第25話 冬眠

「アンタが乙姫?1700年前からココに住んでるって、アンタ何歳よ?!まさかタイムトラベラー?」


「そうです。但し一方通行のタイムトラベルです」


「一方通行?」


冬眠ハイパースリープ。わたくしは自分の意思で、カエルの冬眠のように身体を仮死状態にする事が可能です。つまり1700年間、この竜宮城わだつみのみやで寝ていました。残念ながら元の時代には、戻る事が出来ないタイムトラベラーです」


「アンタの超能力って予知能力じゃなかったの?」


「実はわたくし、複数の超能力が使えます。予知能力もその一つです。子供の頃のわたくしは、何度か貴女と目を合わせてますね」


「ん?目を合わせる?……あッ、そッ、かッ!あのオンサラマニョの側に居た少年だわぁ!!」


 ジュエリは夢の少年を思い出した。

 確かに目を見開いた時の谷口に面影がある。

 だけど……


「ウッソッ!でも、あの少年は凄く背が低かったわよ。あの時何歳よ?」


「7歳位だと思います。8歳で冬眠に入り、途中何度か起こされましたが、今から16年前に目覚めました。それから施設で育ててもらったわけです。現代の食事が良かったんですかね、急激に身長が伸びましたよ。実は冬眠後、最初に口にしたのがプリンなんです。やはりプリンには何か有るのかも知れませんね」


 谷口は冗談とも本気とも取れるような口調で言った。


「クッソッ!もっとアンタの過去を覗いておくべきだったわぁ。謎解きがもっと早く出来たのにー」


「そうですね。まあ、どちらにしろ貴女が竜宮城ここに来る未来は、変えられ無かったのでしょうが」


「詳しく説明してくれる」


「分かりました。順を追って説明します。長く成りますが聞いて下さい。遠い昔、わたくしが産まれる前、わたくしの両親は今の島根県、出雲の国に住んでいました――」



 ――谷口タニグクの両親は、出雲国に住むワダツミ族だった。

 当時、出雲国は周辺国の中では一番栄えていた。

 長年平和に暮していだが、ある日カシマ軍と呼ばれる騎馬隊が出雲国に現れる。

 両親は馬を見た事がなく、鹿に乗った軍だと思ったそうだ。

 カシマ軍は出雲国の王に、国の支配権を明け渡すように迫る。

 出雲国の王は拒否し、長く交戦するが、馬の機動力には勝てず、やがて降伏する。

 支配権を明け渡した王は、谷口の両親らと共に越国に渡ることにした。

 当時、出雲国と越国は同盟国のような間柄だったのだ。

 ここで両親は、越国である少女と仲良くなる。

 その少女とは後に再会する事に成るが、両親と元出雲国の王は越国を離れ、姫川を伝って信濃国のワダツミ族が住む地に行く事にした。

 王はそこに定住する事になるが、それを喜ばない者も居た。

 実はカシマ軍を率いていた後のヤマト王朝は、既に周辺国と手を結んでおり、ワダツミ族の中にもヤマト王朝を支持する者が多数居たからだ。

 いざこざが有った末、谷口の両親は信濃国を離れ、隣の毛野国に移ることになる。

 毛野国は当時まだ国と呼べるほどの纏まりはなく、僅かなワダツミ族や山の民の集落が点在するだけの寂れた地域だった。

 田畑は常に水不足に困っていることが多く、両親が移住した地もそんな場所だった。

 食料確保も大変な時期に、谷口は産まれる。

 谷口は何故か幼い頃から不思議な力が使えた。

 だが、栄養不足からか身体が小さく、その見た目と不思議な能力の為、周りの民には気味悪がれて迫害されていた。

 そこに救世主が現れる。

 それは両親が越国で出会った少女だった。

 彼女は自分と同じように不思議な力が使える谷口を、弟のように可愛がった。

 そして彼女は幼いながらもリーダーシップを発揮し、バラバラだった集落を纏めだす。

 実は彼女は越国の女王後継者だったが、その地位を捨て、毛野国を栄えさせる為に谷口の両親を追ってやって来たのだ――



「――その御方の名は【クロホヒメ】。こしの女王と言われたヌナカワヒメの血を継ぐ御方で、ワダツミの宝の相続者です」


「それがオンサラマニョ?」


「その名前の経由は分かりませんが、おそらくクロホヒメの事でしょう。【クロホ】は山にかかる雨雲を意味します。あの御方はその名の通り、雲を操る事が出来ました」


「そうか!僕達は霧の結界って言ってたけど、正確には雲の結界だったんだ」


「雲の中には昔からおかみが住むと言われています。まさに、あの御方の力は龍神の力です。わたくし達は敬意を表し、あの御方をオカミと呼んでいました――」



 ――クロホヒメはその神通力で雲を操り、毛野国に大量の雨を降らせた。

 溜池が寂れた土地を潤す。

 田畑は実りを増し、集落は活気に満ちていく。

 やがて集落はクロホヒメを首長とし、国として成り立つ。

 谷口は幼いながらも、両親と共にクロホヒメの右腕となり、民衆に慕われだした。

 他国の盗賊集団が攻めて来た事も有ったが、クロホヒメは雲の力で難なく蹴散らした。

 毛野国はどんどん栄えていったのだが――



「――まあ、そんなに全てが上手くいった訳ではありません。なにせ経験不足の幼い者が首長をしていますから、失敗も多かったです。溜池を作り過ぎ、トンボが大量発生したりとか……ジュリヤ君。今ではトンボが減り過ぎて考えられないでしゅうが、トンボが多過ぎたら、どうなると思います?」


「そうですね……トンボは害虫を食べてくれる益虫ですが、幼虫のヤゴが水生生物を食べるから、水の中の生態系が変わってくるかもしれません」


「流石です。アキツは元来、田んぼを守ってくれる大切な神様です。豊かな自然の象徴です。ですが、何事も過ぎるは良くない。増え過ぎて、他の生物に影響が出て来ました。実はあの氷の雨は、トンボを間引きする為にオカミが使っていた術です。落ちたトンボが勿体ないから、生で食べたこと有りますが、正直美味しくなかったです。おすすめ致しません」


「グッロッ!!言われなくても食べないわよ!それでッ?どうして、あんな脅しを使ってまで、あなた達は宝を隠したの?」


「わたしくしが見た、未来の為です――」



 ――谷口の見たものは、やがて毛野国も越国もヤマト王朝に下る未来だった。

 未来は変わる事も有るが、それはとても困難である。

 反ヤマトである一部のワダツミ族や北の地方豪族は、交戦する気でいたが勝てる未来は全く見えない。

 クロホヒメは谷口達と話し合う。

 このままだと、ヤマト王朝側にワダツミの宝は渡ってしまう。

 そうなればヤマト軍は鉄を求めて大陸を攻めるつもりだから、宝は軍資金に使われるだろう。

 だが、仮に宝を反ヤマト側に渡しても、結局軍資金にされ、いたずらにヤマト軍との戦いを引き伸ばすだけである。

 戦いが長引けば、弱い人達から影響が出てくる。

 クロホヒメは首長の立場から結論を出した。


「宝はどちらにも渡せない。誰も手が出せない所に隠そう」


 クロホヒメと谷口、そして数名の呪術者だけでワダツミの宝は人知れず赤城山の地下の竜宮城わだつみのみやへと隠された。

 そして宝の番を谷口は命じられる。


「この宝はいくさの為に使われないようにしてほしい。世が穏やかになった時、未来ゆくすえの人々を救う為に使ってくれ」


 谷口は宝を託され、長い眠りに入る事を決意する。

 だが、問題が発生する――



「――この宝の存在を探る者か現れます。その者が、やがて竜宮城ここに辿り着く未来が見えました。ですが、わたくしの能力ではどんな素性の人物で、宝をどう扱う気かも分からなかったのです」


「うん、うん。それで?ソイツの素性は分かったの?」


「いや、ねーチャンだよ」


「えっ?!私?!」


「そうです。それでわたくしは、予定より早く16年前に目覚める事にしたのです。貴女と会う為に。眠りの途中、何度か御客様がこの竜宮城わだつみのみやに来られましたが、それはあくまでも偶然で、この宝の存在を知って来られたのは貴女だけです」


「お客様って、赤城三姉妹や赤堀道元の娘のこと?」


「ハイ。名前や時期に多少違いはみられますが。因みに三姉妹の次女を助けられたのは、クロホヒメでは無く、長女の方です。長女の方は偶然この竜宮城わだつみのみやに入られたのですが、傷を負われた状態だったので、わたくしが手当てしました。刀傷が癒えないまま『妹達を助けてくる』と言って出て行かれ、妹達を連れて戻って来られましたよ。三人とも凄い神通力の持ち主で、度々ここに訪れておられました。その後、姉妹揃って立派な神様に成られたみたいですね」


 谷口は嬉しそうに語った。

 そして高杯土器の近くまで歩き、大きな勾玉を一つ手にした。


「万物に魂が宿るという考えは、『この世界の物は全て自分と同じように生きてるので、お互いを尊重し、共存して生きましょう』という思いです。勾玉の形は、そんな万物の魂や命、宇宙を表しています。この教えは他人への愛や、思いやりにも繋がります。ワダツミ族はそれを各地に伝えました。日本人の思いやりの心は、今も引き継がれています」


「そんな宗教くさい話、どうでもいいわぁ。それより、どうしてアナタは親や時代と離れてまで、この宝の番をしなければ成らなかったのよ?ただ隠すだけじゃ駄目だったの?」


「谷口さん。さっき『予定より早く』って、言われましたよね?それって、この宝が必要な時期があり、それまで誰かの手に渡ってはいけないって事ですか?」


「ハイ。近い将来、日本は過去最大の危機にさらされます」


「えっ!?それって、今までの戦争や災害よりも上って事ですか?」


「そうです。ただ、わたくしの未来予知はジュエリさんみたいなリモートコントロールが出来ない為、その危機の原因や内容がはっきり掴めていないのです。ですが、間違いなく日本は経済的大打撃をくらい、国自体が滅ぶやも知れません」


「えええぇぇぇええッ!?それって何が起こるんですかッ?!近い将来って何時いつなんです?!」


「今は言えません。万が一漏れて、対応策が失敗するといけませんから。ジュリヤ君も今の話は必ず御内密に」


 谷口は勾玉を元の位置に戻し、改めてジュエリに向き合った。


「貴女と早く会う為に、PSIGメンに成りました。その方が超能力者の情報が早く入ると思ったからです。貴女に会い、貴女が戦争に加担するような人物なら、竜宮城ここに来るのを全力で阻止するつもりでしたが、優しい人で安心しました。ジュエリさん!改めてお願いします。わたくし達の仲間に成って下さい。そして、日本の未来を一緒に救って下さい」


「……オンサラマニョは、未来が自分達の時代よりも良く成ると思って、宝を谷口と一緒に託したのね。オンサラマニョはその後どう成ったの?アナタが冬眠に入った後も、毛野国で暮らしたの?」


「分かりません。クロホヒメに関する文献を探しましたが、残ってませんでした」


「そう……分かったわぁ。アナタと仲間に成るわぁ。よろしくね、谷口」


「ありがとうございます。ジュエリさん!」


「だから、一緒に日本を脱出しましょう。この宝を持って」


「ジュエリさん?……」

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