第348話 オタデブ、容赦なく撃ち払う

 十五階層へと続く通路の入口近く、デュラハンの襲撃から生き残った者たちに特殊部隊の連中が叫んでいる。

 どうやら、『ここが危険なのは分かっただろう、さっさと退避しろ』という内容らしい。


 多数の死傷者があちこちに倒れて、まるで収拾が付かない状態だ。

 僕らが居る場所からは、そうした状況を上から見下ろせるので、倒れている特殊部隊の兵士を狙って、光属性の治癒魔法を飛ばす。


 皇竜からもらったスキルオーブで、光属性魔法を手に入れてから練習を重ねてきた、いわゆる飛ばしヒールだ。

 離れた場所の仲間を癒すだけでなく、アンデッド系の魔物の攻撃にも使える。


 特殊部隊の連中を治療するのは、契約内容に含まれているからだ。

 僕らが無事で居るのに気付いた、特殊部隊を率いるトレバーが叫んだ。


「マスター・サイゾー、市民の治療を頼む!」

「断る、それは契約に入っていない」

「なっ、なんだと……」

「僕が治療を行うのは、作戦に参加している特殊部隊の人間、それと指示に従って救出される人々だ。指示を無視して勝手に行動している人々は、契約の範囲に入っていない」

「彼らを見捨てると言うのか」

「僕らの仲間が行方不明になった時、アメリカは何をしてくれた? 契約に無いからと言って、何もしなかったじゃないか」

「そ、それは……」


 この話は正確ではない。

 正確には、僕が味方の損耗を考えて捜索させなかったのだが、公式にはアメリカが捜索をさせなかったことになっている。


 それに、ざっと見ただけでも、数十人以上の重傷者を治療した場合、どの程度魔力を消費するのか分からない。

 不確定な要素を加えて、自分たちを危険にさらすなど愚の骨頂だ。


「サイゾー、君には人の心は無いのか!」

「そんなものは異世界に捨ててきたよ」


 トレバーは歯ぎしりしながら拳を握りしめていたが、俯いて何やら考え込み始めた。

 そして、部下に指示を出して負傷者を集め始めた。


 どうやらトリアージをやっているようだ。

 そして、集めた負傷者の中でも、見ただけ重傷と思われる十人を選び出した。


「サイゾー、治療をしてくれ」

「僕は指示に従って地上まで連れていく人しか治療しないよ。その人たちは、ちゃんと指示に従ってくれるのかな?」

「従わせる、だから頼む!」


 あまり乗り気にはなれないけど、ここまで言われてしまったら治療しない訳にはいかないだろう。


「木島、ここで警戒していてくれ」

「分かった、任せて」


 治療の最中に襲撃されるのは御免なので、木島たちには見晴らしの良い場所に残ってもらう。


「危ない人を優先する。案内してくれ」


 この状況でも冷静にトリアージを出来るあたりは、さすがに訓練された連中だ。

 スケルトンやデュラハンの武器で傷つけられた傷は、治癒魔法を撃ち消してしまうので治療が難しい。


 そうした点も考慮して、騎馬に踏まれたり、蹴られたり、民衆同士でぶつかったり、圧迫された事による負傷者を選んだようだ。

 最初に案内されたのは、デュラハンの騎馬に腹を踏まれた女性だ。


 ゴボゴボと血を吐いて、今にも死にそうだ。

 こんな状態の負傷者を選ぶあたり、俺の治癒魔法が試されている気がする。


 女性の傍らに立ち、左手を添えて右の手の平を患部に向かって突き出し、大きく深呼吸をしてから治癒魔法を発動させた。


「この者の傷を癒せ、ヒール!」


 別に詠唱なんて必要無いし、ポーズを決める必要も無い。

 わざわざ詠唱やポーズを決めたのは、負傷者たちや特殊部隊の兵士へのアピールだ。


 治癒魔の効果は絶大で、今にも死にそうだった女性は不意に静かになると、ムクッと起き上がって目を見開いた。


「ワッツ?」


 自分に起きたことが信じられないようで、踏まれたお腹をペタペタと触って確かめた後で、僕に視線を向けてきたので厳かに頷き返しておいた。


「オゥ、ジーザス……」


 いいね、狙った通りの反応だ。

 このまま教祖様にでもなってやろうか。


 二人目の負傷者は、足の付け根を踏まれた男性で、骨盤や股関節が潰れているようだ。

 僕が歩み寄っていくと、縋るような視線を向けてきた。


「ヘルプ、プリーズ、ヘルプ、ミー」

「ノー、プロブレム……ヒール!」

「オ、オォォォォ……アン、ビリーバボー!」


 男性は踏まれた所を確かめると、ガバっと起き上がり、手を組んで僕に祈りを捧げ始めた。

 その後も治療を続けるほどに、僕に祈りを捧げる者が増えていった。


 八人目の治療を終えた所で、わざとらしくフラついてみせる。

 実際には、まだまだ魔力には余裕があるのだが、軽々と瀕死の状態から救い続けてしまうと有難みがなくなってしまうからだ。


「マスター、サイゾー、大丈夫ですか?」

「後二人だろう、大丈夫だ。ただし、地上に戻るのは少し遅れるぞ」

「オッケー、休憩の時間は十分に取る」


 そして、全員の治療を終えた所で、がっくりと膝をつき肩で大きく息をしてみせた。


「マスター、サイゾー、アメリカを代表して感謝する。ありがとう」


 トレバーは、僕に向かって深々と頭を下げてみせた。

 治療を断わった時には、親の仇のように睨み付けて呼び捨てにしたくせに、全く現金なものだ。


 治療を終えた後、これで連れて帰る人選も終わって、やっと出発できると思っていたのだが、休息を取り、魔力の回復に努めている振りをしていたら、また揉め始めやがった。

 治療を受けた十人だけを連れて帰るはずが、家族を置いていけない、一緒に連れていって欲しい……などと言い出したのだ。


「マスター、サイゾー、人数を増やす訳にはいかないか?」

「トレバー、人数が変われば襲ってくる魔物の数が変わる。我々今やるべき事は、救助者を連れて戻る事で何が起こるかの検証だ」

「それは分かっているが……」

「ダンジョンに囚われている身とすれば、早く地上に戻りたいと願うのは当然だろうが、その道程が安全でないのは、君らが一番良く分かっているはずだ。計画は変えない、まずは十人、その結果をみて次に救出する人数を決定する」

「分かった」


 そこから更に一時間近く掛かって、ようやく連れて帰る十人が決まった。

 当初の予定よりも、五時間以上ロスしている。


 隊列を組んで十三階層への通路を目指す。

 来る時は、僕らが隊列の中に入っていたが、今はその位置に十人の民間人が入っている。


 そして、僕らは隊列の外側、前方に木島と藤井さん、後方に僕と鹿島さんで、全体を守護する体制を整えた。

 ところが、出発して早々に問題が発生した。


 十五階層への通路に隠れて様子を窺っていた連中が、ゾロゾロと僕らに付いて来たのだ。


「トレバー……トレバー! 後ろの連中を何とかしてくれ!」

「シット! 何なんだ、何度言えば理解するんだ!」

「魔法を使ってでも足止めしてくれ、その間、隊列を進ませた方が良い。ここで襲われるのは不利だ」

「分かった、ベン、一緒に来い!」


 十五階層へ向かう通路の手前は、足場の悪い岩場の狭隘路が続く、今のところ周囲に魔物の反応は無いが、ここでの戦闘は避けたい。

 トレバーとベンを残して、隊列を足場の良くなる平原まで一気に進ませる。


「鹿島さん、僕はここで二人を支援する。何かあったら、すぐに声を上げてくれ」

「分かった……でも、あんな連中、やっちゃった方が良くない?」

「まぁ、そうなんだけどね、一応儲けの材料でもあるからね」


 僕が残ったのは、二人の魔力には限りがあるからだ。

 たとえ威嚇射撃でも、繰り返しているうちに魔力が切れる恐れがある。


 魔力が切れたら、群衆に押し切られてしまうだろう。

 トレバーとベンは、威嚇に魔法を使って追い掛けて来ようとする連中を追い払おうとしているが、本気で撃たれたりはしないと思っているのか、説得に応じようとしない。


 それどころか、後ろにいる連中が怒号を上げて、前進しようとする圧力を強め始めた。

 そのうちに、狭隘路から外れた岩場を通って追い抜こうと試みる者まで出てきて、とうとう恐れていた魔力切れが起こった。


 立て続けに魔法を放ったベンが、がっくりとその場に膝をついた。

 それを見た後ろから付いてきた連中が勢い良く走り始めた。


 その目前に、直径五メートルを超える火球を撃ち込んでやった。

 勢い余って火球に突っ込み、火達磨になった数人が狭隘路から転落していった。

 更にもう一発、今度は列の先頭にぶつけてやった。


 まだ十五階層にはウジャウジャ人が居るのだから、ちょっと削ったところで問題ないだろう。

 列が止まったところで、トレバーとベンに回復魔法を掛けた。


「トレバー、奴らに引き返さないなら、本気で攻撃すると伝えろ!」


 そう言った後に、頭上に十個以上の火球を浮かべて、何時でも攻撃できると思わせた。

 トレバーは、大声で戻るように呼び掛けたが、返って来たのは投石だった。


 攻撃してくるなら、もう相手は敵だ。

 準備しておいた火球を列の先頭、中ほど、後方へとバラ撒いてやる。


「ストップ! もう止めてくれ、サイゾー!」


 用意しておいた火球の半分を撃ち込んだところで、トレバーが大慌てで止めに来た。


「やり過ぎだ、サイゾー」

「何を言ってる、あの人数が追ってきたら、スケルトンの大群が襲ってくるかもしれないんだぞ。そんな事で民間人を守りながら地上まで戻れるのか」

「だからと言って、その民間人を攻撃したら意味が無いだろう」

「僕らを危険に晒す奴らは、誰であろうと敵だ。指示に従わない民間人なんて、障害物としか思っていないからな」


 逃げ出さず、その場に留まろうとしている連中に対して、残っていた火球を撃ち込んで威嚇して追い払った。

 まったく、こんな調子では救出作戦が終わる日なんて来ないんじゃないのか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る