1章 現実とファンタジーの間で

1-1

東京、江戸川町。

ここから始まるのは、自分――陸奥淳みちのじゅんの物語だ。


「はぁ……」


3月の終わり。柔らかな春の匂いが街に漂っているのに、自分の胸の中だけは冬のままだった。大きく息を吐き、肩の力を抜く。


理由は簡単だ。

第7志望の大学にしか受からなかった。


現役合格――聞こえはいい。浪人せずに済んだのだから、誰かに「良かったじゃん」と言われれば、その通りなのかもしれない。でも、自分にとってはまったく嬉しくない結果だった。


第一志望は、模試でA判定。受かる未来しか想像していなかったのに、結果は不合格の嵐。滑り止めにしていた一校だけが、かろうじて合格だった。


「一つでも受かったならいいじゃん」


そう言われるたび、胸に小さな棘が刺さる。高校受験の時も、滑り止めしか受からなかった。だから大学こそは、第一志望に――そう誓っていたのに、このザマだ。


(落ちたものは仕方ない……)

頭ではそう思う。でも心はまだ折れていない。心の奥底で、何かが静かに軋む音がする。努力が報われない現実を突きつけられるたび、自分の中で小さな悔しさが燃え上がるのだ。


だから、自分は外に出る。

散歩は、気持ちを落ち着ける唯一の手段だった。


知らない道を歩けば、新しい発見がある。知っている景色でも、角度を変えれば違う顔を見せてくれる。歩くこと自体が、自分にとって小さな冒険だった。


(……本物の冒険、してみたいな)


映画みたいに、ゲームみたいに。

世界を巡り、知らない人と出会い、知らない場所を冒険する――そんな夢を、心の片隅で密かに描いてしまう。


現実はシビアだ。学歴も実力もなく、ただの日常しか手に入らない。でも、心は別の声を上げる。


「どこか遠くへ行きたい!」


その日の散歩から帰宅し、玄関のドアを開けた瞬間――自分は凍りついた。


黒いローブをまとった金髪の女の子が、まるで眠るように倒れていたのだ。


「……は?」


意味が分からない。状況を理解できない。

なんで、知らない女の子が、しかもRPGみたいな格好で、自分の玄関に倒れているんだ!?


とにかく、声をかけるしかなかった。


「おーい、君、大丈夫か?」


「う……ん……」


微かに返事が返ってきた。生きてる。意識もある。

怪我はなさそうだが、このまま放っておくわけにはいかない。自分は彼女を抱きかかえ、そっと家の中に運び込んだ。


……まさか、こんな形で“お姫様だっこ”をすることになるなんて思わなかったけどな。


ベッドに寝かせ、ようやく一息つく。

普通なら慌てて叫ぶ場面だろうに、不思議と落ち着いている自分がいた。


――そして翌朝。


「うわっ、寝てしまった!っていうかここ、どこ!?」


女の子の大きな声で、自分も飛び起きた。


「ふぁぁ……やっと起きたか」


「あなた誰!?」


「おいおい、人の家で倒れておいて、その反応はないだろ。まあいいや。自分はジュン。ここは自分の家だ。君は玄関でぶっ倒れてたんだぞ」


「……そうだったの。ごめんなさい、助けてくれてありがとう。私はリズ・アリアス。冒険家よ」


「――冒険家ぁ!?」


その瞬間、自分の平凡な日常は、とんでもない方向へ転がり始めた。

自分の胸の奥に、未知へのワクワクが静かに灯る。

ついに、自分の人生に“冒険”が入り込んできたのだ。

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