第20話 白と黒

 ——“影”とは即ち“混沌”である。


 何者にも代えがたい“本能”そのものであり、“裏側”である。


 人の血を吸い、を打ち消す唯一の存在。


 悠久の闇を彷徨う悪意。


 の生み出すに惹きつけらるる執念。


 醒めれば霧散する無き悪夢である。


 ……即ち、“無意識”に干渉する異形であり、“裏側のヒト”である。


 喰わるればこと能わず。


 その腹に引きずり込まるれば、未だに浮上せず。



 美味の血を吸わば、永遠に逃れる術非ず。






————


 るいは徐に襖を開ける。

 部屋に入ると、まず手を引いてくるのが畳の匂い。そして夏に片足突っ込んだ爽やかな日差し。これでセミが鳴けば、祖母が生きていたころの再現になるのになとるいは浸る。


 祖母の書斎は不思議な本でいっぱいだった。

 小さな面積に敷き詰められた、拡大鏡前提の評論には目がシパシパした。幼少期の所感と被るが、よくこんなもの読んでいたなと感心する。

 よくここに来ていた僕や先輩のためにと買ってくれた絵本は、今でも捨てられない。思い出が蘇り、懐かしい気分になる。そして気づけば時間が過ぎ、慌てて我に返るまでがワンセット。


 部屋を囲む本棚の整理ともなると気が重い。

 今年を最後に、るいの実家に本の一部を明け渡すことになったのだ。使えるものは使う。そんな世俗的信念によるものだった。渡った本をどうするのかは、るいも知らない。


「まあここで眠るよりかは良いかな」


 祖母の思いを考えれば、この場所に留めている方が正しいのかもしれないが。

 しかし決定権はるいにあった。ここに入れるのは彼だけだったからだ。生前の祖母がそう言ったらしい。


 さて、昔お世話になった本はこっそりくすねておこう。


 持ってきたバッグにそっと入れた。

 それからおばあちゃんのお気に入りだったこの本も……。

 と、二重になった本棚の奥へ進むと、見慣れない題名があった。


 ——“影の記録”。

 どこの書店や図書館にも置いていないぼろっちい冊子。


 ——著者 那々糸

 この人って、前になぎが言ってた……。


 飛びつくように、しかし慎重にページを捲った。

「影……」

 引っ付いたページはゆっくり剥がして。


 ——“影”とは即ち“混沌”である。


 混沌……。

 真っ黒な万象……。


 真っ先に想起したのは、影痕。

 次いで浮かんだのはのは白銀の少女、ポーカー。

 純真で穢れなき白。“無”の象徴と言える少女が影痕を裂く姿が頭を巡る。自分が影痕でなくて良かったとつくづく感じる。

 両極端な二つの存在が、この世界には含有されているわけだ。その割には知名度があまりにも低い気もするが。


 紙をめくり、次の項目に目を凝らす。


「“無意識”に……干渉……?」


 さっぱり分からなかった。

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