第2話 恋に触れた日

「すっごいんだよ! お花がキラキラ~って、宝石みたいに光るんだって!」


 腰まで伸びたスノーホワイトの髪に、コバルトブルーの瞳。見慣れているはずの彼女の姿は、今よりもずっと幼く、無邪気だった。

「ねぇルカ、聞いてる?」

「え? ええっと……何だっけ?」

「もうっ、だからこの山のてっぺんなんだってば」

 不服そうに声を荒げ、頬を膨らませる少女。やはりどう見ても幼い頃のコノハにしか見えなくて、ルカは首を捻って考える。

(光る花畑ってことは、もしかして……)

 一つの可能性に辿り着き、ルカは目を瞬かせる。思い出すのはルカの記憶の中に深く刻まれている、あの日の出来事。

 ルカの憶測が正しければ、ここにいるコノハは十歳の頃のはずだ。

「ごめんごめん、わかってるよ。誕生日おめでとう、コノハ」

「……あ、ありがとう。でも、そういうのは頂上に着いてから言ってよね」

「はいはい」

 照れながらもやっぱり不服そうにしているコノハに飽きれつつも、ルカはおもむろにコノハを抱き抱える。

 ──今日はコノハの十歳の誕生日。

 行きたい場所があるのだとコノハに言われ、家族に内緒でここまでやってきた。夜に出歩くだけでも両親に怒られそうなのに、ルカとコノハは無謀な挑戦をしようとしているのだ。

「……じゃあ行くよ、コノハ」

「うん!」

 頷くコノハに、ルカは抱き抱える腕に力を込める。

 十歳の頃のルカは飛行魔法に長けていて、自由に空を駆けるのが一つの趣味だった。そんなルカを見て、「今年の誕生日、良いこと思い付いた!」と言い出したのがコノハだ。

 夜の間だけ光り輝く花畑があるらしい。その話はルカも両親から聞いたことがあった。しかし、夜にあんな高い山を登るのは危険だと止められていたのだ。だからコノハは空を飛べるルカに頼んだという訳――だったのだが。

(あぁ……。やっぱりこれは、無理そうだ……)

 この頃から八年経った今なら余裕だったのかも知れない。でも、まだ十歳の少年には同い年の少女を抱えて空を飛ぶのは無理があった。腕に力を入れようとすると飛行に集中できなくなって、空高く舞おうとすると手が離れそうになってしまう。

「……ルカ?」

 コノハはすぐにルカの異変に気付いてくれた。そりゃうそうだ。いつもだったら楽しそうに空を舞うのに、今はきっと、顔がしかめっ面になっていることだろう。

「大丈夫、だよ。……ほら見て、てっぺんに光が見えるよ」

 暗くて静かな山の頂上には、確かに光り輝く空間が見えた。ルカはコノハの不安を取り除こうと必死になって明るい声を出す。

「……うん……」

 しかし、帰ってきたのは心配そうに瞳を潤ませるコノハの姿だった。今日はコノハの誕生日だというのに、そんな顔をさせてしまったのか。そう思うと、ルカの心は震えを帯びる。きっとこれが、ぷっつりと糸が切れてしまう瞬間だったのだろう。

「あっ」

 という声が出るよりも先に、小さな二つの体が急降下する。抗うすべもなく、ルカとコノハは真っ逆さまに山の中へと落ちていってしまった。


「ルカ、大丈夫……?」

 幸いにも、二人とも腕や足のかすり傷くらいで済んだようだ。恐る恐る起き上がると、まずは自分よりもコノハが無事なことに安堵する。

「大丈夫、だけど。…………ごめん」

「えー、何で謝るの? 私のわがままだし、二人とも無事だったし、良いの良いの!」

 コノハは「ねっ」と愛らしくウインクを放つ。さっきまで泣き出しそうだったのが嘘のように、コノハは元気だった。励ましてくれているのがわかってしまうから、ルカは無性に泣き出したくなってしまう。

「あっ、そうだ! 歌でも歌ってあげるね!」

 時間的にはまだ真夜中ではないはずなのに、山の中は妙に静まり返っていた。覚えたての光魔法で辺りを照らすと、少しだけ心は落ち着いてくる。でも、本当にこの山を抜けられるという保証はなく、ただただ気分は落ち込むばかりだった。

 こんな状況だから、いつも以上にコノハの歌声が好きだと感じるのだろうか。本人的には鼻歌でも歌っている気分なのだろうが、透き通りつつも温かいコノハの旋律はルカの心を優しく包んでいった。

「それ、なんて歌なの?」

「うーん……ルカが元気になーれっていう歌!」

「なんだそりゃ」

 ルカは反射的に渋い顔をする。

 でも、そんなのはただの振りだった。自分が不甲斐ないせいでこんな目に遭っているのに、コノハは笑顔で大好きな歌を歌っている。不安なんて全部吹き飛ばしてくれる程に、歌うコノハの姿は眩しかった。

 ただずっと、コノハの姿を見ていたい。

 この時はまだ、この感情に名前があることを知らなかった。でも、今ならばハッキリと言える。

 これは、ルカが恋に触れた瞬間だったのだと。



 その後、コノハの歌声に気付いてくれた人がいて、なんとか助けられることになる――のだが。

「…………カ、ねぇ……きて」

 その続きを見る前に、ルカは身体をぐわんぐわんに揺すられる衝撃を覚え、目を覚ます。

「ルカ、起きてってば!」


 気のせい、だろうか。

 そう疑いたくなるような光景が、目の前に広がっている。

 ルカを起こしたのは十歳の頃のコノハではない。

 ――十八歳になった現在のコノハ……ディーナ、だった。

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