6.5
それから少し経って、だいぶ日が傾いた頃。大きな本棚以外特筆すべきものは特になく、それ以外には最低限の家具しか置かれていない質素な自分の部屋で、私はそいつと向き合っている。
家族と雄太と優衣ちゃん以外が入るのは初めてかもしれない。いきなり上がりこまないでよ。お母さん私が初めて友達連れてきたって狂喜乱舞してたし。恨めしげにそいつの方を向くと、そいつはそれをいなすように困り笑いを浮かべる。
ひとまず状況を話そう。さっき雄太と別れてからこいつが家に上がってきたから、とりあえずこいつの口から一通り話を聞いて、今しがたそれが終わったところ。ところでさっきの雄太の慌てようはなんだったのかな?今度また優衣ちゃんと雄太の部屋監査確定ね。
それから小休止。お互い話し出さないので、仕方なく私が切り出した。こういうのは厳しくいかないと。
「なんのつもり」
「うー……えーーっと……」
彼女は逡巡していた。煮え切らないわね……。とりあえず高圧的な方がいいって本で読んだし、私は腰を浮かせて身体を傾け、さらに詰め寄った。
「言わないとわかんないんだけど」
「西木さんは……松島くんのこと好きなの?」
あまりに唐突でストレートな質問に、自分の頬が一瞬で紅潮したのがよくわかった。私は思わず膝を抱えてうずくまる。足の親指同士をすり合わせてもじもじさせてしまうのは、返答に困った時に私がよくしてしまう癖らしい。前に雄太が教えてくれた。……とりあえず返答しなきゃ。今の私は国家官僚よ。逃げきれない追及なんてないわ。
「それは……その……うー……そんなことないわけでもない?わけでもないかもしれない?みたいな……」
「じゃあ、嫌いなの?」
「そんなわけなぃ……」
「わかりやすすぎだよねほんと」
はじめこそ大声だったものの、自分の声が小さくなっていくのを感じる。誰かに聞かれるのはやっぱり恥ずかしい。それにしてもやっぱりわかりやすすぎるのか……。本人以外は全員気づいてると思うんだけど。なんなのあいつ。
まぁいいわ。とりあえず今はまだ少し困ったような笑みを浮かべたままのこいつが優先ね。
「ぎ、逆になんであんたは雄太に近づくの」
「いや〜正確には接近してきたのは松島くんの方なんだけどなぁ……」
「やっぱり雄太は髪が長くて胸が大きい人の方が……」
「そういう話でもないと思うけど……」
「じゃあなによ」
「本人曰く『目の前で可愛い女の子が困ってたら普通の男子は助けたくなる』らしいよ?」
「あのバカ。変なこと言いやがって。絶対に殺す」
あのクソヘタレ変態幼馴染め……。許さない。もう少しデリカシーとか学んで欲しい。
「まぁまぁ、落ち着いて」
キレる一六歳西木梨紗を宥めすかしつつ、そいつはボソッと呟いた。
「西木さんも大変だねぇ」
「そ、それでっ質問に答えて!あ、あんたは雄太のことすきなにょっ……」
盛大に語尾を噛んでしまった。緊張しいなのは悪い癖だ。そいつを見ると、ゆっくりと足を崩し、ため息をついてから軽く言った。
「別に松島くんのことは好きじゃないよ。今は、ね。でも……松島くん、面白いからからかったりはするかもね?そのうち好きになっちゃうかもよ?」
「なッ……あんたねぇ……」
私の耳元に近づいて、囁くような声音でからかってきた。ほんと嫌なやつ!顔を話すとそいつはにこぱっと笑顔を浮かべて話を続ける。
「あははっ、そんな怒らないでよ。あ、そうだ。せっかくお近づきになれたんだし私のこと夢乃って呼んでよ!梨紗ちゃんお友達になろ?」
「は?誰があんたと近づいたって?」
「そんなことよりさ、『「歴史の終わり」という錯覚』って話知ってる?」
ちょっとあんた私の話最後まで聞きなさいよ、と思いつつ考えを巡らせる。えーと「歴史の終わり」……あぁ、パパが読んでたやつだ。世の中は最終的に全部民主主義になって平和になる、みたいなやつ。正確には違うかもしれないけどそんな感じの話だったはず。
ふと顔を上げると、そいつは唐突に立ち上がって、部屋の中を歩き回りながら所狭しと並べられている本を眺めていた。目まぐるしく話題と場所を変えるわねこいつ。
「『歴史の終わり』じゃなくて?」
「うん。簡単に言うとね、人間は変わらない、変わらないと思っているけど、いざ数年経って自分を見返してみると案外変わってるよねっていう話」
「?……それがなに」
「人の心もいつまで同じかわかんないし、『日常』っていうのは変わらないとみんなが思ってるけど、少しずつ毎日変わっているものなんだよってこと」
そいつはくるりと私に向き直ってから言った。
「いつまでも同じ日々が続くなんて思わないほうがいいよ」
「……‼︎」
こいつもしかして雄太のことが……いやいやいやいや。それはさっき本人が否定したはず。じゃあなんだろう……。私はその言葉の裏を読み取ろうと口に手を当てる。それを見たこいつは、なぜか満足げに破顔する。
「だ・か・ら〜二人の関係に私も入れてくれないかな〜?一緒に遊んでよ〜松島くんもそれが目的で私たちを引き合わせたんだし」
「……変なやつ」
私はそのまま頭を回転させ続ける。。こいつの言いたいことはなんとなくわかるけど、これまでの表情の転回を見ているとなんだか不安になってくる。きっと雄太もそういうところが心配になったのだろう、となんとなくの理解をした。それに嫌な奴ではあるけど話していて嫌いな奴ではないような気がする。そんな知識をどこで手に入れたのやら。ちょっぴり感心しちゃった。
まぁ、どうせお人好しでお節介な私の幼馴染は私が止めてもこいつに関わり続けるんだろう。昔からそういう奴なんだから。なら私はそれに関わるか関わらないかしか選択肢はない。そして、そうだとしたら私の選ぶ道は一つしかないんだろう。そう思ったら何故だか少し笑えてきた。くすりと笑ってから、胡座をかいて身体中の凝りをほぐす。
「はぁ、雄太があん……夢乃のことを気にかける理由がなんとなくわかったわ」
「あ、梨紗ちゃん私のこと夢乃って呼んでくれた!梨紗ちゃんだいすき!」
「ちょっ近い、離れなさいよ!今だけ!雄太があんたに構ってる今だけなんだからね!」
私の意思を汲み取ったのか途端に夢乃が抱きついてきた。過度なスキンシップはびっくりするからやめてほしい。それよかこいつ胸でかいわね……。どんだけ養分吸い取ってるのかしら……ってそれは要求してないわよちょっとどこ触ってんのよこら!!!!!!!
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