バッド・イヤーエンド
バッド・イヤーエンド①
わが愛車、ダイハツ・エレカの窓の向こう、宵の口の街はきらびやかなイルミネーションに彩られていた。寒風をものともせず、大勢の老若男女が楽しげに街路をそぞろ歩き、どこの店もずいぶん盛況なようだった。
しかし、わたしはそれほど楽しい気分にはならなかった。
それもそうだろう。年末を迎えるにあたり、とりあえず必要な買い出しをして、方々で滞らせている支払いをして回ると、カネなんかあっという間になくなってしまうのだ。ここ数年、年の瀬になるといつもこうなり、憂鬱になる。度重なるクソトラブル案件のせいで、クソみたいに出費がかさむから、こういうことになるのだ。福の神に見放されて久しい。
重いため息をつきながら、わたしは目についたコンビニの駐車場にエレカを停めた。自分の晩飯を買うのだ。それに、留守番しているグエンから、肉まんを買ってきてくれるように頼まれている。伝票の整理など、細々した仕事を彼女に手伝わせた代価の一部だ。
「いらっしゃいませ」
やけに軽やかな電子音声と、間の抜けたチャイムに出迎えられて店内に入る。店員はいない。オートストアというやつだ。強盗対策で、最近導入が進んでいる。会計はセルフレジで、クレジットカードか電子決済にしか対応してない。
店内はそこそこ混んでいた。スピーカーから流れるJポップの音色はひたすら明るく、店内に貼られたELディスプレイに踊る広告は色鮮やかで賑やかだ。どいつもこいつも楽しそうで結構なことだね、と皮肉っぽく思ったが、わたしも現金なもので、そういう楽しい雰囲気に当てられると、ついつい余計なものを買ってしまう。夜食と肉まんだけ、と思っていたら、あれやこれやと買い物かごの中に放り込んでしまっていた。
「これだから金がたまらねえんだよな」
ぼそりとひとりごちる。まあ、しかし、今日くらいはいいだろう、と自分に言い聞かせた。いつもやってるわけじゃないんだから。
そうだ、ついでならスナック菓子でも買おうか、とわたしは思った。ポテチでも買ってやったら、グエンは喜ぶだろう。何のかんのいっても、あの年頃の子はポテチが好きなはずである。わたしもそうだったからな。というわけで、わたしはスナック菓子の棚に向かった。
「ん?」
スナック菓子の棚の前に、バックパックを背負った小柄な男が一人立っていた。屋内にも関わらず、グレーのウインドブレーカーのフードを目深にかぶり、背中を丸め、顔をうつむけていた。両手をウインドブレーカーのポケットの中に突っ込み、買い物かごも持っておらず、菓子を買おうという気配もない。ただその場に立ちすくんでいる感じだった。
そいつはちょうど、ポテチの置いてある棚の前に立っていた。間の悪いことだ。
「すみませんが」わたしはその男に声をかけた。「ちょっとどいていただけませんか。ポテチ買いたいんで」
男は顔を上げ、わたしの方を見た。マスクで顔は半分隠れていたが、目元を見る限り若い。その、わたしを見つめる黒い瞳の奥に、明らかな怯えがちらつくのをわたしは見た。
「すみませんねえ」
わたしは、とぼけた顔つきのじゃがいものゆるキャラが目印の、うすしお味とコンソメ味のポテチの袋をつかんで、買い物かごに入れようとした。
そのときだった。
「いらっしゃいませ」
電子音声とともに、荒っぽい足音を立てて、誰かが店内に踏み込んできた。
わたしはちらっとそちらに視線を向けた。黒いジャンパーを着た、いかにも剣呑な顔つきの若い男が、ぎょろぎょろ店内を見回している。わたし以外の客は身をこわばらせていた。まあ、当然だろう。先日も近所で強盗があったばかりだものな。
しかし、わたしには、そいつは強盗には見えなかった。仕事柄、そういう連中を見分ける目はある程度養っている。あいつは誰かを追いかけている最中なのだ。年末にはよく見る手合い。たいていは借金取りだ。大方、債務者と追いかけっこをしていて、ここらで見失ったんだろう。ドジなやつだ。
そのとき、目の前の若い男が、ぶるぶる身を震わせているのにわたしは気づいた。存外に怖がりらしい。わたしは彼に声をかけた。
「よう、大丈夫かい」
彼はもう一度わたしの方を見た。
「……なんすか」
声は思ったより低かった。妙にくたびれ、すりきれたような感じがあった。
追われているやつは、たいていこんな感じの声になる。
まさかな。
内心は顔に出さず、わたしはにやっと笑った。
「何でもないって顔してな。びびってると気取られるぜ」
何言ってんだこいつ、と言わんばかりに、彼が目を見開いたときだった。
「おい!」
声がした。すぐ近くだ。
声のした方をわたしは見た。先ほどのチンピラが、いつのまにかこちらの方に回り込んでいたのだ。そいつは、小柄な男を指差していた。
「てめえ! こんなところにいやがったのか。もう逃げられねえぞ!」
おやおや、なんとまあ。予感が当たっちまったぞ。
わたしは小柄な男の方を見た。
彼の震えはいつの間にか収まっていた。
危険な気配があった。
チンピラが肩を怒らせて近づいてくる。
小柄な男がウインドブレーカーのポケットから片手を抜いた。
その手に、黒っぽくずんぐりした、小さなものが握られていた。
銃。
彼はそいつをチンピラに躊躇なく向け、引き金を引いた。
破裂音。
プライベートブランドの菓子の棚に並べられていたマカロンのパッケージが弾け飛び、色とりどりの破片がパッと飛び散った。
わっ、とチンピラが叫び、その場に尻餅をつく。
全てが凍りつく。
永遠とも思える一瞬。
「来るなあ!」
ウインドブレーカーの男はわめいた。
それから、銃を天井に向け、ぶっぱなした。
店内の空気が揺らぎ、埃が降ってきた。
それが合図となった。
絶叫。悲鳴。怒号。
狂乱した客たちの暴走がはじまった。
ウインドブレーカーの男は一目散に駆け出した。
「おい!」
わたしはやつの背中に声をかけた。意味のある行為ではない。つい声が出たのだ。
やつは振り返ることなく、一目散に逃げていった。
次の瞬間、わたしは突き飛ばされて転がった。あっという間もない。買い物かごが手元から吹っ飛び、床に転がる。中から品物が転げ出た。
悲鳴を上げて逃げ惑う客たちが、それらの品物をめちゃくちゃに踏みにじった。
畜生。
わたしは舌打ちし、ゆっくり立ち上がると、店の外に出ようとした。
そのときだ。
背後で声がした。
「てめえ!」
わたしは振り向いた。
先ほどのチンピラだった。その手には銃がにぎられていた。奇妙な形状だった。リボルバーから銃身を取り去ったような感じだ。これまで見たこともない形の銃だった。
その、奇妙な銃をわたしに向けながら、チンピラはわめいた。
「てめえ、あいつと何の関係だ?! なんか話してただろ! 顔貸せや! 聞きてえことがあるからよ」
わめきちらすニキビ面をわたしは見つめた。
それから、素早くやつに接近すると、ピストルを持つ手に強烈なチョップを叩きつけた。
ピストルが落ちた。
わたしはそれを蹴飛ばして遠くへやった。
それから、膝蹴りをやつの股間に叩き込んだ。
柔らかいものが無惨に潰れる感触があった。
チンピラは口をOの字に開き、白目を剥き、泡を吹いてその場に崩れ落ちた。
わたしはやつに馬乗りになり、さらに10発ほど顔を殴って完全に無力化した。それからピストルのところに行き、それを取り上げた。
見れば見るほど奇妙な銃だった。グリップばかりが大きい。トリガーガードはなく、トリガーはまるでチャッカマンのそれのように見える。全体に積層痕。ということは、こいつは3Dプリンターで作られたのだ。つまり、手製銃ということになる。
ふむふむ、こいつはちょっと興味深いぞ。
そう思っていたら、でかい怒鳴り声が聞こえた。
「手を上げろ! 警察だ!」
「緊急対応チームだ!」
目を怒らせた完全装備の武装警官たちと、同じくらい殺気だった武装警備員たちが、暴徒鎮圧用の
なんなんだよ。
わたしはピストルを置き、両手を高くあげた。
クソみたいな年の瀬だ。
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