第863話‐2 彼女は新型二輪馬車を手配する


「それではな副伯。また後日。ヴォルトのことよろしく頼む」

「承知しました」


 公爵城館の正面で二輪馬車に乗るところをモラン公は見送る。ヴォルトはいち早く騎乗で帰隊している。


「公爵閣下。もしよろしければですが」


 彼女は高齢のモラン公の足元が少し不確かであることを目にして、とある提案をすることにした。


 魔装二輪馬車をモラン公専用に一台進呈しようというものだ。馬上は寒く、また体力を消耗する。暖かい毛皮の外套を着こんでも背中は寒いのだ。先代神国国王であり元皇帝も晩年は馬に乗ることができないほど体を痛めており、軍を率いる際は『輿』に乗って移動したと聞く。


 四輪の箱馬車では小回りが利かず、また、モラン公の指揮する姿が周囲から見えにくいし、戦場を見る視界も妨げられる。。また、馬車の中から指揮するというのも兵士たちからすればあまり好ましいとも思えない。


「二輪馬車か」

「二頭立てにして、背後の台に護衛の騎士が二人のられるようにしましょう。

銃座もつけて」

「それは安心だな。逃げる必要はないだろうが、馬が怪我をする事もありえる。一頭では心もとないからな」


 モラン公と馭者、そして騎士が二名乗る二頭立て魔装二輪馬車。老土夫に頼めば早々に仕立ててくれるだろう。手が不足するならガルムも使って良いから。


 魔装馬車の側板は魔装網で保護されているので、狙撃に対しても馬上より明らかに安全と考えられる。前面にも魔装網を被せれば、ちょっとしたシースルーな防護にもなる。魔力は相当消費するが。馭者を護衛の騎士が担い、三人でローテーションするのが良いかもしれない。





 明日は早々に『新兵近衛軽騎兵』がリリアルにやってくるので、受け入れのための準備を学院に戻ると早々に始めることになる。


 彼女は伯姪に明日以降の、近衛連隊の軽騎兵が二十人ほど学院にやってくることを告げた。連隊の駐屯地は遠いので騎士学校の寮から通いなのだが。


「近衛連隊の軽騎兵ねぇ」


 近衛騎士には思うところのある二人だが、『近衛連隊』特に、第一連隊はミアン防衛戦の救援に王太子とともにやってきた部隊なので悪い印象がない。もしかすると、ミアンで戦った経験のある隊員もいるかもしれない。


「警戒や索敵を担う役割もあるのに、『魔力走査』の扱えないなんて問題だと思うわ」

「それはそうだけど、魔力が保てないんじゃない?」

 

 伯姪の指摘はその通りと言える。貴族出身の騎士は「俺身体強化で魔力使うから」といったアイデンティティに基づく発想で、戦闘以外での魔力を使う事を忌避する傾向がある。これは、貴族出身の魔術師も同様であり、例えば野営の際に火種の『小火球』を出すことも厭う傾向がある。大体は下っ端の魔術師がその仕事を押付けられるし、何なら、下働き用に平民に近い身分の者を採用していたりする。


 なお、その下働きの魔術師の能力が自分たちを脅かす可能性があると分かると、追い出されてしまう。元下働きは冒険者になる事が多く、その先は下級貴族子弟の家庭教師や商会の専属護衛などとなる。


「若い方から二十人とお願いしたから、問題は多少少なくなると思うのよ」

「それは正解ね。軽騎兵のベテランとか、一家言ありそうで面倒だもの」


 今まで通りの捜索・索敵を否定しているわけではない。複数の方法で索敵する方が漏れや誤認も少なくなるのだから、重複して運用、あるいは時と場合によって使い分けることになる。


 例えば、夜間や雨天などで視界からの情報が得られにくい場合、魔力走査は有効な手段であるし、夜間は常時発動ではなく、時間を空けて放つだけでも十分な効果がある。敵の接近にいち早く気がつければよいので、移動中のように常時行う必要は低いからだ。


 反対に、『魔力走査』は魔力を持たない対象には効果が無い。従来の視力・聴力・観察力でなければ発見できないものもある。設置された罠のようなものの多くは魔力走査では発見できない。


「傷病兵となったものの中で、『魔力走査』に長けている人なら、警戒や索敵任務には就けるかもしれないでしょうし。今まで第一線を離れていた人や退役されていた人も、任務復帰できるかもしれないしね」


 戦傷で手足が不自由になり戦闘力を失った騎士でも、『魔力走査』に長けて騎乗できれば、索敵役としては活動できる。過去の騎士としての経験も生かせ、魔力持ちを戦闘以外の戦力として活用することができる。その辺りは王太子殿下やモラン公に提案しても良いだろう。今の場合、連隊の事務方か駐屯地の門衛程度しか仕事がなく、俸給も騎兵時代より相当下がっていると思われる。名誉や勲章で飯は食えない。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 モラン公の乗る二輪馬車の作成。最終的な艤装は専門の馬車職人が行うとして、魔装馬車の基本構造の作成は老土夫の工房で行われる。


 老公爵が戦場で使用する二頭立ての二輪馬車。彼女や王妃様が乗りまわす一頭立てよりも当然幅が広くなる。その分、前後も大きめにし、座り心地等も改善できるようにすることを検討する。


「『魔鰐』の腱を使って、架台の上に吊り乗せるようにすると、地面のでこぼこの影響を客室は受けにくくなるだろうな。魔力を通す事で、地面から少し浮くとはいえ、揺れないわけではないのだから工夫する意義はある」

「なるほど」


 魔装馬車も魔装兎馬車も、魔力を通す事で車体が地面からわずかに浮き上がり、そのお陰で牽引する駄獣がさほど力を使わずに牽けるため、速度がだせ乗り心地も並の馬車よりは良いということになる。とはいえ、爆走時は馬車自体は跳ね回るので、身体強化をして態勢を維持する必要がある。


 二輪馬車は車体と車軸受けが一体なのが普通だが、今回は軸受けのある車体部分の上に柱を四隅に建てクロスするように『魔鰐』の腱を用いた帯を張ってその上に客室を乗せる構造にする。ハンモックのように車体に客室を吊り下げて衝撃を和らげる工夫となる。


「ずっと揺れているのではないでしょうか」

「魔力の入り切りで静止できるようにする」


 動き始めると、その反動で揺れ続けることもあるのだが、魔力を通すと帯が動かなくなり揺れが収まるということのようだ。『魔鰐』の腱は自己修復能力もあるため、他の素材より耐久性に優れているのだとか。魔力が必要なのだが。


「後部の警戒用の台は、鎧を装備した騎士が乗れ、槍と銃の置台もつけて頂けますか」

「ああ。その辺は余裕のある車台だから十分可能だ。馬の鞍ほどではないが腰を置ける場所と、雨具や防寒具を収納できる場所、架台の下には斧や縄などを収納するような道具箱を配置しておこう」


 何日も遠征するような荷馬車には、斧や縄のような野営に役立つ道具やランプとそれを掛けるフックなども用意されている。二輪馬車は軽装馬車であり、街中や近郊を素早く移動する馬車であるから道具箱を付けたりはしない。戦場に出す馬車と言う事もあり、そうした配慮もすることになる。


「この馬車な」

「はい」

「水魔馬に牽かせれば、水上も走らせられるように改造することも出来そうだ」

「……なるほど。今回は必要ありません」

「……そうだな。だが今後は……」

「必要ありません」


 灰目藍髪の愛馬である水魔馬。本人が二輪馬車を使う事は考え難いので、乗せるのは護衛対象の彼女であろうか。仮にもし、そのような面白魔導具が王宮に知られれば、強請集る人物に何人か思い当たる。絶対に乗らないようしなければと彼女は強く確信する。


「できるだけ早くお願いしたいのですが」

「そうだな。ガルムにも手伝わせるので、五日ほどか。艤装は凝らなければもう五日。細かな意匠は公爵家のお抱え職人に任せなければ面子の問題になろうから、その先は相手次第だな」


 老土夫の答えに彼女は「よろしくお願いします」と答え工房を後にする。彼女の知らない間に工房でも仕事を頼まれるようになっていたガルム。この先、いろいろな雑用を頼まれる事だろうが、騎士として身を立てることができずとも、リリアル領で便利屋さんとして生きていく目途も立ちそうである。


「寝る暇もなく働いてもいいから、ある意味得よね」

『いや、悲惨だろ。寝る間もないほどこき使われる未来しか見えねぇぞ』


 人間、寝ないと脳の機能が低下するので睡眠不足や不眠不休で働くにも限界がある。その辺り、不死者はどうなのだろうかと彼女は考えるのであった。



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