10.5

ほんとになんなの!もう!

 私は膨れ上がっていく怒りを崩すように目の前に転がっている石ころを蹴飛ばす。石ころは音を立てて転がっていき、グレーチングにあたるとがらんと音を立ててから排水溝に吸い込まれていった。

「雄太のバカ……」

 思わず本心がまろび出る。いや、違うんだ。雄太が夢乃と遊びに行ったのが嫌だったんじゃない。……確かにちょっぴり心がぎゅって締め付けられるけど。でも、そうじゃないんだ。二人が私に秘密で何かしているのが嫌なんだ。だって二人ともかけがえのない友達だから。

 はぁ、私ってやっぱり子供だな。自分のことが嫌いになる。しかも雄太にあんな態度とっちゃったし。ちゃんと今度謝らないと……。

「あの」

 そう思っていた私に、背後から突然声がかかった。この声はには聞き覚えがあるけれど、多分それは今一番会いたくなくて会いたい人だった。とは言っても無視するわけにはいかないし、とりあえず後ろを振り向いた。いまどんな顔しているだろう。でもこういう時どういう顔すればいいのかわかんないのよね…。とりあえず私はいつも通りを装う。

「なに」

私が見据えた先にはもちろん、枝毛ひとつない綺麗な茶髪。キューティクルすっごいありそう。ずぼらな生活してそうなのに……。不服。

頭のてっぺんからつま先まで舐めるように見つめてから、それにしても今日の夢乃はなんだかおかしいことに気づいた。いつもの笑顔はなくて、楚々として可憐って感じ。なんだろう。不穏な空気を感じた私は、知らずのうちに唇をきゅっと結ぶ。

「お話したいことがありまして」

「……?」

 「まして」ってなに、「まして」って。敬語使う夢乃なんて初めて見た。え、何。もしかしてやっぱり雄太とお付き合いしてるんじゃ……。いやもしもそうだとしたら、私は笑顔で祝福しよう。私の動揺を察知したのか、慌てふためきながら言葉を続ける。

「あ!いや、そういうのじゃなくて!そうか……松島くんはこの話してないのかな……」

 そう前置きして、彼女は私たちが初めて出会う少し前のことを話し始めた。雄太にアカウントがバレた話。それから頻繁に接触してくるようになった話。ああこれ私が仕向けたんだったな。それから「契約」を結んだ話。

「なにそれ、いみわかんない」

 我慢できず苦笑が漏れた。本当に私の幼馴染は何でもかんでもすぐに顔に出るくせに不器用だ。やるにしてももう少しナチュラルな方法があるでしょうに。

「それでまぁ、契約の期限が一応企業見学が終わるまでなんですけど」

 ?契約更改とかかしら。ロッテが雇ったパラデスはダメだったわね。これでもネットニュース(主に千葉関連)と雄太のアカウントはちゃんとチェックしているのよ。

 ……ごめん、冗談。いつもはこんなこと思わないのだけれど。夢乃は、見たことないくらい真摯な眼差しで私を見つめていて、この先の言葉が軽いものではないことをいやでも予感した。

「契約は更新しません。私と松島くんの関係は明日でおしまい。松島くんにはまだ伝えてないけど、きっと何となく察してると思う。だから、西木さんともこれでお別れです」

 彼女は事務連絡のような口調ですらすらと告げた。事実だけを淡々と述べられた気がして、私は思わず受け入れてしまいそうになる。

その寸前で思い直して、首を横に振ってから彼女を見据える。どうして?なんで?疑問だけがひたすら私の頭の中を過ぎる。せっかく仲良くなれたと思ったのに。一ヶ月は短いかもしれないけど、それでも私は……。

何か言おうとした私を彼女は手で遮った。

「ごめん、ごめんね。梨紗ちゃん。いつか、話せる日が来たら話すと思うから」

 それだけ言い残して、走り去っていった。私はただ呆然と見つめる。去り際に彼女の瞳から何かが溢れたように見えたのは気のせいだったろうか。

 空を振り仰いでから、すっと目を瞑った。自分について考える。私は何が嫌で、何を望んでいて、何をしなければならないのか。

「あんたがそう言っても私は認めない」

 そう思い至った。あるいは口に出ていたのかも。私はどんな経緯であれ出来た気の合いそうな友達を失いたくはない。だから私のために行動する。あんたが逃げようったってそうは行かないわ。絶対に捕まえてやる。

 考えがまとまったら後はどうするかだけね。あの言い草だときっと遅かれ早かれあいつにははっきりと言うに違いないし、そのことはもう匂わせているのだろう。なら差し当たってやることはヘタレで不器用な幼馴染を何とかすることに違いない。あいつは間が悪いから多分明日は寝坊する。幼馴染の勘ってやつね。多分飛び起きて絶叫するから、それに合わせてバス停に向かえば完璧。

 とここまで考えてから軽く嘆息した。はぁ、これだとなんかストーカーみたいじゃん。そう思いつつも心はしっかりと目標を見据えて、私は動き始めた。

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