「千年前の英雄」

「――へぇー、やるじゃねぇか。見るからに寄せ集めのメンバーでそいつを倒すなんてな」

「寄せ集めは余計だ……」


 ――呑気な顔で、茂みを掻き分けてやってきた見知らぬ男に、ケンゴは悪態をつきながら座り込んだ。

 今まさに、たった一匹の獅子型シマモノを討伐するという激戦を終えたばかりである。

 もはやこの男が誰なのかも、そして恐らくは戦いの途中からずっと隠れて見ていたであろうことに対しても、ツッコむ気力など残ってはいなかった。


「いやいや、ちゃんと褒めてんだぜ? なんせ俺でもちょっと集中するレベルのバケモンだったからな」

「ハハハ皮肉にしか聞こえねー。まさか単騎で撃破したのか? バケモンはてめぇだ、バーカ」


 軽口をたたき合っていると、再び揺れる獣道。

 次に飛び出してきたのはついさっき別れたばかりの猫っぽい少女だった。


「ケンゴ! 大丈夫ですにゃ!?」

「おー、猫っ子。無事だったか。で、この強そうで偉そうなお方はどこのどいつ様だ?」

の船長ですにゃ。戦力として申し分無しですにゃ。役立つと思って連れてきたですにゃ、ふんす!」

「何でおまえまで偉そうなのかね……。あぁ、っつーことはつまりゼンカのお知り合いの。なるほどね」


 話だけはゼンカから聞いていたので、納得する。

 確かにどうやら、風評に違わぬ実力の持ち主であるらしい。プラチナ級に並べても決して劣らないというゼンカの言葉は話半分に聞いていたが、あの獅子型シマモノを単騎で倒したともなれば、案外それは本当なのかも知れなかった。


「――悠長に雑談してる場合でもないだろ。ケンゴとか言ったか。おまえらはこれからどうするつもりだ?」

「フェルエルの加勢に行くつもり、だったんだけどなぁ……」


 言いつつ、ちらりと視線を向けた先には、獅子型との戦闘で大打撃を受けたセイバーの死屍累々な惨状が広がっている。既に何人か、ヒトツメ病院の加護の力によって離脱した者さえいる始末だ。こんなざまでフェルエルの援護をするなど、笑い話にもなっていない。


「……予定変更だ。森林区を離れて村に戻る」

「そうか。クールだな」

ってやつだよ」


 ――適材適所。

 自分たちの実力では、今ここで、この先の地で起こっている戦いの助けにはなれない。

 だから代わりに、アディスが先へ進むべきだと、と――暗にケンゴは告げた。


「……そうか。


 彼のセイバーとしての矜持を汲み、アディスもまた多くは言葉にしない。その一言に全てを込めて、さらなる森林区の奥へと目を向けるのであった。

 しかし、かくしてケンゴ一行は加勢先をフェルエルから村へと切り替えやどりと共に撤退し、代わりにアディス一家が進軍するという形で話がまとまったかに見えた、その時である。


「――む。ライトニング・サンダー氏と……誰だ貴様は。新手か?」

「いやいや最近流れ着いたっていう船の人ですよミカゲさん……」

「全く知らんなぁ――……若者の流行り廃りについていくのはどうにも老体に堪えるものだそうは思わないかねやれやれ……」


 一同の前にさらに追加で現れたのは、という、あまりにも異色の組み合わせであった。



 *



「あはは。これは酷い」


 白い毛玉の姿をした呪神、ヨハネは上空を漂いながら村の様子を見下ろしていた。

 アイネが『極みの雷ヘキサボルテックス』で殲滅したエリアは、その余波で変わり果てた地形を巧みに利用するイーベルとゴショガワラがたった二人でシマモノの侵入を抑え込んでいる。

 大した実力者だ。当面は問題ないだろう。しかし。

 一方でセイバーズ戦闘員が分散して守るエリアは、次第に雪崩込んでくるシマモノの物量に飲まれつつある。

 今は数名のゴールド級が筆頭となり辛うじて持ちこたえているが、終わりの見えない長期戦は否応なく精神を削るものだ。いくつかの防衛ラインは、遠くないうちに崩壊するだろう。もはや村を傷一つなく守ることは、不可能なことだった。


「それでも僕は手を貸さないよ。これは僕の管轄外だからね」


 呪神たちの基本的なスタンスは、

 シマ及びそれを取り巻く環境をただ囲み、閉じ込めて、観測するだけ。

 その果てにどんな結末が待ち受けていようとも、それがシマの願いであるならば全てを許し、全てを認め、全てを享受するのみである。

 

 だからヨハネには、人間を手助けしてやる義理も義務も、ないのだ。


「……それにしても流石は創世神器だ。力の余波がここまで響いてくる。これだけ派手に暴れられたら――眠っていたあいつが、目を覚ましてしまうかも知れないね」


 遥かな高みからまるで他人事のように。

 ヨハネはケラケラと笑いながら、雲間にその姿を溶け込ませていく。


「フフフ。せいぜいキミだけは死ぬなよウロノス。これでも一応、キミとお茶を飲み交わす時間は楽しいと思っているんだからね」



 もっともそれが不可能ならば。

 それはそれ、というだけのことだ。





 *



「あぁもう鬱陶しいッッ、なんなんだこの状況はッ!!」


 海上にはフェルエルの、珍しい怒声が響いていた。

 一刻も早く森林区に戻らなければならない彼女の行く手を遮るのは、無数の海産物シマモノだった。主にカニやエビのような甲殻類型で、先日村を襲撃してきたシマモノと同じ種類である。

 個々の実力だけを見ればフェルエルが圧倒的だが、何分その海産物たちの厄介なところは途方もない数の多さだ。人類の想像を遥かに超えた物量は個の実力差を帳消しにし、フェルエルを少しも海岸へ近寄らせないことに成功していた。


 ――主に魚類や海洋哺乳類型のシマモノを除けば、海底で生まれる海産物シマモノが人前に姿を見せることはない。なぜなら海中には呪神メロウの管理する結界があり、そこに穴でも空いていない限り(※先日は空いてたらしい)、甲殻類型のシマモノが浮上してくることはありえないはずなのである。

 また穴が空いたというのか。

 イルフェの報告では、とりあえず問題ないらしい、とのことだったが……。


(急いで戻るっていうか……この大量の海産物を引き連れて戻る方が余計に駄目な気がする……!?)


 倒れた塔の根本に出現した未知の敵。

 海底から無限湧きする海産物。

 相反する目標が、両天秤で釣り合ってしまう。

 体は一つしかない。この状況を打開するには、どうしても手数が足りなかった。



(海産物っ……! メロウが結界を張り直したんじゃなかったのか! これだから呪神は信用ならな――)



 ……そんな彼女に。

 海中から音もなく忍び寄る影が、一つ…………。







 ゼンカは、まだ生きていた。

 幾度となく致命的な攻撃を受けながら、その都度彼は死に損なって、未知なるヒト型シマモノの前に立ち塞がっていた。

 ここを離れてキリムのところへ戻れという彼の命令を、彼に不死の力を与えているナインルートが拒否していなければ、こうはならなかっただろう。


 しかしその力は、ゼンカ自身の寿命を湯水の如く消費する。

 普通に生きていれば、あと数十年は生命活動を行えるだけの莫大な命の力。それが贅沢に惜しみなく消耗されていく。

 命のリミットは、目の前に迫っていた。


「だいぶ死に慣れたわくそったれ……」

「ご安心を。残存生命力量から見て、次で最期になるでしょう」

「ハハハやっとこの地獄から解放されんのか。嬉しくて涙が出らぁ……」


 さっさと死んで楽になりたい気持ちはだいぶ強かったが、自分が死んだらキリムが悲しむかも知れない。そう思えばあと1秒くらいなら頑張れる気がして、その1秒を無限に繰り返して今に至る。もはや乾いた笑いしか出ない。

 次で最期だなんて、何度思ったことだろう。

 むしろどうしてまだ死なないのかが自分でも不思議だった。

 どうやら生命力の消費効率というものは、存外、気合や根性で変動する不確かな概念であるらしい。


(どうあがいても勝てねー。ダラダラ時間稼ぎしてりゃワンチャン何かが起きるかもって思ったが……いよいよ年貢の納め時だな……)


 自分の実力では、この敵を倒す方法が無い。

 どうしようもなく詰んでいる。

 もっともそんなことは一回目に死んだ時点で理解していた。

 それでも、ここでダイスを振り続けていれば、例えば偶然ウロノスが通りがかる奇跡の目が出ることもあるかも知れないと思ったから、だらだらと負け戦を続けていたのだ。あまりにもか細い勝ち筋が、まだ切れてはいないと信じたのだ。


 何度腕を消し飛ばされただろうか。何度、上半身と下半身が泣き別れただろうか。それでも尚、自ら死地に飛び込んで。そんな奇跡の目を待ち続けた。


 だってこんなモノを村に行かせたら誰も生き残れはしない。


 村には孤児院がある。

 そこにいる子供たちは、血の繋がりはなくてもゼンカとキリムにとって大事な家族だ。

 こんな先の見えない絶望の孤島に限らず、子供は宝。いいや、宝以上。未来そのもの。絶対に誰も、死なせはしない。理不尽に奪わせなど、決して……たとえ神がそれを望もうとも、それだけは絶対に、許せなかった。


 この1秒だ。

 この1秒が、奇跡に繋がる。

 そう信じて、ゼンカは残された力の、本当に全てを、振り絞った。


「ぉぉぉぉぉおぉおおおおおおおおおおッッッ!!!!!」


 最期の命を燃え上がらせた渾身の突撃。

 フル出力の魔剣精製リヴァーシェに宿る破壊力は、並のシマモノであれば呪殻の防御力すら薄氷同然に粉砕する程の――

 だからだろうか。それを目の当たりにしたヒト型シマモノの、真っ赤な口腔内のシルエットは――不気味な三日月型を描き………………、



『あ、死んだな、これは』


『あぁ、死にましたね、これは。……全く、我が主の命とはいえ最期を共にするのがこの男とは最悪の極みです』


『だからキリムのとこに帰れっつったじゃねーか。今からでも遅くねぇだろ。さっさと俺の体から出てけバカ狐』



 共有する心の中で。

 しかし九尾の不死鳥、ナインルートは顔を背けたまま、答えた。



『……私にだって。あの孤児院を守りたいと思う心くらい、あるんですよ』








 ヒト型シマモノの反撃は、完全なるクロスカウンター。

 先手を取ったはずのゼンカの攻撃範囲を華麗に回避し、突っ込んでくるゼンカ自身の力をも上乗せした、あまりにも見事な迎撃。

 そんなものが直撃したなら、ニンゲンの首から上なんて簡単に消し飛んでしまう。今度こそ再生もしない。死んだ。終わった。さよなら世界――二人はそれぞれ心の中で、現世に別れの言葉を告げた。



『――その人に触れるな。殺すぞ』



 刹那。

 ゼンカとナインルート、ヒト型シマモノは衝突の瞬間、を耳にした。

 ヒトの言葉では、ない。

 魔力による、魂に直接響く声だった。


 より正確にいえば、

 わずか1秒に千の言葉を刻み込む、異次元の情報量――それを相手の脳内に直接叩き込むである。

 呪神の用いる言語体系に酷似――或いは同質の。

 空気の振動とは異なる意識の伝達が、声の主の意図を強制的に理解わからせる。


 そんな今まで体験したことのない不気味な感触が、彼らの背筋を凍りつかせた。まるで視えてはいけないものが視え、聞こえてはならないものが聞こえてしまったかのように――


 それでもゼンカには、今更モーションを変更する余力などない。

 だからその意思こえに反応することが出来たのは、ヒト型のシマモノのみ。

 触れたら殺すという警告が、果たして誰のどの立場からの発言であるのかは定かではない。しかし声の主に心当たりがない以上、敵であると考えて行動すべきである。ヒト型シマモノはそう判断した。


 恐らく、ゼンカの方から突っ込んできた不可抗力であろうとも、触れることは許されない。その可能性を考慮して一度体勢を立て直すべき――ヒト型シマモノは瞬時に身を翻し、ほぼほぼ確定していた動作を強引に修正、衝突回避を選択してみせる。

 人並み外れたなどという形容では到底足りることのない、理解不能の挙動。それだけでもこのシマモノがどれほどに強かったのかが、わかろうというものだ。なのに。


 結果として渾身の一撃を空振りすることとなったゼンカが、前のめりに吹っ飛んでいく、その背中を目で追った一瞬――


 ヒト型シマモノの視界に差し込まれたのは、一筋の閃光。

 魔素を帯びた刀身の、黄金色の煌めきだった。


 そして眩い輝きの中に刻まれる斬撃が、一閃、二閃――

 恐るべき速度と精度から繰り出される無数の帯となって精密に、的確に、ヒト型シマモノの急所を切り刻む。

 妖しい残光が、さながら上級魔術師の魔法陣を思わせる軌跡を描き終えた時。



「……、……っ……!?」



 ……見知らぬ屈強な男が、半死半生のゼンカを受け止めて立っているのが見えた。

 それと同時に視界がバラバラになり――ヒト型シマモノはようやく、自らの五体が文字通り八つ裂きにされ、崩れ落ちる最中にあることを理解する。


 なんてやつだ。

 約束を守らないなんて。

 こっちは、指一本だって触ってもいないのに――。


 人知を超えた速度と威力。

 不死化状態のゼンカを一方的に倒したヒト型でさえ、まるで反応できない程の。

 崩れゆく体を両の手で必死に押さえようとするが、その腕すらもどさりと墜落して視界の端に横たわる。

 奇妙にも体を離れた左腕が、元に戻ろうと藻掻いていた。

 それはこのヒト型のシマモノが、元を辿れば複数の獅子型シマモノの集合体であるからだ。左腕は、もはや二度と元には戻れないことを悟ると、突如として膨れ上がり獅子の姿に戻る――のだが。


『……もどかしいな』


 それを貫くは、金色の魔力。

 獅子型シマモノの強固な外殻を容易く破断し、天を衝く数多の刃。

 魔剣精製リヴァーシェの、使。それもまた人知を超越した魔法の技術。他の肉片のどれが獅子型に戻ろうとも関係ないよう、念入りに全ての破片に刃を差し込み、絶命させる。もう二度と動き出すことのないよう、念入りに。丁寧に。

 そして願わくば苦しむことのないように――その生命を、優しく、奪い去る。

 しかし。


『……まだ全力は出せぬ、か』


 それと同時に、突然この場に現れた男の体も少しずつ、金色の光の粒へと変わっていった。

 残滓でもいい。弱々しい少年の姿でも良いから、この世に留まっていたいと願うけれど――それすらも不可能なゆるされないことらしい。

 完全に消えてしまう前にと、彼はゼンカの体を木陰へと運び、優しく座らせる。



『……失策だな。ここでこれほどの力を浪費して、次の百年目をどう乗り切るつもりだ?』


「ここでを助けない選択肢はないよ。僕だけ生き残っても意味がない。あとはただ、祈るだけさ。の頑張りを」


『ふん。どの道、もはやそれしか手はあるまいに……』




 この時、既に気を失っていたゼンカは、誰が自分を助けたのかすら覚えてはいないだろう。

 肉体の主導権をゼンカに渡したまま同化していたナインルートでさえ、彼の閉ざされた意識の檻の中で周囲の様子を知る術はない。

 故に、誰が彼の窮地を救ったのかを知る者は、ここにはいない。そもそもここで何があったのかさえも。真実は永遠に、闇の中へと閉ざされるのだ。


 それでも確かに、彼はそこにいて。

 ゼンカのことを父と呼び、その窮地を救ってみせた。


 それは誰も知らない、千年前の英雄。

 そして、ここより遥か未来の、閉ざされた世界からの漂流者――


 魔王、ゼレス。


 彼は人知れず、を救うと――

 再びシマの深淵へと、還っていくのであった……。










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