研究者の蔵書について
「大体、さっき物語が好きとか言ってなかったでしたっけ?」
一通り言いたいことを言ってしまった鳥地は、最後に不満そうに小さな唇を尖らせた。
「あんなものは口から出まかせだ」
アタルカの住む小さな小屋は壁のほとんどが本棚に埋められ、その中にはぎっしりと本が並べられている。本棚に入りきらずに床に平積みされている本もあった。
先刻、鳥地ことエス・カグラを追いかけてやって来た騎士にそのことを指摘され、アタルカは確かに「物語を読むのが好きだから」と言ったのだが。
「基本的に創作は好かん」
「でも、これ神話とか昔話とかを集めた本でしょう? 言ってしまえばこれも創作だと思うんですけど」
そう言って鳥地が差し出したのは、さっきまで食らいついていた簡素な装丁の本だった。
「それ、もう読んだのか」
「はい、面白かったです」
「…………」
二人はしばらく見つめ合った。
「うむ、まあ確かに俺は物語が好きだと言えんことも無いな。そして研究をしている」
「研究?」
「ただし、その物語とは壮大で謎に満ちたこの世に二つと存在しないものだ」
「おおっ、何それ面白そう!」
鳥地があっさりと食らいついた。
ノベルジャンキーの彼は面白い物語に飢えているらしい。
「それは歴史だ」
「……歴史ぃ?」
鳥地はあっさりと興味を失った。
思っていたのと違ったらしい。
「そりゃ小説のネタとしては面白いですけど。僕も戦国時代や三国志は通りましたけども」
「サンゴクシとはなんだ?」
「でもね、ああいうのは逸話みたいなフィクションが混じっているから面白いんですよ。事実だけ解明していったら地味で仕方ないですよ」
鳥地が小さな腕を組んでくどくどと語り出したので、アタルカの眼が見るからに険しくなった。
「もしかしてここの本って全部……」
「うむ、歴史を調べるための史料だ」
「この本は?」
鳥地がさっきの童話集を掲げながら尋ねる。
「いつ、どんな背景で作られた話なのかを研究していた。細かい描写から当時の生活の様子も拾えるし、言葉の使い方からも色々なことが汲み取れる」
よほど期待外れだったらしく、赤ん坊はそのまま床に転がってしまった。
「じゃあなんで物語とか嘘つくんですか~!」
「歴史の研究が禁止されているからだ」
「……え!?」
鳥地が跳び起きるのと同時にアタルカは曲がっていた背を真っ直ぐに伸ばし、本棚にもたれかかりながら言葉を続けた。
「なんだ、知らなかったのか?」
「まだこの世界の常識に疎いんですよ……」
アタルカは「ふむ」と唸り、一つ咳払いをしてから言葉を続けた。
「つまり、俺は大犯罪者な訳だ。先程のアレは、領主の使いにそれがバレたら都合が悪いのでな。物語が好きだなどと言って誤魔化したのだ」
「大……犯罪者?」
「ああ、国をひっくり返しかねない大犯罪だよ」
アタルカが不敵に笑う。
鳥地は、この世界に転生してから最大の恐怖に身を震わせた。
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