第10話 掴まれた胃袋

 下部に前作までの簡単な登場人物紹介があります。参考にして下さい。

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「ちょっと何で分かるのよ!」

 和奏が声を上げる。彩光高校の課題集を解いている最中だった。

「和奏、ここにこれを当てはめてこう導き出すんだ」

「なんか悔しいわ。この問題集はね、彩光高校の特Aクラスの問題なのよ! 成績を落とさないように必死になってるのに軽々と解いちゃうなんて」

「ふふふ、椎弥さん。こういう考え方もありますよ」

「なるほど彩衣先輩。それも良い手ですね。じゃあここはこうするってのはどうですか」

「そうね、確かにそういう方法もあるわね」


「ちょっとあんたたち! 私を置いていくなー!」


「ごめん和奏。つい問題を解いてたら楽しくなっちゃって」

「ごめんね和奏ちゃん。わたしも久しぶりに勉強のことを友達と話したから」

「まったくお前らは……。天下の国立大入試対策問題なのよ。わたしは学校でみんなに教える立場なのに…………。まぁ、このふたりなら腹もたたないわね」

 シャープペンを転がす和奏。何気なく問題集を手に取ってペラペラとめくる。とあるページに止まると目を見開いた。

「彩衣、椎弥。分かるわ。この問題が分かるわ、ずっと解けなかった問題が解けるのよー、ありがとうね!」

 嬉々として問題集を広げて説明を始める。

「和奏、ここはこうした方が早いよ」

「椎弥くん、これを入れるとより正確になるわね」

「彩衣先輩、確かにそうですね。和奏はそっちの方がいいかも」


「グヌヌヌ。まったくもうこいつらは……。フフッ、まあいいわ。でもホントに椎弥が元気になって良かった」

 問題集を解き進める椎弥を見つめる和奏。それに気づいた彩衣。

「和奏ちゃん、いい心の色ね」

 クスリと笑う彩衣。

「あ、彩衣……。それ以上は心の中にしまっておいて……」

 頬を赤くして恥ずかしそうにうつむく和奏。

「和奏、顔が赤いけど大丈夫か、疲れたら少し休んだほうが良いぞ。そうだ飲み物。飲み物買ってくる」

 小道を抜けてコンビニに走る。好みが分からないので大量の飲み物を買って戻った。

 戻る時、潰れた駄菓子屋が目についた。神社の前にある和奏と良くいった駄菓子屋。その前の自販機で珍しいものを見つけた。

 

 * * *


「和奏、ほらジュースだ。駄菓子屋の自販機で懐かしいもの見つけたぞ」

 大量のペットボトルが入れられた袋の中から自販機で買ったジュースを取り出して放る。和奏は片手でキャッチすると顔がパァーっと明るくなった。

「覚えてくれてたんだ椎弥」

 手に握られた『つぶつぶオレンジジュース』をじーっと見つめる和奏。

「和奏はいっつもそればっかり飲んでたもんなぁ」

「そうね、食感が良いのよ。椎弥と神社に来るたびに買って飲んでたわね。懐かしいわぁ」


「あらそのジュース」

「彩衣先輩も知ってるんですか」

「ええ、昔、小さいころに飲んだことあるの。とっても心が温かくなる味」

「彩衣先輩の小さいころかぁ、どんな子供だったんだろうなぁ」

「あ、わたしも気になる。でも、なかなか教えてくれないのよねぇ」


「ふふふ、もう少し、もう少し待ってね。和奏ちゃんと椎弥くんには話しておきたいとは思ってるの。でももう少し……」

 彩衣先輩の顔に一瞬の陰りを感じたが、すぐにいつもの表情に戻った。そういえば、彩衣先輩の感情って笑顔しか見たことない気がする。


「椎弥くん、それもあとで話すわね」

「え、何々、椎弥は一体何を考えたの?」


「椎弥くん、和奏ちゃん。おやつにしましょう。今日は私が焼いた特製のクッキーよ」

 和奏の話を遮るように席を立つ彩衣先輩。キッチンでお菓子の準備を始めた。クッキーの甘い香りと紅茶の香りが心を豊かにする。


「これこれ、彩衣の焼くクッキーは絶品なのよ。椎弥、これを食べたら他所ではクッキーが食べられなくなるから心して食べなさい」

 軽く勉強道具をどかした合間にクッキーが置かれる。置かれるや否や1枚に手を伸ばして口に放り込む。

「椎弥、行儀悪いわよ」

 

 ウマい。風味、甘み。こんな美味しいお菓子初めて食べた。なんだこれ……なんでこんなにウマいんだ……


「……や。……しいや。椎弥。帰って来なさい。その気持ち分かるわ。私も初めて食べた時に同じリアクションをしたから」

「あ、ああ、和奏か、ビックリしたよ。実はあんまりクッキーって得意じゃなかったんだけどこんなクッキーだったら毎日でも食べたい」

「ふふふ、ありがとう」

「椎弥、これに慣れたらダメよ。私も彩衣に習って同じように作ったんだけどこの味には遠く及ばないわ。なんで同じ材料、同じ作り方をしているのに味が同じにならないか不思議なくらいなの」


「和奏ちゃん、椎弥くん。おやつを食べたら残りの課題をやっちゃいましょうね」

 

「このクッキーと紅茶の組み合わせ、違う世界に引っ張られるようだ」

「そうそう、この紅茶が凄く合うのよねぇ」

「彩衣先輩、またこのクッキー作って下さい! その為にはなんでもやりますよ」「ふふふ。いいわよ。食べたくなったら和奏ちゃんと一緒にいらっしゃい」

「ありがとうございます! 絶対にまた来ます!」


 彩衣先輩と和奏が何やら小声で話している。

「こういうのを男の人の胃袋を掴むって言うのね」

「ふふふ、和奏ちゃんのお弁当、椎弥くんの胃袋を掴んでいたと思うわよ」

「そうかな……。そうだったら嬉しいんだけど」


「何々? なんの話をしてるの?」

 気になってつい話を割ってしまった。学校だったらありえない行動に調子に乗ってしまったと思った。


「和奏ちゃんがね、椎弥くんが元気になってくれて良かったって。気を使わないで私たちに接してくれて良かったって話してたのよ」

 和奏にウィンクする彩衣。

「そ、そうなのよ。最初に会った時はどうなるかと思ったけど本当に良かった」


「彩衣先輩、和奏、ありがとな。ふたりといると何も考えないで素が出せるよ。困ったことがあったら何でも言ってくれ。僕に出来る事なら何でも協力するよ」



『協力するよ』。こんな軽口があとで大変なことになるとは思いもしなかった。





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前作までの登場人物:

 1B:花咲椎弥(はなさきしいや)

    ……主人公:人間不信があったが徐々に心が融解されていく。

    中村茜(なかむらあかね) ……クラスメート、美術部

    西田謙介(にすだけんすけ)  ……クラスメート、サッカー部、モテる

   担任:涼島啓介(りょうしまけいすけ) ……担任、美術部顧問

 美術部:2A:小鳥遊彩衣(たかなしあい) ……心が読める不思議な少女

     2C:海野夏美(うみのなつみ) ……元気、あまり異性を感じさせない

     3C:石原早希(いしはらさき) ……頭が良い。美術部が大切


 幼馴染:原田和奏(はらだわかな) ……料理が上手い。

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