撮影


 いわば清正の思考の骨組みをこのときに英美里が理解したこともあったが、アイドル部は新しい展開を迎えてゆくこととなった。


「うちのホテルのブライダルのモデルに起用させてもらえませんか?」


 と、かつて清正が茉莉江と挙式をしたホテルから、オファーがあったのである。


「新メンバーは十人ですからね…」


 長谷川マネージャーは英美里に訊いた。


「私たちは谷間の世代だから、みな穂先輩とイリス先輩に出てもらうのはどうですか?」


 代替わりはしたが、三月の卒業まで半年はある。


 英美里はそこに目をつけた。


「お前なかなか考えるじゃん」


 コーチとして帯同していた美波の後押しで、これが企画となってホテル側の会議を通った。



 なるほど、メンバーでも第一線から離れた三年生であれば、ビジネスであっても問題は少ないであろう。


「まして十八歳なら、結婚できますよね?」


 英美里自身は、母親が十九歳のときの子である。


 そこには長谷川マネージャーもまったく気が付かなかったようで、


「若い世代に結婚を訴求できるってことか…!」


 英美里を評価していたあやめも存外、人を見る目はあったのかも分からない。


 このようにして。


 ブライダルのイメージキャラクターにはあやめとみな穂が起用された。


「まさか代替わりしてから呼び出されるとは思っても見なかった」


 みな穂にすれば青天の霹靂であったらしい。


 衣装合わせの日。


 みな穂は当たり前だが、初めてウェディングドレスなるものを着た。


「みな穂ちゃん背高いから似合うよね」


 背が百七十センチ近いみな穂は大人びた顔立ちをしていたからか、


「まるで海外のモデルさんみたい」


 と長谷川マネージャーに言われた。


 そういえば例の記者会見のときは制服姿であったが、


「みな穂部長、めっちゃ色っぽい」


 という、女子高生にそぐわないコメントがあったほどである。


 だが。


 それがウェディングドレスには活きた恰好となった。


「茉莉江先輩のほうが似合うような…」


 なにぶん初めての体験らしく、みな穂はかなり恥ずかしがったが、


「やっぱり現役のスクールアイドルが着ると違いますねぇ」


 ホテルのブライダル担当が珍しく感動していた。



 衣装合わせを経て選ばれたドレスは、胸元の少し開いた、デコルテを魅せるタイプのオフショルダーのウェディングドレスである。


「何か恥ずかしいなあ」


 みな穂としては、あやめが着ているロイヤルウェディング風のほうが着たかったらしいのだが、


「オフショルダーって、スタイル良くないと着られないんですよ」


 カメラ担当の女性カメラマンに言われると、


(まぁ、そんなもんか…)


 腑には落ち切らなかったようである。


 撮影が始まると、


「やっぱり現役スクールアイドルが着てみせると違うねー」


 衣装合わせのブライダル担当と同じことを支配人が言ったので、みな穂は思わず笑ってしまった。


 あやめはパーカッショニストらしく楽器を使った撮影となり、


「あっちのほうが綺麗かも」


 みな穂は納得がいかない面もあったが、


「プロが良いって言うなら…」


 そんな納得のさせ方を自身に落とし込んでみた。



 そのようにして。


 ひとまず写真チェックも終わってその日は撮影を終え、後日最終チェックのためのデータが部室のパソコンへ送られてきたのだが、


「わぁ…」


 美しさに思わずため息をもらしたのは、ひまりであった。


「みな穂先輩、めっちゃ綺麗…」


 特に横顔で撮られた一枚は、息を呑むほどの仕上がりとなっている。


「こんなスゴい人の後輩で良かった」


 覗き込んだ薫が言った。


「こげな別嬪さん、そうおらんよ」


 優子がまるで小姑のような言い方をしたので、


「…何目線?!」


 たまらずだりあが笑い転げた。


「イリス先輩のはスタイリッシュですよね」


 私はこっちが好き、とるなが言う。


「みんな好き好きやからねー…うち文金高島田にしたら新喜劇言われそうやわ」


 翔子はオチをつけたかったようであった。



 みな穂の横顔の写真はブライダル情報誌の裏表紙の広告に最終的には掲載されたのだが、


「すごいキレイなモデルが写っている」


 と発売日から話題となり、名前も出していなかったブライダル情報誌であるにも関わらず三日で完売し、


「現代に舞い降りた天使」


 とTwitterなどで呼ばれるようになり、やがて鮎貝みな穂だと分かると、


「あのスクールアイドルのみな穂部長だって?!」


 例の記者会見の件で知っていただけに、余計騒ぎが派手さを増してきた。


 最後には、


 ──雑誌を裏表紙から開かせた女。


 という異名までついた。


 ノーブルな雰囲気のアイドルが当時あまりいなかったのもあり、長谷川マネージャーへ東京本社から、


「うちの所属にしろ」


 と真夜中に連絡が来たほどである。


 最初はみな穂は渋っていたが、


「モデルなら学費稼げます」


 この誘い文句でみな穂は、最終的にモデル活動をしながら大学へ通うこととなった。



 鮎貝みな穂のモデルデビューはそのようなセンセーショナルなものであったのだが、


「あの大人しかったみな穂が、ねぇ」


 音楽番組の控室で、ギターチェックをしながら懐かしんだのは橘すみれであった。


「でもあの子は芸能界に来るって思ってた」


 会見時の真っ直ぐな眼差しの強さで、そう思ったらしかった。


「アイドル部、毎年誰かデビューするね」


 すみれのスマートフォンに、雪穂からのメッセージが来た。


「藤子ちゃんは芸能人じゃないから」


 ツッコミを返した。


 余談ながらすみれはこの数日後、新人の挨拶回りに来たみな穂と再会を果たしている。



 他方で。


「みな穂先輩がデビューしたけぇ、うちら誰も出んかったらホンマ谷間の世代じゃけ」


 優子が地元の広島で持っているレギュラーのラジオ番組で語ったのは、まぎれもない重圧であった。


 リスナーからは「そんなことないよ」「次は優ちゃんの番だから頑張って」などと励まされたので泣かずに済んだが、


(ほじゃけど、余計それが重たいんよ…)


 帰りの飛行機のトイレで、声を殺して泣いたこともあった。



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