再会の意味 2

 背後を振り返ると、発展した街並みは懐かしい姿を取り戻していた。

 ところどころにシャッターの降りた店舗、入ったことがないこじんまりとした飲食店。今よりも舗装されていない道路。忘れもしない。僕がを思い出す度に立ち戻るあの時間、あの場所だ。

 五年前。

 僕らは三糸ヶ先の商店街と変わらない、田舎らしい風景にタイムスリップしていた。

 ただ、ここまで来てしまった僕も、さすがに一々声を上げたりはしない。人が消えていった時点で……いや、しのぎが顕れた時点で順応しようとしていた。だから驚きはすれど、今更取り乱すことはない。


「懐かしいね」

「……」


 何も言わない僕を、クスリと笑う。『我慢しなくてもいいのに』とでも言いたげだった。

 しのぎは構わず思い出話をはじめた。


「あの日は、あなたがみんなを集めてくれた日だったのを覚えてる。私のために」

「それで本人を殺しちゃったんじゃ、世話ないけどね」

卑屈ひくつになったわね、タスク」

「卑屈にもなるよ。あれは僕の一番の後悔なんだ」


 だから、僕は選ぶ。

 五年前ここで、しのぎの死を覆す。

 どちらが死んでもおかしくない瞬間。それをもう一度繰り返し、しのぎの代わりに轢かれる。そうすれば、死んだのは僕だったことになる。

 しのぎが居ない世界で、僕は自分が望まれていないことを嫌というほど思い知った。他でもない佑本人でさえも、自身の生を歓迎していなかった。もし本当に彼女が生き返れるのなら、願ってもないことである。

 これは神の与えたチャンス。罰であり、救い。

 成し遂げる。

 僕は、今こうして話す御宇佐美しのぎを現実にするために、立っているのだ。


「顔、怖いわよ」

「え、あ……ごめん」

「ほんと、変わったわね。いろいろと難しく考えるようになっちゃって。そんなところもステキだとは思うけれどね?」


 そう言いながら、しのぎは一歩踏み出した。

 遮断機の降りていない、かつて血を流した線路に身を躍らせる。


「ちょっ」

「だーいじょうぶ。まだ電車はこないわ」


 足元を見下ろし、今日のしのぎがサンダルを履いていることを確認した。靴紐が絡む心配がないことを悟り、すこしホッとする。

 跳ねかけた心臓を押さえるのに必死な僕。それを知ってか知らずか、彼女は薄く微笑んでいる。からかうように。

 事実、しのぎは僕の反応を楽しんでいるのだろう。最後の時間、弟の反応をこれでもかと目に焼き付けているのだ。なので、こっちも真似しようと決めた。

 別にしのぎみたくからかおうとは思わない。ただただ、存在を記憶に刻んでおきたかった。未だ繋いだ手の感触を感じていたかった。

 しのぎはキョロキョロと周りを見渡し、「へぇ……」とこぼす。かつて死んだ場所を観察していた。しかし、しばらくするとそれも満足したのか、変に改まって僕を見つめてきた。

 そして、こんなことを口走る。


「前にも言ったけど――タスクのこと、好きだったわ」


 唐突な告白に、息を呑んだ。

 誰もいない世界。

 誰も待っていない踏み切り。

 二人だけの、最後の時間が過ぎていく。


「もっと顔よく見せて」


 しのぎに引き寄せられ、至近距離にまで近づく。幽霊のくせに、生前のような良い匂いはそのままだった。

 手を離れた細い指が、そっと頬に触れてくる。


「大きくなって……思った通り、私好みの男の子だわ」

「それは、しのぎの方も」

「あら、両想いだったの? てっきり一方的なものだと思っていたのに」

「よく言うよ、あそこまで誘惑してきたくせに。両想いになったわけじゃない。両想いにんだ、僕は。今だからよくわかる」

「ふふっ、おバカね。なら抵抗しなきゃ。この感情は異常なものなのよ?」


 呆れたように、愛おしいものを見るように、目を細めて。しのぎが頬を引っ張る。

 甘い声が囁く。

 長い髪がそよ風に揺れて、ちょっとくすぐったい。

 御宇佐美しのぎが生きて、目の前にいる。心を通わせている気がして、とても幸せな瞬間だった。それを体感できる最後の機会だと思うと、同時に悲しくもなった。

 きっと、しのぎも同じ気持ちだったのだろう。おでこをコツンと僕の額に当て、つぶやいた。


「異常な感情――でも、今はとても、嬉しい」



 その一言がこぼされたのを合図に、踏み切りの警報器が鳴り響いた。



 ……時間だ。


 すぐに遮断機が降りてくるだろう。

 やがて向こうから電車がやってくるだろう。


 そして、かつての人身事故が再現される。

 それが別れの瞬間だ。このランプの点滅と音は、カウントダウンだ。


 僕はしのぎの手をとり、場所を入れ替わろうと引っ張った。

 あの日の選択をやり直す。そのつもりで。


 しかし――しのぎは動かなかった。

 


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