〜!」

 


「アケの頃から好きでした〜!」

 


「バスツアーでくれた一本のウィンナー、忘れないからな〜!」

 


「サキュ子さんの出身校は? 彼氏は? 実は結婚している!? 調べてみました!」

 


 これが最後なのだ。

 


 みな思い思いの言葉を投げかける。

 


 


 しかしそれを気にせず、おねえちゃんは続ける。

 


「けど、あたしは振り向かないわ。そう、進み続けるの。そんな思いをこの曲に込めて歌います。聴いて!『届いて♪恋のエトセトラ♡』!」

 


 演奏が始まり、おねえちゃんが歌いだす。

 


 観客もそれに合わせて荒れ狂う。

 


「最高すぎる…」

 


 


 会場のボルテージはマックスだ。

 


 それにしても、おねえちゃんは輝いている。

 


 妹だということが、誇らしい。

 


 


「おーい、サキュ美〜」

 


 出ましたね、Dおにいさん(デリカシーゼロおにいさんの略です)。

 


「どうかされたのですか?」

 


「アリ子を見かけなかったか?」

 


「アリ子さんはこの辺で見かけませんでしたね」

 


 何かあったのだろうか、そんなことを考える。

 


「く…そうか。なあ、アリ子を探すの手伝ってくれないか?」

 


 やはり何かあったようだ。

 おねえちゃんも大事だが、アリ子さんも好きだし、少し心配だ。

 


「…いいでしょう。…なにか心当たりはありますか?」

 


「うーん、アリ子は暗くて狭いところを好むからなー。あるっちゃあるが、さて」

 


 そんながれきの下の虫みたいな。

 


 自分で言っておいて、申し訳ない。

 


 


「ふむ、心当たりがあるならば、まずはそこを探してみませんか?」

 


「うむ、そうするか」

 


 こうして、些細な探検が始まったのです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る