過去編

50


 聖オルレリウス歴154X年三ノ月


 西側アルマー王国領の端にある小さな町にて。


 あれから二年、寝る間も惜しみ俺は魔王軍と戦い続けた。おかげで今は戦いというより作業になっている。しかも最近は殺しても殺しても何の感情も沸かないのだ。

 いや、本当はわかっている。心が壊れ始めているのを。


「……これを頼む」


 俺はいつものように魔導具の収納鞄を買取カウンターに置く。すると手慣れた様子で受付嬢が収納鞄を預かり手続きしだした。


「いつもの様に中は大量の魔物で間違いないですね?」

「魔族も一人混じっている」

「……そうですか。では、討伐した数が多いので計算に時間がかかります。報酬の受け渡しはいつも通り後日で良いですね?」

「構わない」

「では、こちらの用紙を明日受付に持ってきて下さい。その時にいつもの様に収納鞄もお返しします」

「わかった」

「それと、アレスさん……。前も言いましたけど冒険者ギルドに来る時はそれはどうにかした方が良いですよ……」

 

 受付嬢が手鏡を出し俺に見せてくる。

 まあ、どうなっているのかはわかるが一応確認する。予想通り顔から爪先までを覆うフルプレートは全て血で汚れていた。


「……悪い」

「これで、五回目です。まあ、綺麗にしてもしばらくするとまた元に戻るんですけど……」

「今度から気をつける」

「期待してますよ」


 そう愛想良く言ってくるが間違いなく受付嬢は怒っているのだろう。こめかみがひくついていたから。だが、その表情はすぐに笑顔に変わった。


「ああ、そうだアレスさん! 今回の依頼でミスリル級になりましたよ。一年という期間で取るなんて凄いですね!」

「ただひたすら斬ってるだけだ」

「その斬ってる数が異常なんですよ! しかも魔族まで討伐してますし……。本来ならもっと上の級を上げても良いんですけど……」


 受付嬢はチラッと視線を向けてくるが俺は軽く首を横に振る。


「加護は言わない」

「頑固ですねえ。種族も何処から来たかも、持ってる加護もわからない。魔導具でも鑑定できないし、アレスさんっていったい何者ですか?」

「何度も言っているがただの冒険者で良いだろう」

「えーー、どうせなら言いましょうよ! ちなみに私はアレスさんの種族はドワーフ辺りだと思ってるんですけどね。どうです?」

「……仕方ないここを出るか。今まで世話になった」


 俺は踵を返しギルドの外に出ようとすると、カウンターを飛び越え受付嬢が俺の前に立ち塞がる。


「ちょっ、ちょっ、ちょっと待って下さい! 冗談ですよ!」


 受付嬢は手揉みしながら必死に作り笑いを浮かべる。おかげで俺は溜め息を吐いてしまった。このやり取りは何度もしているからだ。

 

「……次に冗談を言ったら別の冒険者ギルドに移動する。まあ、あんたはギルド長に言われてやっただけだろうが」

「そ、そうなんですよ! 私だってこんな事言いたくないんですから! とにかくわかりました。この件については二度と言わないようギルド長にきつく言っておきます」

「どうだかな……」

「今度はさすがにあのわからず屋でも聞きますよ。アレスさんの最後通告を受けたんですから」

「だったらしっかり伝えてくれ」


 俺の言葉に受付嬢は何度も頷く。


「はい、必ず伝えておきます……ってなんで私がこんなことを……。本来ならギルド長が自分で言って欲しいですよね! 全くアレスさんが怖くて直接、文句を言えないなんてダサすぎ! もうギルド長なんて向いてないから掃除係でもやれば良いのに……いや、冒険者に戻ってダンジョン潜って稼いで私達に貢げって感じですね! あっ、ダンジョンで事故死で保険金を皆に分けるのも良いかも。あれ、アレスさん聞いてます?」

「聞いてる……」

「それで、最近の使えないギルド長は……」


 その後、受付はギルド長への不満を俺に吐き続け、別の受付嬢に止められるまで喋り続けたのだった。



「やれやれ」


 俺は引きずられていく受付嬢を一瞥した後、依頼が貼られてる掲示板に向かった。


 つまらないものばかりだな。


 魔王軍討伐依頼で埋め尽くされた掲示板を見て俺は溜め息を吐く。だが、仕方ないとも理解はしている。

 今、ネイダール大陸は東西北から魔王軍が攻めてきているからだ。

 俺は自分の手のひらを見つめる。


 あれから二年……。戦いにも慣れてきた。そろそろだろうか?


 そう考えた時、あの光景が蘇る。そして久々に感情が高まるのを感じた。だが、すぐに落ち着いていく。

 また受付嬢が来たからだ。俺が振り向くと受付嬢が一枚の用紙を見せてきた。いわゆる緊急依頼だった。


「要人警護か」

「はい。ニールズという領地の町を治めているラナルカ男爵の養女の護衛で、詳しくは現地で話を聞いてほしいとの事です。ちなみに冒険者ギルドで一番強くて信頼と信用がある方をご指名だっだので……」

「一番強くて信頼と信用があるね……。ここにはアダマンタイト級もいるだろ?」


 俺は離れた場所で依頼書を眺める男に顔を向ける。受付嬢はすぐに首を横に振ってきた。


「残念ながら貴族などへの対応が難しいと。その点、アレスさんは大丈夫でしょう?」


 受付嬢にそう聞かれ俺は最近魔物から助けた貴族を思い出す。


「あれか……」

「はい! ブラール伯爵です」

「別に丁寧に話しはしてないんだがな」

「いえ、対応の仕方はまるで何処かで教養を受けていたんじゃないかと……おっと、これ以上はやめておきます。なのでどうでしょうか?」

「まあ、断る理由はないから良いぞ」

「良かった! では、早速手続きしてきます。あ、その汚れを落としてから行って下さいね」


 受付嬢は笑顔でそう言うと鼻歌を歌いながら戻っていく。機嫌が良いのは断られると思った依頼を俺が引き受けたからだろう。


「やれやれ」


 俺は溜め息を吐く。それから血で汚れたフルプレートの汚れを落としにいくのだった。


 ◇

 

 あれから、俺はラナルカ男爵の屋敷があるマトナの町に向かった。

 

 ここか。


 俺は目の前に建っている屋敷を見て目を細めてしまった。何せ蔦が屋敷の壁をびっしりと覆い庭が森になっていて、今は亡き故郷に似ていたからだ。

 しかし、すぐに頭を振る。余計なことも思い出しそうになったから。俺は自分の頭を叩いた。


「もう忘れろ。お前は死んだんだ……」

 

 そう呟くと門の方に歩いていく。そして門兵に依頼書を見せ屋敷の中に通してもらった。


「遅れてすまない。私がラナルカだ」


 応接室で待っていると、口髭を生やした壮年のエルフの男が入ってきてそう言ってきた。俺は首を横に振る。


「問題ない。俺の名はアレス。冒険者ゆえ言葉使いは許してほしい」


 するとラナルカは目を細め首を横に振る。


「気にしないでいいアレス殿。では、早速本題に入ろう。依頼書に書かれている通り、養女である娘のアーリエの護衛をしてほしい。期間は最長で七日間だ」

「問題ないが、何から守れば良いんだ?」

「説明するが、その前に話しておきたい事がある。現在、この西側は魔王軍に進行されて危険なのはわかってるね?」

「ああ。魔王軍の数が多く町や村が滅んでる。なるほど、ここもそうなのか」

「正解だ。しかも近くにダンジョンまで現れてしまってね……。だから、苦渋の決断をし、マトナを放棄する事にした」

「大変だな。それで住民は?」

「南側の親戚が治める領土に住まわせてもらえる事になっている。それにもう住民の大半は移動し終えているんだ。後は明日の最終便で残りの住民が移動したら、私達もここを出ようと思っている。そこでアレス殿にはニールズ領を出るまでアーリエの乗る馬車の護衛を頼みたいんだ」

「それは問題ないが別に全員を護衛しても良いんだぞ?」

「いやあ、アーリエだけを指定したのには理由があってね……」


 ラナルカがそう言った後、突然屋敷の入り口付近が騒しくなった。


「なんだ?」


 俺がそう聞くとラナルカは溜め息を吐いた。


「……また来たのか。だが、丁度いい。アレス殿、一緒に来てくれ」

「ああ……」


 俺は頷くとラナルカの後に続き応接室を出る。そして屋敷の入り口に向かったのだが思わずラナルカに顔を向けてしまう。

 なにせ入り口では派手な格好をした男を中に入れないよう、執事や侍女が必死に壁を作っていたから。


「あいつは誰だ?」

「……多分、名乗ってくれますよ」


 ラナルカがそう答えた直後、男が怒鳴りだす。


「貴様ら、俺様はこのニールズ領を治めるニールズ王国王太子のクズマだぞ! さっさとアーリエを出せと言っているんだ!」

「申し訳ございませんが、ただいまお嬢様は体調が悪く休まれております」

「体調が悪いならなおさら見舞いをしてやると言っているんだ! もういい役立たずどもめ! おい、行くぞ!」


 クズマと名乗った男は執事と侍女を押し除け屋敷に入ってくる。更に外にいた騎士二人も屋敷に入ってきた。

 するとラナルカは慌ててクズマの方に走っていき道を塞ぐ。


「王太子殿下。アーリエは療養中です。それに未婚の娘の部屋に男が入るなど変な噂が立ってしまうのでやめて頂きたい」

「ふざけるな! 俺様はあいつの婚約者だぞ! 問題ないだろ!」

「何度も言いましたが、婚約など結んでいません。勘違いされても困ります」

「うるさい! 俺様が決めたんだから婚約してんだよ!」

「王太子殿下……婚約というのはそういう事ではできないのです」

「黙れ! 俺様とアーリエが良いって言ってるなら良いんだよ! さっさとアーリエを出せ‼︎」


 クズマは唾を飛ばしながらラナルカに詰め寄る。だが、ラナルカは全く怯む様子もなく、冷たい目でクズマを見つめていた。

 俺はやり取りを見て状況を理解する。護衛する理由は娘を魔物から守るわけじゃなくバカ者から守るためであると。

 だから、早速仕事を始めるため、俺はラナルカとクズマの間に入ることにした。

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