第8話
目が覚めた。カーテンの隙間から朝日が差し込んでいる。俺は目をこすって起き上がった。部屋の中に……サツキさんはいない。他の部屋にいるのかな。俺が寝ていたソファーの前にテーブルがあって、そこにパンとチーズが置いてあった。これ、俺の朝飯ってことだよな。マジでありがたい。
パンを手に取ったら、お皿の下に5千円札が挟んであるのに気がついた。お札の肖像画が全然知らない人になっているけど、5000という数字は俺の時代と同じだ。このお金……俺にくれるっていう事だよな。あつかましいけどここは素直に拝借させて貰おう。俺にはこの金が必要だ。
―有難うございます。いつか必ずお返しに上がります―
パンとチーズをすばやく食べたあと、俺はメモを残してサツキさんの家を出た。ドアを閉めたら、背後で自動ロックらしき音がカチっと鳴った。見上げると朝日が眩しい。早朝なのにけっこう気温が高い。湿度も高くてムワッとする。洗濯石鹸と焼き鳥の匂いがまじったような、なんとも微妙な匂いがする。スラムの生活の匂いって感じかな……。俺は大きく深呼吸して建物の外階段を降りた。
なんか不思議な体験だったけど、サツキさんのお陰でだいぶ心が落ち着いた。さて、これからどうしよう。また路上生活をするしかないのか。せっかくシャワーを浴びたのに、また薄汚れていくのは嫌だな。お借りした5千円を有効活用して、なんとかならないだろうか。
スラムの路地をあてもなく歩く。道沿いに、屋台や個人商店がたくさんある。ホテルの看板もちらほらと見かける。値段だけ調べるつもりで、俺は小さなホテルに入った。
「すみません、一泊いくらですか?」
カウンターに座っていたおばさんに俺は訊いた。
「普通の部屋が200円。エアコン付きだと500円よ」
「あ、そうですか……。ちょっとお金が足らなかったです。失礼しました」
俺は頭を下げて言った。
「ゴミ山の方へ行ってごらん。もっと安い宿がたくさんあるから」
そう言って、おばさんがゴミ山の方角を教えてくれた。俺はお礼を言ってホテルの外に出る。なるほど、200円より安い宿がゴミ山付近にあるのか。それは少し期待できるな。おばさんに教えてもらった通り、俺はゴミ山を目指して歩く事にした。
それにしても暑い。俺の時代と比べて、気候がだいぶ変わっているのかもしれない。ちょっと経験したことのない日差しと暑さだ。出る汗の量が半端じゃない。たまりかねて俺は水を買うことにした。ノーブランド品の大きなペットボトルで30円。一気に飲み干して、乾いた体に水が染み渡っていく。めちゃくちゃうまい。なるべく金は使いたくないんだけどこれはしょうがない。水を飲まなければ死ぬ。
ゴミ山が遠くに見えてきた。視界の先にうず高いゴミの山が連なっている。けっこう遠くまで脈々と続いている。スゲー。圧倒される。
ゴミ山の周囲に細い道が続いていて、その通り沿いに小さな建物が固まって並んでいる。そこで俺は安宿を見つけた。入り口のところに料金が書いてある。一泊50円で、共同部屋だと30円か。さっきのホテルに比べるとだいぶ安い。しかし共同部屋ってどんな感じだろう。ちょっと怖いけれど、野宿をするよりは絶対にマシだろうな。
その後、俺は安宿をいくつか廻って見たけれど、料金はだいたい同じだった。50円とかならまあ、泊まってもいいかもしれない。安全のためにも路上生活はなるべく避けたい。ただし、まずは金を稼ぐ手段を見つける必要がある。そうしないと、またすぐに野宿に戻ってしまう。
そういえば道案内をしてくれたマイが、ゴミを拾って生計を立てていると言っていた。それを俺も出来るだろうか。やり方が全く分からないから、まずは観察をしてみたい。
折よく、ゴミを山盛りに乗せた台車が目の前を通りかかった。白髪で腰の曲がったお爺さんが、しんどそうにしてその台車を引っ張っている。これ、ゴミを売りに行くところかな? 俺はこのお爺さんの後についていくことにした。
しばらく歩いて、金網に囲まれた町工場のような所についた。屋根にある煙突からモクモクと黒い煙が立ち上っている。入口の脇に巨大な黒板があって、その前に人だかりがしている。みんな、黒板に書かれたチョークの文字に注目している。
☆新宿ジャンクヤード 本日の買取価格
プラスチック 10キロ→30円
ペットボトル 1キロ→10円
ガラス 1キロ→30円
鉄 1キロ→50円
アルミ 1キロ→100円
他金属→高価買取中
☆他、有用品は別途買い取ります
ゴミの買い取り価格だ。なるほど……。と言ってもまだ何も分からない。俺はお爺さんの台車を追って工場の中に入った。
工場の中は真っ暗だ。大きなプレス機のような物がずらっと並んでいて、それらがガッタンガッタンと、物凄い音をたてて動いている。だんだんと目が慣れてきて、あたりを見渡せるようになった。壁も天井も全体的に錆びているような色合いで、年季が入っている。
人だかりがしているところがあって、どうやらここが買い取り場所のようだ。ゴミを持ってきた人が列を作って自分の番を待っている。俺には売るものはないけど、お爺さんの後ろにくっついて列に並んだ。そんなに混んではいないのですぐに順番が来た。
「爺さん、結構稼いだなあ」
従業員と思われる中年の男性が、豪快に笑って言った。
「いや、5日かけてこれっぽっちだよ! 腰は痛いしカカアは文句ばっかり言うし、買い取りは下がってるしよ」
しわがれた声で、不機嫌そうにお爺さんが言った。
お爺さんの愚痴をスルーする感じで、中年男性が台車のゴミをチェックし始めた。小さなスキャナのようなものを台車の隅々にかざしている。
「よし。全部で1090円だな」
「……やり直しだ。もう一度スキャンしてくれ。底の方に金属があるだろ」
お爺さんがでかい声で言った。中年男性が一瞬ムッとして、渋々もう一度スキャンをし始めた。すると、お爺さんが俺の方を振り返ってニヤッと笑った。歯がランダムに抜けていてスゲー不気味な顔だ。
「まったく油断ならんよなぁ? 銅コイルも入ってるのに、知らないふりをしやがって」
お爺さんが舌打ちしながら言った。
「銅は今、いくらで売れますかね?」
俺は知ったかぶりをして訊いてみた。
「キロで200円は行くだろう。需要が増してるからな」
「ゴミ山で銅が拾えるんですか?」
「まあな。正確な出どころはもちろん秘密だけどな」
お爺さんがまた不気味に笑った。
「悪かったなぁ、爺さん。1750円だったよ」
従業員の男性がわざとらしく笑って言った。スゲー悪い顔をしている。こえーなあ。
「油断も隙もありゃしねえ……」
ブツブツ言いながら、お爺さんが現金を受け取った。慣れた感じでその金の勘定をして、台車を引いて歩きはじめた。
「はい、次!」
そう言って従業員の男性が俺の顔をじっと見た。慌てて俺は首を横に振る。本当は少しここで見物をしたかったけれど、ちょっとそんな雰囲気じゃない。今回はこのまま工場の外に出ることにした。
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