第11話 化け物とは、誰だ

「何を……おっしゃっているのか……?」


 フリィが、数歩下がる。それに合わせて、おれが前に出、彼女を背中に隠した。


「君、というのはいささか語弊があったね。要は、若い女ってことさ。何、心配しなくていいよ。もう何体か成功させているからね。手頃な人間を探すのが大変だから、どうしても完成までに時間がかかっちゃうんだけど。いや、材料の方はすぐに手に入るんだが、問題は土台だ。ってなかなか見つからなくてさ」

「旦那様?」


 彼は、誰に、何に向かってしゃべっているのだろう。おれ達ではなく、誰もいない、何もいない空間に向かってペラペラと語りかけている。両手を広げたまま、まるで歌うように。


「結局のところ、見た目なんだ、大事なのは。人間ってやつはさ。いいや、もちろん、それはあくまでも最後の仕上げなんだけどね。まずはちゃんと生き物として動くことが大切だ。その上での、飾りつけっていうかさ。やっぱり見た目は重要なんだよ」


「僕は腕のいい医者だからね。心臓さえかすかに動いていれば――何なら、止まりかけでも何とかなるんだ。神から与えられた力ってやつさ」


「彼だってそうだ。ほとんど死んでいたんだけど、僕が生き返らせた。床に転がってる恋人のむくろに絶望して、あいつ、一緒に死なせてくれって僕に懇願したんだぜ」


「だけどそんなの、許せるはずがない。大事な親友なんだ。クラウス、君だけだ。嫌われ者の僕にも、優しくしてくれたのは。人造人間を作るっていう、僕の研究を笑ったり、気味悪がったりしなかったのは」


 少し高めの声で、歌うように彼は言ったが、おれにはそのすべてをうまく聞き取ることが出来なかった。


 おれは、クラウスで。

 クラウスは、旦那様の親友で。


「邪魔だったんだよなぁ、あの女。僕だけのクラウスだったのに。ひとりで死ねば良かったのに、彼を巻き込んでさ」


 その場でくるりと回ってみせた旦那様の目は虚ろだ。おれ達を見ているようで、見ていない。


「でも、もう大丈夫だよクラウス。みんな元通りになる。僕が全部元通りにしてみせる。君に足りないのは、あともう皮膚だけなんだ。若い女の、生きた皮膚だ。男じゃ駄目だった。あいつら、手入れなんてろくにしないから、状態が悪いんだ。君の肌は艷やかでなめらかだったからね。そうなるとやっぱり、若い女じゃないとさ」


 旦那様が一歩近づくごとに、おれ達は、一歩下がる。その手に触れたらまずいと、なんとなくそんな気がした。


「なぁお嬢さん、君は彼のことが好きかい?」

「す……好きです。大事な人です」

「それは良かった。それならいいよね? 彼のためになれるんだよ。クラウスはね、本当は、とてもきれいな顔をしているんだ。そこの彼は化け物だけど、本当のクラウスは絵本に出て来る王子様そのものなんだよ」


 旦那様が『化け物』と言う度に、胸がチクリと痛む。石をぶつけられても痛まなかったのに、痛みを感じる部位があったのかと、驚く。


 化け物なのはわかってる。

 だけど、フリィの前で何度も言わないでくれ。

 それがきっかけで、もし万が一、彼女の目が正しくおれを見てしまったら、すべてバレてしまうのだ。旦那様の言っていることが本当だって。顔のあちこちが獣の皮膚で、口の端がズレたまま縫い合わされた――化け物だと。


 怖がられること、恐れられることにはもう慣れているつもりだった。誰に嫌われても平気だった。ぞんざいに扱われても平気だった。石なんか、いくつぶつけられても平気だった。


 だけど、フリィには。


「オイは化け物ではありません。そんなことを言わないでください!」


 おれの背中に隠れていたフリィが、声を張り上げた。


「あなたの親友がどんなに素晴らしい方なのかは知りませんが、いまのオイがその方より劣っているとは思えません!」

「そうかい? お嬢さん、君は本当に目がイカレているみたいだね。どこからどう見たって化け物じゃないか」


 おれの顔を指差して、あっはっは、と笑う。また胸がチクリと痛む。


 と。


「化け物はあなたです!」


 フリィが、おれの前に出た。旦那様から、おれを守るように。


「あなたの顔は、ぐちゃぐちゃです。腐って、溶けかかって、虫が湧いてる」

「……はぁ?」

「どろどろしていて、ごぼごぼと沸き立って、いまにも崩れ落ちそうです。化け物はあなたです。オイではありません。化け物は、あなたです」

「フリィ……」

「オイは心が優しくて、きれいな方です。私にとっては、絵本の中の王子様なんかより、ずっとずっと素敵な方なんです。化け物なんて言わないで!」


 そうきっぱりと言い切ってから、おれを見た。


「オイ、ごめんなさい。大事な旦那様にひどいことを言いました。だけど、どうしても我慢出来なくて」

「いや、いいんだ。ありがとう、おれのために」


 まだ肩が震えている。もしフリィの目に映っている旦那様の頭が、さっき彼女が言った通りなのだとしたら、相当恐ろしいはずだ。恐怖心を必死に押しとどめて、おれのために立ち向かってくれたのだ。


 ならば、次はおれが勇気を出さねばならない。


「旦那様。申し訳ありません。おれは、一緒にはいけません。フリィを傷つけてまで――いや、他の誰かを犠牲にしてまで『クラウス』になりたいとは思えません」

「何だって?」

「おれはいまのままでいいです。旦那様の親友に戻れなくて、申し訳ありません。出て行けと言うのなら、出ていきます」


 そう言うと、フリィは、おれの方を見て、何度も頷いた。私もついて行きます、とその目が訴えているように思えて、確かめてもいないのに、おれもそれに応えて強く首を縦に振る。


「駄目だ」

「ですがおれは」

「君に拒否権があると思うのか? 君を生き返らせてやったのは僕だぞ」

「おれはそんなこと望んでなかった。旦那様の親友は、死にたいって言ってたはずです」

「うるさい。クラウスがいなかったら、僕がひとりになるじゃないか。そんなのは駄目だ」


 旦那様は、ぶるぶると大きく肩を震わせた。うつむいたまま、頭を大きく振り、駄目だ駄目だとくり返す。そして、勢いよく顔を上げ――、


「クラウス、君は僕だけの親友であり続けるべきなんだ! そのためにジーレットを始末したのに!」


 そう叫んだ。


「始末って……。じゃあ、爆発事故っていうのは」


 ショックでだろう、フリィがよろめく。慌てて支えると、彼女はおれのシャツを強く握りしめてきた。


「僕だよ。僕が爆弾を作ったんだ。箱を開けて十数えたら爆発する仕組みだ。なのにあの女、僕からの贈り物は気味が悪くて受け取れないなんて言いやがって。無理やり押しつけて様子を伺っていたら、仕事から戻ったクラウスが開けたんだ。ユータスは自分の親友だから、きっとこれは二人へのお祝いだって、そう説得してた。だから一緒に開けようって」


 長い前髪の隙間から、おれ達をねっとりと見つめる。


「駄目だクラウス。君は安全なところにいないと。それはあの女のためだけに作ったやつなんだ。あの女の頭を吹き飛ばすためだけに、僕が。ちゃんと中を覗き込むように、底にメッセージを書いたんだ。あの女宛のメッセージだと気付いて、君はそいつに促した。そこまでは良かった。けど、君も近くにいすぎた。巻き込まれたんだ。あぁ僕のクラウスが」


 たぶん旦那様の目には、その時の『クラウス』が見えているのだろう。両手を宙にさまよわせて、泣き笑いの表情で、ほろほろと涙を流している。


「クラウス、クラウス。僕のたったひとりの親友。君だけは僕から離れないでくれ。ひとりにしないで。大丈夫、いま助ける。絶対に助かるから」


 旦那様が、よろよろとこちらに近づいて来る。フリィを後ろに隠すと、その隙をついて、がしっと肩を掴まれた。


「大丈夫だ、クラウス。その醜い姿とはおさらばだ。一瞬で終わる。一瞬で終わるから。そこの女のきれいな皮膚を全部もらって、完璧な君に戻してみせる。これからはずっと一緒だ、クラウス」


 おれの目を見つめて、いままでに聞いたこともないくらいにゆっくりと、旦那様はそう言った。彼の指が、ギリギリとおれの肩に食い込む。


「だけど、どうしてもそこの女のを使うのが嫌だと言うんなら、仕方ない。を使うよ。それならいいだろう? 良かった、予備として捕まえておいて」


 と言って、旦那様は、ねっとりと笑った。

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