第2話 お嬢様は愛情を婚約者に伝えたい
突然だけど、私には宗孝様という婚約者がいる。
私が宗孝様に初めて出会ったのは私が小学1年生の時だっただろうか。
始めて行った社交界で、場になじめず端の方でじっとしていた私に宗孝様は優しく声をかけてくれた。
「退屈かい?」
私がうなずくと宗孝様が言った。
「じゃあ僕と一緒に抜け出そう。」
私はそんな宗孝様の様子を見て王子様って本当に居るんだってびっくりした。
それからしばらくして両親から宗孝様との婚約を告げられた。
私の家も名家だけれども宗孝様の家はその比ではない。
下らないプライドばかり高い私の両親は私の婚約を凄く喜んでいた。
天邪鬼でお転婆な私は、親に決められた婚約者というものに強く反発していたのだけれども、相手は大好きな宗孝様なのだから文句をいうはずはなかった。
それからというもの、私はどこに行くにも宗孝様について行った。
宗孝様もそんな私に優しく接してくれた。
勝手な想像かもしれないが宗孝様は私を羽賀家の娘としてではなく一人の人間として接してくれている感じがする。
だから私も宗孝様の前では素の自分でいることができる。
宗孝様も私の前では気の抜けた様子を見せてくれることが増えてきて、私はそれがたまらなく嬉しかった。
私の人生の唯一の支えであるといって良い。
しかし、両親は私の淑女らしからぬ態度が宗孝様に嫌われることを恐れて私を宗孝様から引き離した。
私はしばらく泣き続けたけれども、宗孝様に再び会うために淑女となるための特訓を続けた。
そして高校生になった今。
宗孝様と再会することのできた私は、毎朝、宗孝様の家の前で宗孝様を待っている。
本当は少し眠いけれども少しでも宗孝様に会える時間が増えると思えば苦にはならない。
見た目も気を使っているし大丈夫なはずだ。
本当はもう少し、身長があると良いのだけれど。
私がそんなことを考えていると宗孝様が家から出てきた。
「おはようございます。」
「待たせたみたいでごめんね。中に入っていれば良かったのに」
「いいえ。玄関のチャイムの音で宗孝様を起こしてしまっては、大変ですから。」
嘘です。
本当は寝起きの宗孝様は今の私にはまだ刺激が強すぎるのです。
「そんなの気にしなくて良いのに」
そう言う宗孝様の様子を見ていると今日も来てよかったなと思う。
「いつも歩かせちゃってごめんね。僕と再会する前はずっと車で登校していたんでしょ」
「いえ。お気になさらないでください。宗孝様がお車が嫌いなのは存じておりますから。」
そこで、宗孝様と私の会話は途切れる。
私は半歩後ろを歩き、静かに宗孝様のあとをついていく。
本当はもっとお話ししたいけど、宗孝様には淑女と思われたいしな。
恋愛って本当に難しい。
「宗孝様。本日のお昼をお持ちいたしました。」
昼休みになると私はいつもお弁当を持って宗孝様の教室に行く。
周りに、婚約者であることを示しているようで少しだけ優越感を感じる。
そこから宗孝様と私は食堂に向かい、そこで二人でお弁当を食べるのがいつもの習慣になっている。
お弁当は私の家の使用人が作ってくれているもので、ちゃんとその日の栄養を考えて、作られている。
あんまり美味しくはないけど宗孝様のためだから仕方がない。
将来結婚したら、私が宗孝様のために料理を作ってあげたいと思って練習しているが、まだあまり成果は出ないでいる。
宗孝様はさっきから卵焼きを食べているようだけど、卵焼きが好きなのだろうか。
そんなことを考えていると宗孝様が突然私に言った。
「本当に綺麗に食べるね。」
そういうことをサラッと言えてしまうのは本当にずるい。
もっとも照れているのがばれるのは恥ずかしいので冷静な様子で言った。
「はい。練習いたしましたから。」
「どんな練習をしたの?」
「一通りのマナーは習いました。宗孝様の婚約者として恥ずかしくないようにするためです。」
会話が終わっても私はまだドキドキしていた。
私は欲張りだから宗孝様に分かって欲しいのだ。
私はどんな努力も宗孝様のためなら苦にならないということを。
放課後、私は必ず校門の前で僕を待っている。
宗孝様はいつも通り校門の前で待っている私に言った。
「いつも悪いね。」
「当然です。私は宗孝様の婚約者ですから。」
「部活動とかってやらないの?体の悪い僕と違って、君はスポーツが得意じゃなかったっけ?」
私は宗孝様の言葉が少し嫌だった。
なんだか少し自分を卑下するような言葉に聞こえたからだ。
だから私ははっきりといった。
「興味ありません」
そうしたら宗孝様はそこからしゃべらなくなってしまった。
恋愛は本当に難しい。
それに私たちは婚約者だ。
婚約者であることがかえって私の気持ちを伝えることの邪魔をしてしまうのだ。
少し話は変わるが私はうどんが大好きだ。
特に、七味唐辛子を大量にかけるのを好む。
もっとも宗孝様にばれて変な女だと思われるのは嫌なのでこっそり食べている。
私がうどんを食べているとクラスメートの山名が私に話しかけてきた。
「おい。羽賀。またうどん食ってんのかよ。本当好きだな。」
「別に良いでしょ。放っておいてよ」
「まあ。そう言うなよ。しかし、あれだよな。そんなに好きなら昼に食べればいいじゃねえか」
「そういう訳には行かないのよ。お弁当があるし、第一、宗孝様の前で七味一杯にかける訳にはいかないでしょ。婚約者として恥ずかしい真似はできないんだから」
私は内心、うどんを食べているところを見られたのが宗孝様でなくて良かったと強く思った。
しかし、そんな私の思いが誤った形で神様に伝わってしまったのか、突然私の前に宗孝様が現れた。
「あれ。奇遇だね。こんな時間に食堂でどうしたの?」
私は、とっさに、うどんのプレートを右に置いて言った。
「少し、人を待っておりました。」
「食堂で?」
「はい。何も頼まないのは申し訳ないとは思ったのですけど、おなかが減っていなかったもので。食堂の食事はあまり口に合いませんし」
すみません。
見栄をはりました。
ですが少しでも宗孝様によく思われたいのです。
すると宗孝様が言った。
「その横にあるうどんは何かな?」
「さあ。多分隣の人が置いて言ったんだと思います。まったくマナーがなっていませんね」
「そうなんだ。どうする?たまには今日のお昼は、食堂で何か買ってみる?」
それはまずい。
今日のお弁当の玉子焼きは私が作ったのだ。
絶対に食べてもらわなければ困る。
「そういう訳には参りません。お弁当もありますし、食堂のメニューには何が入っているかがわかりませんから。宗孝様の体に万が一があったら大変です。」
すると宗孝様は怒った様子でそのまま食堂を出てしまった。
「宗孝様。どうされたのですか?」
私は急いで宗孝様の後をついて行った。
もしかして今の私は凄く嫌味な婚約者ではなかっただろうか。
おかしい。
こんなはずじゃないのに。
私は婚約者だからではなく、宗孝様だからこそこんなに頑張っているのに。
その日の放課後、私は山名に呼び出されていた。
「それで。話って何?早くしないと宗孝様が来ちゃうじゃない?」
「なあ。羽賀いつまで、あいつの婚約者をやる気なんだ?」
「どういう意味?結婚するまでは婚約者でしょ」
結婚したら夫婦になるけど。
「自分の力で生きようとは思わないのかよ」
「自分の力で?私は婚約者としてできる限りのことはやっているわ。」
彼女の言葉に同級生は感極まったのか、大きな声で言った。
「見てられねえんだよ。そんなに自分を殺して生きることに意味なんてあるのかよ?」
私が自分を殺している?
そうなのだろうか。
宗孝様にも私の様子はそう見えてしまっているのだろうか。
「いいか。俺はお前が好きだ。お前の良いところもいっぱい知っている。だけど、あいつの前にいるお前は見てられねえよ。まるで人形みたいだ。親の決めた道に従って、好きでもない家柄だけの人間に一生尽くして生きていく。そんなのおかしいだろ。もっと自分の意思を持って生きろよ。」
それは違う。
確かに私は人形かもしれない。
両親の望むままに生きてきたし、もしかしたらこれからもそうだ。
でも宗孝様に関することだけは違う。
私は自分の意思で宗孝様のことを好きになったし、宗孝様もそんな私を好きになってくれたはずだ。
だから私は言った。
「言いたいことは分かったわ。」
「それじゃあ」
「でも一点だけ。謝ってもらえる?」
「…」
「宗孝様は家柄だけの人間じゃないわ。誰にでも優しくて、まじめで、きさくで、色々な物事を知っているし、私のことも凄く大切にしてくれる。そんな素敵な人なの」
「まさかお前、あいつのことが本当に好きなのか?」
私はそこで外で宗孝様が聞いていることに気づいた。
そして宗孝様が教室に入ってこないことに強い不満を抱いた。
なぜ止めに入らないのだろう。
宗孝様は私が他の男にとられても良いっていうのだろうか。
宗孝様がそういう態度ならこっちも覚悟を決めるべきだ。
婚約者にこだわっている場合じゃない。
思いのたけを全て話してしまおう。
「当然でしょ。大好きよ。ずっと前からね。でもあまりに好きすぎてもうどうしたら良いかわからないの。いつも思うわ。もっと楽しい話が出来たら、もっと色々な出来事を共有できたら、素直にこの気持ちを伝えられたらどれだけ良いかって。でも駄目なの。面と向かって話すと頭が真っ白になって、つい婚約者であることにすがってしまうの。婚約者であればもっと一緒にいられるとか、婚約者であればこうすべきとかそういうことばかり考えちゃう。
ずっと宗孝様に見合った婚約者になることだけを考えて生きてきたせいかもしれないわね」
「そうなのか」
「うん。だからごめんね。あなたが心配してくれたのはうれしいけど、あなたの気持ちには答えられないや。私が好きなのは多分一生あの人だけだから」
そういうと私は教室を飛び出した。
そして、すぐ外にいた宗孝様と目が合った。
「宗孝様。まさか聞かれていたのですか?」
私はあえて宗孝様にそう言った。
宗孝様から先ほどの私の思いに対する答えを聞かなくてはならないからだ。
すると宗孝様は言葉で返事をする代わりに私のことを抱きしめた。
私は少しは驚いたが宗孝様の気持ちが感じられたから、もう一度私の思いを伝えた。
「私の気持ちは嘘ではありませんから」
「優衣。君の気持はよく分かったよ。僕のために一生懸命、婚約者として頑張ってくれていることも分かった。でもさあ。僕は欲張りだから、普段の君も僕の物にしたい。そう思ってしまうんだ。駄目かな?」
答えは決まっている。
私は昔からこの人の言うことには逆らえないのである。
私は答えを伝えるようにぎゅっと宗孝様の体を抱きしめ返したのだった。
お嬢様の愛情が大きすぎて婚約者には伝わらない。 榊優 @01280218
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