「生悟さんがカッコよすぎてつらい……」
「朝陽くんって、生悟くんの弟みたいね」
いわれた瞬間に思った。こいつは敵だ。
学年が上がる春は朝陽にとってなかなか憂鬱だ。せっかく仲良くなったクラスメイトと別れなければいけないし、学年が持ち上がったことにより空気が浮ついてくる。小・中・高と持ち上がりの私立校であってもそれは同じで、なにより今年は生悟が高等部にあがってしまった。これは由々しき事態である。
中等部に先に上がってしまったときだって、なんで俺は生悟さんと同い年に生まれなかったのかと嘆きに嘆いた。始業式から一か月ぐらいは自宅で生悟にべったり。四郎にいったらあんたらはいつでもそうでしょ。と言われたが、そのころの朝陽のべったり具合は生悟にすら「ちょっと離れて」って困った顔で言われたぐらいの重度だ。
それも一年後、朝陽も中等部に上がることで解決した。生悟は満面の笑みで朝陽を迎え入れてくれたし、周囲もこれで朝陽の奇行が落ち着くと喜んだ。
しかし、この春、再び校舎が別れた。生悟が一つ年上。それは朝陽にはどうにもできない壁だった。
といっても朝陽も中学三年生になったので、小学校六年生の頃のように泣きながら留年しましょう。と生悟に提案したり、家に帰ってから妖怪のようにべったり張り付いたりはしなかった。
朝陽だって大人になったのである。
ただし、昼休みになったら生悟に会うために高等部のクラスに突撃することは迷わなかった。
朝陽が生悟にべったりなことは有名である。なにしろエスカレーター式の学校だ。朝陽が高等部の校舎に乗り込んできたところで周囲はいつものことだと生暖かい目で見守るし、生悟のクラスまでの道のりを案内してくれる人までいた。
この学校に入学してよかった。と朝陽はほくほくした気持ちで生悟のクラスまで歩いていった。
そして朝陽は生悟に必要以上に顔を近づける見知らぬ女を発見したのである。
持ち上がりの学校といっても顔ぶれがずっと変わらないことはない。転校もあれば転入もある。特に高等部は高校入試により在校生の数が増える。年度によっては一クラスぐらい増えることもあるらしく、朝陽にとっては第二のクラスメイトといっても過言ではない生悟のクラスには見知らぬ顔が増えていた。それが高校入試組であることはわかったが、問題は一つ、その一人が妙に生悟との距離が近いことである。
生悟は机に座っているのだが、女は図々しくも生悟の机に両肘をつき、組んだ両手の上に顎をのせて生悟になにかを話しかけている。ワイシャツのボタンは上まで留められておらず、リボンもつけていない。あれでは谷間がはっきり見える。いや、わざと見せている。間違いない。
「……生悟さん……」
怒りやら嫉妬やら、いろいろとモヤモヤした感情がにじんだ声を出すと、生悟が女から目を離して朝陽を見た。そのとたんにぱあっと生悟の空気が華やいだのを見て朝陽の気分もあがる。第一印象最悪の女など宇宙のかなたへ吹っ飛んでいき塵になった。
「朝陽! わざわざ高等部までごめんな! お昼たべよー」
女の存在などなかったような顔で生悟は机の脇にかけていたお弁当袋を持って立ち上がる。そんな生悟の姿を見て、女がえっという顔をした。
正直ざまあみろ。と思った朝陽だった。
「ちょっと、生悟くん!?」
「立花さんごめーん。俺、お昼は朝陽と食べることにしてるから」
生悟はそういって立花と言われた女にウィンクする。やめてください。生悟さんの貴重なウィンクが。と朝陽は思ったが黙っていた。黙っている代わりに立花のことは思いっきりにらみつけた。
立花も朝陽の視線に気づくと目を細める。二人の間に火花が散った。
「ああ、彼が高畑朝陽くん」
いかにも生悟から聞きました。という余裕たっぷりな顔で立花は笑みを浮かべた。その朝陽ですけどなにか? という気持ちで朝陽が立花をにらみつけていると、立花はクスリと笑っていったのだ。
「朝陽くんって、生悟くんの弟みたいね」
※※※
「あの人嫌いです」
ぶっすりと頬を膨らませる朝陽を見て生悟は目を瞬かせた。
場所は中等部と高等部をつなぐ渡り廊下脇にあるベンチ。わざわざこんなところまでお昼を食べにくる人はいないから静かにご飯を食べるのにはちょうどいい。春になって気温も温かいし、園芸部が育てている花壇もチューリップが色鮮やかに咲いている。
景色よし。気温よし。お弁当も美味しい。隣には生悟。
これはもう最高といっていい状況のはずなのだが、先ほどみた立花が頭から離れず朝陽は眉間にしわを寄せたままお弁当を口に運んでいた。
「朝陽がそんなこというの珍しいな」
生悟はそういいながら朝陽の眉間のしわをぐりぐりとほぐす。かわいい顔が台無しだぞ。とさらりというあたりが罪づくりである。
「だってあの人、あきらかに生悟さん狙いじゃないですか!」
「俺っていうか、鳥喰の金髪狙いみたいだなあ」
さらりと生悟はそういって卵焼きを口に入れた。美味しい。朝陽、さすが。とほめてくれるのは嬉しいけれど、生悟のいった内容にまたモヤモヤしてくる。
五家はいくつかの学校に出資し、一部運営などにも携わっている。猫ノ目であれば
五家の出資を受けた高校は髪を染めたり、カラーコンタクトを入れることが校則で許されている。これは特殊な色で生まれる狩人への偏見をなくすことが目的だ。
本人の強い希望がない限りは鳥喰の人間は飛禽高校に進む。それがわかっている夜鳴市の人間は高校を選ぶ選択肢の一つに五家の存在を含める。制服が可愛いからという理由で高校を選ぶのと同じように、どの狩人に会いたいかで高校を決めるのだ。
そういった理由だけでみれば飛禽高校は人気といえる。金髪赤目という鳥喰の特徴は五家の中でも目を引く。銀髪碧眼の狐守や緑髪黄色目の蛇縫よりもとっつきやすく、きらびやかというのが世間での印象らしい。鳥狩様に会いたいからという理由だけで入学するものは毎年一定数いるらしい。
「鳥狩ファンなんだってさ。俺以外にも高等部にも中等部にも鳥狩はいるぞ。って教えてやったから、そのうち興味失せるだろ」
生悟はそうなんでもないような口調でいったが、それも朝陽としては不満だ。朝陽にとって鳥狩といったら生悟だ。鳥狩の中でも生悟の金髪が一番きれいだと思うし、赤目が一番目を引くと思っている。そんな生悟を差し置いてほかの鳥狩に行くなんて失礼にもほどがある。だからといって今日みたいに生悟にモーションをかける姿を見るのも嫌だ。
再び眉間にしわを寄せ始めた朝陽をみて生悟は呆れた顔をした。
「なんでお前がそんなに不機嫌なの」
「だって、俺の生悟さんを数多の男の一人みたいな扱いするんですよ。不敬罪に当たります」
「不敬罪って。実際、数多の男の一人だろ、俺は」
「いえいえ、生悟さんはオンリーワンです」
真顔で言い切ると生悟は噴き出した。なんで笑われたのか分からずに朝陽はむっとする。そんな朝陽の頭を生悟はいい子、いい子といいながら撫でた。
「朝陽が一番っていってくれるのが一番うれしいなあ」
そういいながら生悟が頭を撫でまわすので、だんだん朝陽も立花のことがどうでもよくなってきた。生悟が目の前にいるのに別のことに気を取られているのももったいない。
それはそれで不満だが、そのうち飽きる。というのもその通りな気がした。生悟のクラスは生悟一人だが、隣のクラスにも鳥狩はいる。ほかの鳥狩様との接点が増えれば、立花だって好きな相手を選ぶだろう。
朝陽はそう納得して、とりあえず生悟に抱き着いた。
※※※
「毎日、毎日、朝、昼、夕方と忠犬ハチ公もびっくりね」
生悟のクラスに顔を出せば生悟よりも先に立花に話しかけられた。朝陽が生悟のクラスに顔をだすのは朝に生悟を送り、昼休みに顔を出し、放課後に迎えにくるというパターンが出来上がっているので待ち伏せしていたのだろう。
ドアをふさぐように寄りかかっている立花の隙間から教室をのぞく。生悟の姿がない。トイレにいったか、先生にでも用を頼まれたか。理由はわからないが生悟不在を狙っての犯行だということはよく分かった。
「俺は生悟さんの守人なので」
「守人っていうのは日常のお世話までするの? 形式的なものだって聞いたけど」
「それは組によります」
「へぇ、そうなの」
表面上はお互いにニコニコと笑みを浮かべているが空気が冷たい。通りかかった生徒たちが青い顔をして通り過ぎていく。それでも朝陽と立花はお互いから一切目を離さなかった。
しばらくしたら飽きるだろうと思われいた立花は思ったよりもしつこかった。生悟を落とすと決めたのか、他の鳥狩に好みの相手がいなかったのかは知らないが、生悟がどれだけ朝陽を優先しようとめげない。
それとも一見優しそうにみえる生悟の表面しか見ていないのか。そう考えて朝陽は立花を鼻で笑う。
生悟は誰に対してもフレンドリーで優しく見える。しかしそれは表面上だけだ。明るく笑って、楽しく過ごせば敵意を向けられない。それがわかっているから明るくふるまっているだけで、生悟と他人とでは絶対的な壁がある。朝陽はそれも含めて生悟が好きだが、立花がそこまで理解して生悟を好いているとは思えなかった。
鼻で笑われたことに気づいた立花が眉を吊り上げる。いつも余裕そうな表情を浮かべていた彼女にしては珍しい、怒りをあらわにした顔に、朝陽はしてやったりと思った。
「……あなた生悟くんに鬱陶しいと思われているって考えないの?」
予想外の言葉に朝陽は二の句がつげなかった。それを図星を刺されて黙ったと思ったのか立花は勝ち誇った顔をする。
「弟面して甘えてるけど、あんたのそれはどう見たって恋愛対象として生悟くんを見てるでしょ。男なのに」
その言葉に朝陽どころか周囲も固まった。いったん静まった教室がざわめきだす。
「男のくせに、女の私に勝てると思ってるの? 弟みたいな顔でかわい子ぶってればそのうち絆されてくれるとでも? あんたはどうあがいたって女にはなれないのに!」
そういって立花は勝ち誇ったような顔で胸を張った。朝陽にはない女性の象徴。大きな胸が揺れる。それを朝陽は唖然と見つめた。
生悟はそんなこと気にしない。それを朝陽は知っている。知っているのにすぐに反論できなかった。朝陽だって考えたことがある。もっと可愛い女の子が現れたら、自分は生悟に捨てられるのではないかと。
それを一瞬でも考えてしまった自分が嫌だった。
「なにうちの可愛い子いじめてんの」
気づけば肩に手を回された。顔を上げれば見慣れた金髪が目の前にある。ちょっと不機嫌そうな顔をした生悟が朝陽に肩を回したまま立花をにらみつけていた。いつも笑っている生悟の不機嫌そうな顔に立花がひるむ。
「私はただ……この子があんまり生悟くんを困らせてるから……」
「俺が困ってるっていったことある?」
「えっ」
「朝陽よりも女の子がいいって言ったことある?」
「それは……」
「そもそもさ、俺は朝陽と一緒にお昼食べるからって毎回いってるのに、毎日しつこく誘ってくるのはそっちだろ」
生悟の言葉に立花は羞恥で顔を赤くした。それでも生悟は立花をにらみつけ続ける。
「弟みたいにかわい子ぶってればそのうち絆される? それまんま自分が思ってることでしょ。かわいく愛想振ってれば、そのうち男の朝陽よりもかわいい女の子の自分が選ばれるって」
生悟はそういって皮肉気に笑うと朝陽の肩から手を離し、立花に近づいた。間近で見下ろされて立花がひるむ。真顔の生悟は怖い。それは朝陽もよく知っている。
震える立花の耳に生悟は顔を寄せるとなにかをささやいた。その瞬間、立花の顔が見開かれる。
嘘。という顔で生悟を凝視する立花に生悟はにんまりと笑って見せた。どこか色気を感じる表情に立花の顔が引きつる。
「んじゃー朝陽、お昼食べいこー」
用はすんだとばかりに生悟が朝陽の手を取って歩き出した。
「えっでも、生悟さん、お弁当教室じゃ」
「今日は学食のきぶーん。お弁当は家に帰ってから食べる」
ただの気まぐれ。そんな調子で生悟はいったが教室に戻るのが面倒だったというのは明白だった。生悟にぐいぐいと手を引かれながら朝陽は振り返る。
教室の前では立花が立ち尽くしていた。唇をかみしめるその姿は最初に抱いた美人というものからはかけ離れている。これでは鳥狩どころか、ほかの男子生徒でも恐ろしくて付き合えないだろう。
立花にいい印象を抱いていなかった朝陽からみればざまあみろ。ではあるが、生悟が最後にいったセリフは気になった。
「生悟さん、立花さんになんていったんですか」
「んー」
生悟は足を止めると振り返り、いたずらっ子のような顔で笑う。見上げる朝陽の耳元に顔を近づけると、小さな声で囁いた。
「俺の方が女の子なんだよね。っていった」
生悟の言葉に朝陽は目を見開いた。固まる朝陽を見て生悟は愉快そうに目を細めると、ポンポンと頭を軽く撫でてさっさといってしまう。その後姿を見送って、朝陽は力なくつぶやいた。
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