第22話 崩れ去る日常①

「すっかり日が傾いてますね。早く済まして帰りましょう」

「そうだな」


 写真をプリントしてもらうため、るいとつとむは写真屋に向かっていた。

 ポーカーはがあるからと昼過ぎに出てしまい、その後は三人でカードゲームをしたり今後の活動方針について話し合ったり。それから、今年の夏祭りの話。


 薄水色の空は白を経て、少しずつ橙色に染まっている。じんわりと、しかし確実に黄昏が近づいていた。

 データを出した二人は少し離れた公園に足を運ぶ。大した意味はない、ただの寄り道だ。自販機で買った飲み物で喉を潤す。


「夏祭り、かぁ」


 るいはふと言葉を漏らす。紅茶の風味が口に残る。


「早いものですね、一年」

「そうだな」

「昨年は二人でしか行けませんでしたからね」

「そうそう。だから楽しみだなぁって」


 るいは声を弾ませる。

 昨年はかなれが家族旅行のため参加できず、二人で真昼の祭りに訪れたのだ。刺すような暑さに肌が焦げたのがもはや懐かしい。


「今年は先輩もポー……ゆいも一緒にさ」

「そうですね」


 朱を混ぜた陽の明かりは彼らの身体をも染め上げ、地平線には夜の境界。


「そろそろ帰んないとな」

「はい……っとすみません、ゴミ箱探してきますね」


 飲み終えた缶を持ち上げたつとむが背を向ける。


「ん? 自販機横になかったけ」

「いえ、溢れてて」

「写真屋にも無かったしなぁ」


 空の缶を持ったまま、つとむが公園を去っていく。

 ——その影は夕日を背に長く長く、黒く黒く伸びていた。




「委員長まだかな」


 メールは入れておいたが一向に返信が来ない。夜の迫った外で待っても危険であるため、家に戻って彼の連絡を待つ。


「返信早い方だったよな、委員長」


 ベッドに横たわり携帯の画面を眺める。ブルーライトが目を突き刺し少々痛い。ごろんと仰向けになって、電灯に照らされる。


「チャーハン、作るか」


 今日は満月で、影痕が活発になる。だから彼女は早くに家を出て今も戦っている。そんなポーカーのために出来ることといったら、これぐらいしか思いつかない。

 そんなことを取り留めもなく考えていたから、暫くの間着信音に気づけなかった。


 火を消し急いで携帯に向かう。

 時短を図って強火で炒めた所為か、チャーハンは珍しく焦げてしまった。米粒同士が抱き合い、固まった糊のように焦げ茶色が貼り付いている。

 つとむから? 無事に着いた連絡だろうか。浮わつく気持ちを静め、画面に耳を押し当てた。







「たす……けて……藤……か……」


 腹の奥でゾワリと空っぽな風を切った。


 絶え絶えの声が鼓膜をか細く震わせる。いつもの自信満々な声は聞く影もない。毒に悶えるような呻き声に頭がかき乱されていく。


「委員長?」


 頭を杭で打たれる鈍い感覚が襲った。足は竦み、手が震えだす。


「委員長……? どうした? 何処にいる? なあ、おい!」


 返事がない。


「つとむ!!」


 電波が散り散りになり、画面の奥で砂塵が渦を巻いた。身体を侵す轟音に耳を塞ぎたくなる。コンクリートに散弾する雨粒のような雑音翳りが脳を埋め尽くす。


 焦燥と不安が心臓を窄めた。濁りきった沼が、黒い蟲が、腹の底から犇めいてくる。沸々と湧き上がったそれは嘲笑うかの如く肺を蝕むのだ。


 外はもう満月が大口を開け、空は濃い紺色が頂きまで這い上がっていた。数えられるほどしかない星々が点々と瞬きをしており、地平線は幾重にも黒く塗り固められている。怪しく光を放っていた白い月は、煌めく星とともに重々しい鉄黒に押しつぶされた。


 突き破るほどに激しく脈打つ心臓。締め付けられる喉元。

 居ても立ってもいられず、電気も消さずに駆けだした。壁に額を打ちつけながらも廊下を走る。見えざる自分に急き立てられ、ドアノブに手を掛け勢いよく押し開けた。






 ——瞬間、世界が変わった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る