フードの奥側、孕んだそれは……

 竹で作られた防壁の外で、何かが弾け、何かが破裂する。

 その度に振動が防壁に伝わり、外の激しい状況を物語っていた。


 望月は好奇心に負けて、そっと竹の隙間を覗く。


「くっ!」


「ヒホホ! おいおいこっちだぜ」


「ヨホホ! オレっちはここにもいるぜ」


「おいおい、オレチャンの花火も見ていけよ、ヨホ!」


 竹の幹や茎が異常に膨れ上がると共に、カボチャの顔が現れ、爆散して消える。辺りに竹の破片を吹き飛ばしながらジャックが他の竹に憑依する。

 いや、憑依するというより、増えている。


 竹林に淡いオレンジ色がいくつも灯り、狼少年の近くにあった竹が盛大な破裂音を奏でて飛び散るのだ。

 狼の牙さえ通らなかった竹の強度は、ジャックが内側で燃焼でもしてるのか、空気が膨張して一気に炸裂しているように見える。


 爆竹の林、夜に見る悪夢。


 何にしてもゾッとする光景だ。


「ぐはっ!」


 少年の悲鳴が上がったと同時に爆発が止んだ。


「倒したんですか」


「ヒホ! いや、まだ余裕ある感じだな。でもチャンスだぜ」


「ええ」


 織姫が手をそっと下ろすと、防壁としての役割を果たしていた竹が無くなる。


「望月君、早く春野さんの元に行きなさい」


「オレチャン達があいつを見張ってるから、さっさと行け」


 織姫がそっと望月の背を押し、竹と融合したカボチャがせせら笑う。

 望月は、2人の意思に答えるよう走り出した。


 収納ケースの取手に手をかけ、勢いよく引っ張りだす。

 中には、手を後ろに縛られ丸まって眠っている制服姿の春野がいた。


「春野さん! 良かった、本当にいたんだ」


 無傷な春野を見て望月はホッと胸を撫で下ろし、春野を起こそうと手を伸ばした。時だった。


「あ~あ、あんな手があったなんてな。もう少し警戒すれば良かったよ」


 狼少年の声。


 望月は素早く春野を背に正面に向き合った。

 だが、狼少年はいない。


「……高岩さん?」


 いたのは、何故か狼少年と同じ服装をした高岩 晶。その場で頭を揺すって辺りを見回していた。

 あれ、なんでここに。でも良かった。高岩さんも無事で。


 織姫が望月を止めなければ、そう言っていただろう。


「望月君! 近付いちゃだめ!」


「え……?」


 銃が、こちらに向けられていた。


「あ~あ、人質まで確保されちゃったか、それに、あいつも拘束されて使えない、とすると、最後の切り札を……って、あれ? あれ?」


 高岩が何度も頭を手のひらでなぞって確認する。あるものがないことを気にするかのように。そして、その仕草は高岩が常に付けている杏子のヘアピンを撫でることで止まった。


 高岩の顔が、歪な笑顔を形成する。


「もしかして、俺の顔見えてる? やっほー! 望月君、アタシだよ、高岩 晶! クックック」


 やめろ、その手で高岩さんの顔を触るな、その声で話しかけるな、その眼で、俺を見るなア!


 弾かれるように飛んだ望月は、一瞬にして狼少年との間合いを詰め、胸ぐらを掴んで床に組み敷いた。


 対する狼少年は、「望月君女の子に暴力振るうのは悪いことだよ」と、まるで外野にいるような台詞を吐くのみ。


「高岩さんに何をした! なんで高岩さんと同じ顔をしてるんだ!」


「おいおい、もしかしてまだ信じてないの? 笑いを通り越して呆れるんだけど。分かった、君に真実を教えてあげる」


 狼少年は怪しく笑うと、「交換日記」と囁いた。


 止めろ。


「君に苦手な科目を聞いたでしょ。君は数学と英語が苦手だって答えたよね」

「転校生としてやってきた翌日、君と松の木の下で交換日記を渡した」

「君と遊びにも行ったよね、その間、使えないあいつに俺のふりをしてもらおうとしたけど、だめだったな」


「止めてくれぇッッッツ!」


 信じたくないんだ。信じたくないのに、なんでこいつは知ってるんだ。


「どうした望月君、もうギブアップかい」


「黙れ! 黙らないと、その腕を切り落とす!」


 胸が痛い。


「切り落とす……、ところで、君の大切なウェンディはどこにいるんだい」


「お前がさっきまで捕まえてただろ、この醜い海賊めッ!」


 胸の奥がざわついて、何をしてるのか分からない。


「ねぇ、最後に聞かせてくれよ、君の名前は?」


 織姫が走り出した。手を伸ばして、誰かの名前を叫びながら。


「俺は、『ピーターパン』、お前を! 沈める者だッ!」


「ククッ……アハッ、アッハハハ!」


「望月君!」


 首に腕が回され、どこか甘く、優しい香りが垂れる髪からした。


「あなたはピーターパンじゃない、望月 友也よ! 思い出して」


「俺は……、俺は!」


 織姫の言葉で意識が戻ったのか、狼少年の胸ぐらから離した手を頭に添えて、強く抑え込むように息を荒らげていた。


「後ちょっとか……。ねぇ望月君。あの時の花言葉にもう一つ花言葉があるの、知ってた」


 低い陰湿な声が、いつしか暖かい陽気な声質に変化する。

 織姫は即座に竹を1本生やして折り、それを手に戦うが、声は防げない。


「最初の金魚草はね、『上品』の他に『でしゃばり』って意味があるんだ。ほら、翌日学校が派手に落書きされてたでしょう」


 嘘だ。


「くっ!」


「後、2回目の四つ葉のクローバー。あれは『幸運』って意味だけど、他には『復讐』って意味があるんだ。知ってた。だから、君を常に鬱陶しそうに見てたあの男子生徒に嘘を吹き込んだ」


 嘘だ。


「くっ、強くなってる」


 織姫の前に現れた狼2匹は、今までと比べて身体が大きく、牙もより発達してるのか、頑丈であるはずの竹を容易に噛み砕いた。


「そして、これ」


 高岩が、付けているヘアピンを指さして、言う。


「杏子はね。『臆病な恋』って意味があるんだ。アタシ、望月君の事、ずっと気になってから、そう、あの日から……」


 狼の突進で織姫が突き飛ばされ、望月を巻き込む。望月はその場から起き上がるでもなく、ただ呆然と高岩を見た。


 高岩の、狼のように裂けるような笑みを見ながら。


「あの日、君がたまたま物語ストーリーを使って浮かんでいたあの日から! 杏子のもう一つの花言葉は『疑惑』! 親切にヒントをやってたのに、本当にバカだよな! クックック、アッハハハ!!」


 狼が1匹、2匹、3匹、4匹、無限に闇から這い出てきた。


「バイバイ、ピーターパン! そのまま沈みな」


 狼が一斉に飛びかかった。


 すぐさま織姫が竹を展開して防壁を作るが簡単に噛み千切られる。


『お嬢すまねぇ! 10分経っちまった。これ以上そっちで加勢できねぇ!』


 織姫の指輪からカボチャが謝罪する声。


 ついに、狼の大群が竹林を薙ぎ倒して織姫達の側に現れた。


「望月君は、私が守るッ!」


 刹那、望月の目の前、織姫の背にページの端が踊っていた、何となくそれをめくり、口にする。


「ピーター、パン」


「!?」


 狼達が、地へと伏した。織姫も、高岩も、望月以外の全てが大地に縫い留められた。


「重いッ」


「アッハハハ。ピーターパンの話が捻れて重力を重くしたか!」


 もう、何も聞こえない。


 ただ、沈む音と、暗くなる世界しか見えなかった。


 俺は今、どこにいるんだ……。


 大きな泡が、空に昇っていった。

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