「シエルという名の」
「わぁっ――素敵なお祭りですね!」
「祭りではねぇんだよ。いつもの商店街なんだよ」
「こんなに賑やかなのに祭りではないのですか! 驚きです……!」
――ヨハネが部屋を訪れてからしばらく後、ウロノスの姿はなぜか村の中にあった。
加えて、その隣ではしゃいているのはユハビィではなく、今日初めてこのシマに流れ着いたという女性――シエルという名の、素朴な感じの、でも少しだけ育ちの良さそうな雰囲気の、ありふれた村娘だった。
ヨハネが連れてきたという前提さえなければ…………。
(何だ、この女。不自然なくらい隙だらけで、逆に人間なのかが疑わしく思えるくらい人間らし過ぎる……)
――ユハビィとの談話中、突如として現れたヨハネが「紹介したい」と言って連れてきたのが、このシエルという女だった。まだ幼気はあり少女と言ってもいいのかも知れないし、それでもユハビィより頭一つ背が高くてお姉さんみはあるのでそれはむしろ失礼だろうかと思わなくもない、そんな感じの可愛らしい、女だった。
血の匂いがしないのに。
死の匂いがした。
……ウロノスの直感は、外れたことはない。
『誰かがこのシマに新たな駒を置いた。誰が何のために、そんなことをしたのかは僕でさえ分からない。それは既にゲームを降りたはずの女王かも知れないし、別の誰かかも知れない。僕の駒である君には、だから念のため伝えておこうと思ってね』
『てめぇの駒になった覚えはねぇよ』
『君はそれでいいんだよ。僕に従わないのが君の役割だからね。主に忠実なだけの駒なんて、退屈で見ていられない。壊してしまいたくなる。ふふ……まぁ、とにかく、決定権は君に預けておくよ。シエルをどう扱うかは、君が好きに選びたまえ』
『…………』
――……。
呪神たちはたまに、この世界をゲーム、或いはゲーム盤だという。
誰かが、登場人物という駒を並べて、遊んでいるというのだ。
それが本当ならば、好き勝手してくれやがって、と思いもするが。反面、割とどうでもいいと思っている自分もいた。
ニンゲンには届き得ぬ神の領域。ここより遥か上層、俯瞰する者たちの世界。仮にそんなものが実在するとして――それすら、その全容すらも、ならば誰かのゲームではないといったい誰に保証できるのか。偉そうに上から目線で、実際にたぶん上から見ているであろうヨハネさえも、そのさらに上の誰かが置いた駒に過ぎない。そしてその誰かもまた、さらに上の誰かの駒だ。終わりなどなく。限りなどなく。終着などなく。ヒトとバケモノが折り重なって、世界は形作られる。まさしく無限に続いた入れ子構造。誰もがその、どこかの段階に存在し、その世界を生きているのだ。上も下もない。それぞれの領域で、今を懸命に生きていけばそれで良いのである。
シエルはきっとヨハネの言う通り、上層の世界の誰かが、自分の都合によって置いた駒だ。
このシマには古今東西様々なモノが流れ着くが、だからと言って無秩序になんでもかんでも流れてくるということはなく、そこには一定のルールや常識が存在する。
たとえば海賊に襲われた客船が沖で難破し、その生存者が命からがら漂着するだとか。
たとえば罪を犯したニンゲンが、法の裁きから逃れるために飛び込んでくるだとか。
たとえば外の世界で居場所をなくしたバケモノが、最後の楽園を求めて訪れるだとか。
たとえば閉ざされた神秘の孤島の謎を解き明かすべく、大国から派遣されてくるだとか――。
それぞれがそれぞれに、それなりの使命や葛藤を抱えながら、そこそこの運命に翻弄されながら、ぞろぞろと流れ着いてくるのである。
このような小綺麗な娘がたった一人で流れ着く奇跡など絶対にない。
だから……外の誰かが、置いたのだ。この世界のルールに干渉し、強引に。
(斬りたかねぇよなぁ……人間はよ)
シエルがもし、悪意ある存在ならば……。
ウロノスは村を守るために、彼女を斬らねばならないだろう。
このシマに流れ着く並大抵の悪人どもは、ウグメを筆頭にあまりにも強大過ぎるシマのルールとじかに触れ合うことで身の程を理解し、今日という日を生きていられることに感謝の祈りを捧げながら、慎ましやかに生きていくことになる。
しかし神によって置かれた、ニンゲンの領分を逸脱する駒が呪神の実力を目の当たりにしたところで、揺らぐことはないだろう。それが悪意ある存在だったならば最後には必ず、敵として相対することになるはずだ……そうなる前に、斬ることが、ヨハネが暗に示したウロノスの役割である。
そしてヨハネはそれに期待するのと同じくらい、ウロノスが役割を果たさないことに期待している。ただ指示に従うだけの退屈な駒など、必要ない。盤面に置いた駒が自身の思惑を離れ、勝手に動き出すことを――彼は何よりも期待しているのだから。
「ん? っていうか妙に騒がしいな」
――シエルが、お祭りだと勘違いするのも不思議ではなかった。
商店街に活気があるのは割といつものことだが、今日は妙に騒がしい――というか、何か騒がしいものが近づいてくる、という感じだ。
「――死ねッ、死ね死ね死ね死ねッ、死ねぇぇぇええええッッ!!!!」
「ぎゃぁぁぁあぁっぁあああああッッ、待て待て待て待てッ、事故だ馬鹿野郎ッ、誰がおまえみたいな目つきのやべぇ女に手ぇ出すかよッッ!」
「はッ……!? はぁあぁぁぁぁぁぁああああああああああッッッ!?!? 何よそれ信じらんないッ、誰がやべぇ女よふざけんなぶっ殺すッ、逃げんなクソ馬鹿モミアゲ男ーーーッッ!!!」
「お、おぉ……ステキナオマツリダナ…………」
「いつもの商店街ではなかったので?」
――人垣の向こうから、激しい金属音と共に男女の叫び声が近づいてくる。出歩いている村人たちは笑いながらそれを見守っているが、どう控えめに見てもド修羅場だし、放っておいたら死人が出る。ウロノスの直感は、基本的に外れないのだ……。
「ありゃうちの
「あははは、痴情のもつれですかね。怖いですねー」
「笑い事じゃねぇんだわ。あの馬鹿本気でキレてやがる。ちょっと止めてくらぁ……」
「え? 大丈夫なんですか村長さん。あの二人だいぶ強そうですけど?」
「そう見えたか。安心したよ」
ウロノスはそう告げて歩き出す。
あの二人が強そうに見える程度なら、仮にシエルが敵であったとしても、大した脅威ではないからだ。……もっともどこまで本気でそう言っていたのかは、まだ分からないが。
――と。
「あッ、危ない! あんなところにネコチャンがッッ!!!!!」
「「ッッ!?!?!」」
まるで強大なシマモノと対峙するかの如く激しいぶつかり合いを演じていたアディスとイルフェの近くに、通りかかる一匹のネコチャン――しかも、子連れだ。このままでは二人の戦いに巻き込まれて大惨事となってしまう――!
だというのにさらに運悪く、二人の戦いの衝撃によって積み上げられていた復旧用の資材が突如として崩れ出し、かわいいネコチャンたちへと襲い掛かる――!!
いや。資材の山の一つが、村人にも襲いかかっていた。
そして誰もそのことに気付いていない。今まさに自分の頭が、大きな角材で砕かれようとしている八百屋のおばちゃん自身さえも気付いていない――ただ一人、ウロノスを除いてはッ……!!
(……チッ……これは無理だ、完全に詰みやがった)
二人を阻止するべく地面を蹴ってしまったウロノスの体は既に空中にあり、さしものプラチナ級のバケモノとて、ここから八百屋のおばちゃんを救出する方法は、その腰の刀をぶん投げて、落ちてくる角材ごと壁に打ち付けてしまうことのみである。
おばちゃんはそれで救われよう、しかし、ああ、無常にも可愛らしい、愛くるしい、ネコチャンたちの家族の命運は――――――――
誰もが倒壊した瓦礫の音を聞き、その土煙の向こうに、悲惨なバッドエンドを想起した。
そんな…
ネコチャン……
ある者は膝から崩れ落ち、またある者は嗚咽を漏らす。
「あいたたた……えへへ、大丈夫ですか、ネコチャンさん……?」
――しかし!
土煙が晴れた時、そこには元気に駆け回るネコチャンの子どもたちと、そして見知らぬ空色の髪の乙女に抱きかかえられた親ネコチャンのジタバタと暴れる姿だった……!
親ネコチャンはこの日の出来事を後にこう語っている。
『奇跡としか言いようがありません。シエルさんに救ってもらったこの命、大事にしていきたいと思います』
今では三匹の子ネコチャンたちも立派に成長し、それぞれ一人前のネコチャンとして自立する日も近いという――
常識では考えられない奇跡のような出来事。あなたの身に起こるのは、明日かも知れない――
「うぐぅっ……ごふっ」
「馬鹿なナレーション入れてる場合かッ、死ぬぞてめぇ!!」
「あ、村長さん……えへへ……体が勝手に動きました……。ネコチャンたちは、……無事でしたか……?」
「シエル……ッ、てめぇもう、眼が……!!」
「あぁ……短い間でしたが、……お世話になりました……。私は、……ここまで、……みたい……です……………がくっ」
「し、……シエルーーーーーーーーーーーーーッッッ」
こうしてネコチャンの身代わりに自らの背中と頭で角材の全てを受け止めたシエルはヒトツメ病院に運び込まれ、懸命の蘇生措置も虚しく安らかな眠りにつき、五分ほど経ってから普通に目を覚まして無事に退院することとなったのであった。
「ただの
「だいぶ含みを感じる言い方をされた気がするんだが気のせいかリシャーダ?」
退院後、ネコチャンを救った英雄として村人たちに受け入れられたシエルであった。
ちなみに騒ぎの元凶となったイルフェは減給。アディスはゲッツ団畑での強制労働の刑が下された。いったい二人の間に何があったのかは定かではないが、しばらく反省してて欲しいと切に願うウロノスなのであった。
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