第20話
ザ・パーフェクトは長身のハンド・メルト・マイトを見上げる。
彼にしては珍しくストレートな言動だった。
一人で先に進んでいくのを放っておけるわけもなく、皆で彼に続いた。
狭い通路。
その奥、業務用の冷蔵庫の前にその特殊能力者はいた。
根の暗そうな痩せた少年だ。
前髪が長すぎて目が隠れてる。
「なんか、すごい能力ありそうな見た目してるー」
サンシャイン・ダイナがそう声を上げる。
「ヒッ、やめるもん! 来んなだもん!」
少年は、サンシャイン・ダイナの言葉に反応するように怯えて背を丸める。
恐らく、この手の少年にとって一番苦手なタイプなのがサンシャイン・ダイナのようなコミュニケーションに長けたギャルだろう。
そして彼女はその雰囲気を一瞬にして悟った。
こちらを見て、ニッコリと微笑む。
ここは私に任せて、とでもいうような自信に満ちた笑みだった。
「ねーねー、なんでこんなところに逃げてきたの? もっとさ……」
近づきながらそう言ったサンシャイン・ダイナは勢い良く転んだ。
そのまま少年に向かって滑っていく。
「あたしが!」
その言葉を残してピンキー・ポップル・マジシャン・ガールの姿が消えた。
目にも留まらぬ超高速でサンシャイン・ダイナを助けに行ったのだろう。
衝撃音が鳴り、少年の横の棚が崩れた。
ピンキー・ポップル・マジシャン・ガールとサンシャイン・ダイナが絡み合ってそこに倒れていた。
よく見ると、床には小さな玉が無数に転がっている。
助けようとラック・ザ・リバースマンが飛び出す。
少年の手から槍のようなもの伸びた。
その槍はラック・ザ・リバースマンのお腹に刺さった。
そのまま槍はラック・ザ・リバースマンを押し戻しながら後ろの棚に突き刺さる。
超本営で支給されるスーパーヒーロースーツは最新の素材で、簡単に破れたり燃えたりはしない。
この槍のように伸びた鉄棒もスーツを貫いてはいないだろう。
ハンド・メルト・マイトが槍を叩き折ろうとしたが、たわんだ槍は折れず、ギターの弦のように振動して鈍い音を立てた。
「フレッシュ! 余計に痛い。そのビヨヨヨ~ンてなってるのが痛い」
「近づくんじゃないもん! お前らも串刺しにするもん」
よく見ると、男の背後の業務用冷凍庫から槍は伸びている。
「鉄か……形を変化させる能力だな」
ハンド・メルト・マイトが呟いた。
触れているものの形状を変形させる能力は他にも聞いたことがある。
ハンド・メルト・マイトは形状ではなく材質の変化だけど、同じ変化型の能力だけあってピンときたのだろう。
ここまで細く長く伸ばせるのなら遠距離攻撃もできるし、近くで使えばハンマーや巨大な盾としても使えるだろう。
しかし鉄は誰もが知る通り少量でもかなりの重量がある。
ここまで巨大な武器として扱う量は持ち歩けるものではない。
周りを見ると冷蔵庫以外にもスチール棚や照明など鉄製のものばかりだ。
少年のすぐそばには、サンシャイン・ダイナが倒れている。
彼女は特殊能力を使えないスーパーヒーローだ。
だけどそんなことは犯人の少年には関係のないことだろう。
そしてそんな状況なのに、ピンキー・ポップル・マジシャン・ガールは精彩を欠いている。
状況としては絶望的とも言える。
ただしザ・パーフェクトにとってはやや面倒な事態という程度にすぎない。
初めから予想はしていた。
特殊能力者が相手ならザ・パーフェクトの能力はかなり有効である確率が高い。
特に今回の相手は、手で触れている鉄を変形させる能力と思われる。
触れられないように手を動かせばただの人だ。
ザ・パーフェクトは本音を言うとまったく戦闘には気乗りしていない。
簡単に見えるけど人を動かすのはとても疲れる。
そしてこの能力は、あまりチームで勝利のために貢献したという感じにならない。
はたから見れば一人で簡単に処理して終わってしまうからだ。
それに下手に能力を認められてチームの任務が大変になるのも嫌だ。
ザ・パーフェクトにとっては現状が快適であり、人から認められるなんてことは望んでいないのだから。
「しょうがないね、うちがなんとかしよう」
「ここは俺が引き受けたぜ」
ハンド・メルト・マイトが手で制する。
「格好つけてるけど、マイちんじゃ無理だよ」
「フッ……。そうかもな。だけど、やらせてくれないか?」
その表情にはいつもよりも悲壮感が漂っていた。
面白い。
彼が自分の弱さを認めるようなことは初めてだった。
はっきり言ってそれが勘違いであっても常に最強のように尊大に振る舞っていた。
懇願されたということも初めてだ。
ザ・パーフェクトはハート・ビート・バニーの顔を伺う。
自分としてはハンド・メルト・マイトに任せたい。
しかし、ハート・ビート・バニーが拒否するならそれもしょうがない。
ハート・ビート・バニーは頷いた。
同時にハンド・メルト・マイトが飛び出した。
「大したもんだぜ。名前くらい聞いといてやる」
ハンド・メルト・マイトは陳列棚に囲まれた通路に立ちはだかった。
「超本営の犬に名乗る名前はないもん」
「そう言うな。俺はお前を買ってるぜ。女に手出しはしない。その信念は敵ながら立派なもんだぜ」
少年は脇で倒れているサンシャイン・ダイナとピンキー・ポップル・マジシャン・ガールを一瞥する。
「うるさいもんっ!」
「安心しろ。こっちも戦うのは俺だけだぜ」
「お前らは何も知らない愚か者だもん! 真顔の反骨の思想を知ったら、死にたくなるに決まってるもん!」
「御託はいいぜ。ほら、どうした? 腰抜けか」
そう言いながらハンド・メルト・マイトは一向に距離を詰めない。
二人で睨み合ったまま、ゆっくりと時間をかけて半歩だけ足を出す。
すると少年が手から槍を伸ばす。
「そいつを待ってたぜ」
ハンド・メルト・マイトは槍の切っ先を右手で受け止める。
手のひらを貫くかと思った鉄の槍は飛沫を上げて飛び散った。
左手はポケットの中だ。
飛び散ったの水滴だった。
あの中には水が入っているのだろう。
槍はハンド・メルト・マイトの右手に触った瞬間に水に変化していた。
そのまま槍を押し込めるようにハンド・メルト・マイトは駆け出した。
「俺はお前みたいな能力者を待っていたがな、許せねぇこともあるんだぜ」
そのままの勢いでハンド・メルト・マイトは左手で少年を殴りつけた。
倒れた少年に馬乗りになりさらに殴りつける。
少年は頭をかばうように身体を丸めた。
ハンド・メルト・マイトの手が止まる。
その一瞬をついて、少年は手から細かい粉を出した。
ハンド・メルト・マイトの顔にそれが吹きかかる。
床を滑るように少年は移動すると、ハンド・メルト・マイトの頭部が爆発するように炎に包まれた。
慌ててザ・パーフェクトとハート・ビート・バニーはハンド・メルト・マイトに近づく。
ハンド・メルト・マイトの頭を覆う火を消そうとした時に、少年と目があった。
憎しみに満ちた目だった。
少年は鉄塊を二つ振り上げた。
ザ・パーフェクトは恐怖に魂を握りつぶされ思わず目をつむってしまった。
身体には何の衝撃もなく、ただ腕だけが重く床に引っ張られた。
目を開けると、手には太い鉄の枷がついており、少年はいなくなっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます