サザキとヨズク

 昔々、遠く東の果ての地に小さな島国があった。

 日輪に照らされ黄金のように光り輝くその国の名は――ヒノワ国。

 その名の通りヒノワ一族が代々治めてきた国である。

 しかし、その統治は決して絶対的なものとは言えず、この国では昔から争いが絶えなかった。

 権威を持たぬ王族に対し各地で反乱が相次ぎ、ヒノワ一族はとうとう国の南端にまで追いやれる。

 もはや滅亡を待つばかりかと思われた――そのとき、ヒノワ一族に一人の英雄が生まれ落ちたのだ。


 男の名はカナトビ。

 彼は長きに渡る乱世を終わらせるべく立ち上がった。

 一族を率いて東へ東へと進軍し、次々と反乱を鎮圧していった。

 そうしてヒノワ一族の勢力はみるみるうちに広がり、建国以来となる権威を取り戻したのだ。

 国の中心へと帰ってきたヒノワ一族は、正式にカナトビを国王とした。

 王となったカナトビは残る少ない反抗勢力も従わせていき、とうとうヒノワ一族に反抗する勢力はただ一つだけとなった。

 カナトビは自身の息子たちに軍を率いさせ、ただ一つの反抗勢力の元へと向かわせた。

 まさに完全なる天下統一まで後一歩まで迫った――そのとき、ヒノワ国の英雄は突如として息を引き取った……。

 

                   ◆


百舌もずみや (第二王子サザキ皇居) 】


 絢爛けんらんたる御殿の中の静まり返った大広間。

 その最奥さいおうに全身黒い着物に身を包んだ一人の男がいた。

 彼の名はサザキ。このヒノワ国の第二王子である。

 今しがた父――カナトビ王の葬儀を終え自分の屋敷へと戻ってきたサザキは、沈痛ちんつうな面持ちで項垂うなだれていた。

 一見、突然の父の死を前に悲しみに暮れているのかと思われるがそうではない。

 サザキがその端正たんせいな顔をゆがませている原因は別のところにあった。


 すなわち後継者問題である。


 カナトビ王の崩御ほうぎょはあまりにも急だった。

 誰にも、もちろん王自身にも予測できない事態だった。

 そのためカナトビ王は遺言を残す暇もなく、皇太子こうたいしを明らかにしないままこの世を去ったのだ。

 サザキは長い溜息を吐きながら、これからのことに頭を悩ませる。

 そのとき、サザキの思考をさえぎる形でふすまの向こうから声がした。


「サザキ王子。ヨズクです。お疲れのところ、申し訳ありません。お邪魔してよろしいでしょうか?」

「ああ、入ってくれ」

「失礼致します」


 サザキの許可を得て大広間へと入ってきたのは、彼の側近――ヨズクである。

 そのままサザキの目の前までやってくるとうやうやしく頭を垂れた。

 サザキは楽にするように言いながら、ヨズクに問う。

 

「それでどうだった? 兄上たちの動きは?」


 ヨズクは垂れた頭を、やはり恭しく上げて答えた。


「結論から申し上げますと、今のところ目立った動きは見せておりませぬ」

「……そうか」


 ヨズクの言葉を受けサザキの表情は和らぐことはなく、むしろ一層険しくなる。

 ヨズクは続けて言う。


「しかし、遠からず他のご兄弟が――いえ、この国が大きく動きますことは確実でしょう」

「ふむ。ヨズク。そなたの考えを聞きたい。大きく動くというが、具体的にどう動く?」

「分かりませぬ。こればかりはなんとも。逆にお聞きしますが、サザキ王子はこれからどのように動くおつもりで?」


 ヨズクの問いに対してサザキは言葉に詰まる。

 これからどう動くか――それは先程からずっとサザキの頭を悩ませている問題だったからだ。

 無論、サザキは父の後を継ぎ王になるつもりだ。

 ただ他の兄弟がそれを黙って受け入れるわけもない。

 一手の間違いが身を滅ぼすかもしれない状況なのだ。

 この場でもしばし考え込むが、即座に答えが浮かぶわけもなくサザキはこう答えるしかなかった。


「ずっと考えているが、まだ答えは出ておらん。

 一刻も早く行動を起こさねばならんとも思うが、一方で下手に仕掛ければ他の王子に我々を攻める口実を与えてしまいかねん。

 やはり、どうにか兄上たちの動きを掴んでおきたいところだが……」

「そうですな……ではひとまず王子たち御一人ずつの状況を整理してみるといたしましょう。そこから今後の予測も立てられましょう」

「確かに。現状を把握はあくしておくのは肝要かんようだ。よろしく頼む」


 ヨズクはうなづくと懐から取り出した巻物を広げ、それに目を通しながら言った。 


「まずは今回 崩御ほうぎょなされたカナトビ王には、サザキ王子ご自身を含め五人の王子がおられました。

 アラタカ第一王子、サザキ第二王子、キギス第三王子、カラスマ第四王子、そしてクグイ第五王子です」


 一人一人の名が読み上げられるのを聞きながら、サザキはこれから兄弟たちと争う決意を固めていた。


「まずは長男のアラタカ第一王子から見ていきましょう。サザキ王子にとって、王位を争う上で最も大きな障害となりましょう。

 しかし、ワタシの見立てでは次男のサザキ王子が次の王となる見込みは十分にございます」

「その根拠は?」

「まず何より、アラタカ第一王子は妾腹めかけばら御子みこであるということ。正妻せいさい御子みこの中では、サザキ王子が長兄となります。

 この一事いちじをとりましても、サザキ王子が王位を継ぐべきと考えるのは至極当然でありましょう」


 ヨズクの言う通り。

 アラタカは形式上、第一王子とされてはいるが正妻の子ではない。

 産まれた順で後れをとっても、正統な血筋という面でみればサザキの方に分があった。 


「そして、今一つにはお二人のお人柄です。我々臣下、また民草たみくさの信頼を勝ち得ているのは、間違いなくサザキ王子の方であります」


 これもまたしかりと、ヨズクのげんうなづくサザキ。

 兄のアラタカと比較して、下の者たちにしたわれているのは自分の方だろうと、サザキは自惚うぬぼれではなくそう思う。

 アラタカは臣下から『大うつけ』と影で呼ばれているのに対し、サザキは『ひじりの皇子すめらのみこ』の名でたたえられている。

 正直、サザキはアラタカが自分に勝るところがあるとすれば、それは年の数だけだと思っている。

 そんなサザキの心を見て取ったのか、ヨズクはいましめるように付け加えた。


「ただ油断はなりませんぞ。やはり王位を争うとなれば、アラタカ第一王子が有力であることに変わりはありませんからな」

「ああ。そうだな。では、兄上には最大限の警戒を払うとして。次は……キギスか」


 サザキは自分の一つ下の弟――キギス第三王子の名を、やや言いよどみながら口にする。


「ええ。キギス第三王子。結論から言って、キギス第三王子が王位を継ぐ可能性は絶対にありえません。

 なぜならキギス第三王子は、カナトビ王に先立つ形で身罷みまかられておられるからです」


 そう。第三王子のキギスはすでにこの世にはいない。

 それが先程、サザキがキギスの名を言いよどんだ理由だった。


 サザキはキギスと仲が良かった。

 否、キギスと仲の悪い兄弟は一人もいなかった。

 彼は兄弟の間をうまく取り持ち、上は立て下の面倒もよく見た。

 どんな者にも気さくに接するキギスは、サザキとはまた違う形で臣下や民からも慕われていた。

 もし生きていれば、王位を争う相手として色んな意味でやりにくい相手となっていただろう。

 しかし、そんな仮定の話に意味はない。

 ともかくキギスは死んだ。

 ゆえにヨズクが断定した通り、彼が王になる可能性は絶対にない――だが。

 

「ですが、キギス第三王子の御子みこが代をまたぐ形で王となられる。その可能性は否定しきれません」


 ヨズクは言う。

 普通に考えればありえない話だ。

 ところが、その普通をくつがえ由縁ゆえんがキギスの子にはあった。


「……キギスの死は、神託しんたくないがしろにしたための神罰しんばつ――という例のうわさか」


 サザキが聞いた限りの噂はこうだ。


 キギスはカナトビ王に命じられて、北の地の反抗勢力――ツキノワの民の征伐せいばつを命じられた。

 後に第一次ツキノワ征伐と呼ばれる遠征。

 その出立前、キギスは習わしに従ってヒノワ一族が祭る神に神託しんたくあおいだ。

 といっても、これはあくまでも形式上のもの。

 これまで、はっきりとした神託が返ってきたことはなく、やれ曇りから晴れになっただの、やれ誰それの体調がよくなっただの。

 とにかく何らかの理屈を付けて、これは吉兆きっちょうだとこじつける――そんな茶番めいた儀式だ。

 ところが、このときばかりは様子が違った。

 キギスの妻――ヒバリヒメの身に神が降り、彼女の口を借りてはっきりこう言ったというのだ。

 

『ツキノワの民への征伐はやめ、海の外の他国を征服せよ』


 キギスは神託しんたくがあったこと自体にも驚いたが、その内容にも驚き当惑した。

 ツキノワの民の征伐せいばつ成否せいひを占ったのに、まるで見当外れの答えが返ってきたのだから。

 キギスは少し迷ったが、父親の命令を無視するわけにもいかず、神託の方に逆らうことにした。

 すなわち、そのまま何事もなかったかのようにツキノワの民の征伐に向かったのである。

 そして、そのままキギスは帰らぬ人となった。

 

 ツキノワの民の領地のそばとりでを築き、攻め立てようとした矢先。

 野営地やえいちで一人眠っていたキギスの体が、冷たくなっているのが見つかった。

 ツキノワの民による暗殺か、それとも本当に神の怒りか。

 真偽は明らかにならぬまま、キギスの変死によって第一次ツキノワ征伐は中止となった。


 このまま終われば単なる偶然で片付きそうな話だが、この話にはまだ続きがあった。

 キギスの死を聞き、妻のヒバリヒメは大いに悲しんだ。

 三日三晩泣きぬれて、涙という涙を涸らし尽くしたとき、彼女の身に再び神が降りたのだ。

 神は彼女の口を通して言った。


『キギスの死は、我に逆らった当然の報いである。罪をそそぎたくば我の命に従え。

 ツキがヒをおおうとき、真の王が目を覚ます。

 この国を真に治めるべき王――それは、この女の腹に宿っている』


 そう告げて、以来ぱったりと神が降りてくることはなかったという。


「つまり、そのうわさを真に受けた者たちが、キギスの子をし立てるかもしれない――というわけだな」

「ええ。仰る通りです」

「しかし、いつの間に産まれたのだ? ヒバリヒメが出産を終えたという話は聞いていないが」

「そうでしょうとも。まだお産まれになってはおりませぬゆえ

「何だと!」

 

 あまりに想定外の答えに、サザキは思わず声を荒げ立ち上がった。


「では、まだ産まれてもおらぬ子――そもそも男か女かすら分からぬ子を、次の王にしようというのか! いくら何でも馬鹿げている!」

「馬鹿げてはいますが、決して馬鹿にしたものではありません」


 なか冗談じょうだんとも思える与太よた話を、しかしヨズクは真剣な面持ちで語る。


「そのうわさを信じている者は思いの外多くいます。一部では、今回のカナトビ王のこともキギス王子の御子みこを王とするための神の采配さいはい――という話まで出ているそうです」


 サザキはやはり信じられないという表情のまま、ゆっくりと座り直し呟く。


「神……か。本当にそんなものが存在するのか?」

「それが真であれ偽であれ、神の名の元に暴走する輩が出ないとも限りません。下手に世迷言よまいごとと軽視すれば、それこそキギス第三王子の二の舞になるやもしれませんぞ」

「……無視できないと言えば」


 サザキはヨズクの忠告を聞き入れながらも、早く現実的な話に切り替えようと露骨に話題を変えた。


「あそこにはもう一人、無視できない存在がいたな」

「ええ。スザク様――ですね」

 

 スザクとは、先程から話に上がっているキギスの妻のヒバリヒメ――彼女の弟に当たる人物である。

 彼の何が無視できないかといえばひとえにその戦闘力。

 スザクは、このヒノワ国における最強の戦士の名を欲しいままにする豪傑ごうけつであった。


「今回の第二次ツキノワ征伐せいばつでの活躍も目覚ましかった。あれを見ていると、神の存在も嘘とは思えなくなる」


 サザキはスザクがツキノワの民を蹂躙じゅうりんする様を思い起こす。


 人の枠には収まらぬ、まさに神業と形容するしかない動き。

 まるでスザクの剣に魅入られ吸い込まれるかのように、敵は次々とその血を捧げていった。

 キギスの変死にヒバリヒメの神託しんたく、そしてスザクの度を越した強さ。

 何というか、キギスの陣営には怪しげないわくが付きまとい、それが一層それぞれの怪しさを引き立てていた。


 サザキは思わず身震いしていた。

 そんな主の様子に気付いてか、ヨズクは話をまとめて次の王子へと移った。


「ある意味、最も動きの読めない勢力ということですな。さて、続きましてはカラスマ第四王子ですか」

「カラスマか……。奴の場合は最も動きの読みやすい勢力といったところか」

「ええ。ですが、同時に最も恐ろしい王子ともいえましょう。カラスマ第四王子はまず間違いなく、ご自身が王となるための障害をすべて力尽くで排除しようとするはずです」


 カラスマという男を一言で表すとすれば『粗暴そぼう』である。

 とにかく、少しでも自分の気に食わないことがあれば力にうったえる。

 そんなカラスマがこの状況で取る行動といえば一つに決まっていた。

 

「さっき話に出た第二次ツキノワ征伐せいばつでも、奴の暴虐ぼうぎゃくさは明らかだった」


 サザキは今度は苦々し気な顔でカラスマの戦いぶりを思い起こす。


 それはある意味でスザク以上に人並み外れた所業だった。

 カラスマは笑いながらツキノワの民を殺していたのだ。

 実に楽しそうに、彼らの断末魔だんまつまに聞き入り、それをより多く聞くためか、戦意をなくした相手すら必要以上になぶり続けていた。


 サザキはあれを兄弟とは、否、同じ人間だとは思えず、また思いたくはなかった。


「『大悪はなはだあしき皇子すめらのみこ』の呼び名は伊達だてではない――といったところですか。

 しかし、此度こたびの第二次ツキノワ征伐せいばつのおかげでその戦力も把握はあくできております。

 我が軍とカラスマ王子の軍が正面からぶつかれば、数の差で我が軍の勝利は確実でしょう」

「だが、それはカラスマも承知のはず。奴がこちらに攻め込んでくるとすれば、何らかの策を立ててからだろう」


 いかに獣ような男とて、さすがに闇雲に仕掛けてはこない。

 むしろ、獣特有の野生の勘で彼我ひがの戦力差は重々に分かっているに違いない。

 カラスマとの戦闘は避けられないものとはなるが、火急の事ではないというのがサザキの見解だった。

 ヨズクもその考えには同意のようで、軽く首肯しゅこうすると最後の王子について語り出した。


「最後にクグイ第五王子ですが、まだ十代の末子まっし。今回の王位争いには、ほぼ無縁といってもいいでしょう」


 これまでの王子と違い、随分と簡潔にまとめ上げられてしまったクグイ。

 ただ、それも仕方のないことだ。

 ヨズクの言う通り、あの少年がこの王位争奪戦に割り込むには何の『武器』もないのだから。


「さて」


 と、ヨズクはいよいよまとめに入る。

 

「これですべての王子の状況を振り返ったわけですが、改めてサザキ王子。これからどのように動くおつもりか、お聞かせください」


 ヨズクにうながされ、サザキは今一度 項垂うなだれて考え込む。

 それから、一つの決断と共に顔を起こした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る