Episode3

出陣


 ようやく衣装も決まり、期末テストも終わった七月はじめ、最終調整を兼ねた合宿のため、メンバーのうち生徒会長の翠は残し、美波や長谷川マネージャーらと九人は、昼前の羽田行きで新千歳から飛び立った。


 新千歳までは澪が見送りに来た。


「私たちの夢を託すから、頑張って!」


 澪が携えてきたのは御守である。


「ひさびさにミシン使ったから不細工だけど」


 しかし「必勝」とあるフェルトの手作りの御守を渡されると、


「仲間は、信じるもの」


 というフレーズが、唯の脳裡によみがえった。


 清正は今日退院の予定で、茉莉江が市立病院まで迎えに行っているはずである。


「次の飛行機で行くから、一時間遅れだって」


「先生、どうなるんだろうね…」


 唯は飛行機の中で、隣席のマヤに話しかけた。


「本人は強がってるけど、奥さんいるから大丈夫だよ、きっと」


 それならいいけど、と唯は雲の波が広がる窓の外に目をやった。




 約二時間近いフライトのあと羽田空港に着くと、横浜へ進学していたののかが迎えに来ていた。


「陣中見舞いだよ」


 そういうと、横浜駅で買い込んだ崎陽軒のシウマイ弁当と緑茶を渡し、


「腹が減っては戦は出来ぬ、なんてね」


 澪から御守を渡された話を唯がすると、


「私たちには叶えられなかった夢だからね…」


 エントリーの段階で七人以上いなければ参加できなかったのである。


 一時間ばかり待っていると、茉莉江に付き添われて清正が眼帯をつけた状態で到着した。


 メンバーは清正を囲むと円陣を組み、


「先生のためにも、てっぺん取るぞーっ!!」


「おーっ!!」


 唯を中心に気合いを入れる。


「それにしても、犯人は見つかったの?」


 茉莉江はののかに、


「すぐ逮捕はされたみたいだけど…」


 とだけ答えた。


 ひとまず、合宿施設のある茅ヶ崎を目指した。




 清正襲撃事件の犯人は、熱狂的なファンの男であった。


「あの女が邪魔だった」


 と供述し、どうやら翠を狙って、即席のパチンコで射掛けたらしい。


 しかし。


 清正がかばって撃たれ、片目を失ったとニュースが流れると、


「申し訳ない」


 のちに弁護士を通じて、謝罪があった。


 清正はその後、


「なるほど片目を失うに至ったのは遺憾の極みやが、これは流れ弾のようなもので、別に両目ではなかったので、見えて良かったというのが偽らざるところ云々」


 と述懐している。




 

 バスに乗り込もうとしたときである。


「お屋形さま!」


 清正に近づいてきた一人の老父がいる。


「おなつかしゅうございます…爺でございます」


 顔を見て清正は驚いてから、


「爺やないか!」


「すっかりご立派におなりあそばしまして…」


 しかし例の眼帯姿である。


「独眼竜に、おなりあそばしましたか」


「なーに、戦傷いくさきずみたいなもんよ」


 爺はかしこまってからメンバーたちを見るなり、


「これ、こちらにおわすお方を、何と心得る!」


 清正は苦笑いした。


「畏れ多くも丹後たんご和泉いずみざき藩三万七千石、旧子爵嶋長門守ながとのかみさまの末裔、清正公なるぞ!」


 まるで時代劇さながらのセリフにメンバーはあっけにとられた。


「今はただの教師や。また改めて積もる話をしよう」


「ハハッ」


 老父は丁重に頭を下げると、杖を手に去ってゆく。



 バスの車中は果然、清正の話になった。


「別に隠してた訳ではないんやけど、別に自分が偉い訳でもないし」


 それで黙っていたらしかった。


「それでなんか戦国武将みたいな名前だったんだ…」


 雪穂がつぶやいた。


「前に澪先輩が、毛利とか藤堂とか戦国無双の家来にいそうなんて言ってたけど…家来じゃないじゃん」


 優海らしいツッコミが入った。


「でもなぜ北海道に?」


「まぁ早い話が、息苦しくなってやな」


 それなりの名家の出には息詰まるものがあるらしい。


「それでたまたま北海道で教師に採用されて、前いた学校が閉校なって、そしたらたまたま募集あったからライ女に来た」


 そこでアイドル部の顧問のなり手がなかったので就任したらしい。



 とりあえず授業は問題なさそうだが、


「車の運転と、日課の運動がなぁ」


 すみれだけが知っている投げ込みである。


「キャッチボールぐらいなら、大丈夫じゃないですか?」


 何気なく雪穂が言った。


「うちのいとこで、中学で野球やってるのいるんですよ」


 相手にどうか、というのである。


「さすがに早い球は投げられんで、バランスとかいろいろあるし」


 清正は笑ってから、


「大人しく教鞭とっとけってことなんかも分からんな」


 どこか達観したような眼差しをした。



 バスが茅ヶ崎の宿舎に到着すると、


「私はこれで帰ります」


 茉莉江はミッションクリアといったような顔つきをした。


「帰っちゃうの?」


 ののかが訊いた。


「だって宿決めてないし」


「うちに泊まれば? だって実家手伝ってるんだし、たまには息抜きしないと…」


 ののかは引き留める。


「…じゃあ、明日まで」


 茉莉江はスマートフォンを取り出し、何やらメッセージを打ち始めた。


 しばらくして、返信が来た。


「先生もいるしって、OK出た」


「良かった」


 ののかははしゃぐように喜んだ。



 翌日。


 ののかと茉莉江は宿舎に来て挨拶を済ませてから、羽田空港へと向かった。


「とりあえず、練習開始だね」


「今日は、自主練習にする」


 唯は優海に伝えた。


 気がかりなことがあったらしい。


 チームが例の清正襲撃事件で変に動揺していないか、という点である。


 が。


 それは結露から言えば杞憂であった。


 いつも厳しいことしか言わない優海が、メンバーが泊まる部屋を一部屋ずつおとずれて、


「これをチャンスにするしかない。それには前向きでいること、そして…みんなで団結すること」


 仲間は信じるもの、と説いて回っていたのである。




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