第14話幼年学校にて

 継母アニカと妹ベアトリスが引っ越してきて、1か月、先日のお茶会の事件もようやく記憶から忘れさりそうになった頃、父ちゃんから呼びだされた。


「クリス、実はベアトリスの幼年学校をお前と同じ王立幼年学校に転校させる事にした。だから、ベアトリスの事を頼めないか?」

「いいぜ! 可愛い妹の為だ。俺様頑張って世話するぜ」

「お姉ちゃん! ありがとう」

「クリス、お前は口調はそんなだが、聡明だ。それは、先日の事で、私は痛感した。お前は私などより遥かに賢いのだろう。だから、お前に頼みたい。おそらく、先日のお茶会の事件の様な事が起こる。我が家は名家だ。自然と注目が集まる」

「まあ、それは検討がつくな。特に他の家の令嬢達は多分勘違いするな。それに、貴族と言っても、所詮子供なんだから、ベアトリスの事なんて考えない発言する子がいると思うぜ」

「クリス、お前は本当に聡明だな。父として、嬉しいし、心強い」

「ああ、任せてくれ!」


 ベアトリスは王立幼年学校(俺様は小学校と言っているが)へ転校する。貴族社会では妾は公然だが、妾が同じ屋敷に住む訳では無い、屋敷とは違う別宅に住む。そして、本宅とは距離をおき、妾の子も十分な教育を受けるが、当然、本妻の子程ではない。俺様が通う王立幼年学校は王族や高位貴族の御用達だ。偏差値なんてものは関係ない、貴族の位と寄付金だけで入学が決まる。今はベアトリスも本妻の娘なのだ。だから、当然、最高峰の教育、身分相応の場所が提供される。だからベアトリスは転校する必要があるのだ。


 だが、おそらく心無い・・・嫌、乙女ゲームの世界ではおそらく、クリス自身がそうであった様に、心無い人間が出てくる可能性があった。そんな時、身近にいる俺様が守ってやる必要がある。そもそも、俺様とベアトリスの間にわだかまりが無い事がわかれば、誰もベアトリスにどうこう言う子はいなくなるだろう。


 幼年学校では俺様は最近友達が減った、貴族の令嬢方はどうも、俺様の異変にびっくりして、遠巻になっている。自分の事、俺様という女の子はちょっと嫌煙されるのだろう。だが、それでもかつての友達の彼女らは、俺様の味方をするだろう。俺様の気持ちはお構いなく、誤った倫理観に基づいて、ベアトリスを攻撃するだろう。ゲームの中の俺様の様に・・・


『俺様が解決しないと駄目だ』


 俺様は決意した。かつての友人を敵に回すか、無くすかもしれない。だけど、俺様にとって、破滅フラグ回避の為にベアトリスとの関係は良好にしておきたい。それに、ベアトリスは掛け値なしで、愛らしい存在だ。守ってあげたい。中の人の男として。


 うまく、ベアトリスの事、守れたら、父ちゃん、俺様の事、少し好きでいてくれるかな? 俺様は少し、期待した。それ位のご褒美は欲しい。愛らしい現在の本妻の子のベアトリスの方に愛情が集まるのは仕方ない。でも少し、俺様の事も想って欲しい。ゲームの世界では、俺様、クリスが死刑と決まった時も父ちゃんは放置した。その方が都合が良かったんだろう。あんなに俺様を愛してくれた父ちゃんから、そんな仕打ちを受けたら、俺様、かなりショックだ。ほんの少しでもいい、愛して欲しい。この辺は7歳児の子供のクリスの気持ちなんだろう。俺様はそう思った。


「行ってくるぜ!」

「いってきまーす」


 俺様とベアトリスは馬車で幼年学校に向かった。もちろん、馬車で通学しなければならない程の距離ではない。単なる見栄だろう。大貴族の娘が歩いて通う訳にはいかないのだろう。防犯上の理由をあるのかもしれない。馬車の方が、ボディガードを雇うより安全なのかもしれない。


 そして、幼年学校に着いたが、ベアトリスと俺様と違うクラスになった。がっかりだった。正直、友達がいない俺様は、ベアトリスと学校で一緒に過ごせたらいいなと思っていた。最近、ベアトリスはすっかり俺様に懐いてきた。愛らしい彼女を世話すると、かなり幸福感が得られる。


 そんな中、事件は起こった。お昼休み、食事は食堂で食べるのが普通だ。ぼっちの俺様はベアトリスを誘おうと思った。それで、彼女のクラスに来た時、それは目に入った。


 何故彼女達がここに? 一瞬、戸惑ったが、それは一つしか考えられる事はない。彼女達は自身が信じる正義を実行するつもりなのだろう。妾の子がこの王立幼年学校に通うという事。そして、俺様という存在が彼女達の関心をベアトリスに与えてしまっている事。


 しかし、一瞬遅かった。俺様が近くに来る頃には、もう彼女達はベアトリスを囲み、彼女を責めていた。


「ただの妾が、子供を連れて、正妻に収まるなんて、まさしく・・・売女ね」

「クリスティーナ様がお可哀そう。高貴な出のクリスティーナ様がこんな売女の子と同列に扱われるなんて・・・」

「そ、そんな、母をそんな風に・・・」


 可愛そうにベアトリスは満足に対応できない。いつもと違って、今にも泣きそうな震える声。必死に耐えようとはしているが、母への罵倒はかなりの屈辱だろう。愛らしい彼女は毒なんてものはないのだろう。いや、この際、毒を吐かなくて正解だ。それは俺様の役割。本人が言えば、禍根が残りかねない。


 俺様は素早く彼女とベアトリスの間に入り込んだ。


「お姉ちゃん!」

「大丈夫だよ。ベアトリス、お姉ちゃんに任せて」


 彼女らは驚いた様だ。それはそうだろう、彼女らは俺様の為に正義を実行しているつもりだからだ。いじめなんてものは加害者にとっては正義の実行でしかないのだ。


「お前ら、俺様の大切な妹になんて事を言うんだ!」

「クリス様!?」

「私達はクリス様を代弁して、この妾の子を、懲らしめようと!」

「妾の子がどうどうと・・・クリス様の気持ちを察すると私達・・・」


 一瞬ぽかんとしてしまったが、頭の中で何を言うべきか考える。そして、


「俺様のお母さんを侮辱するつもりか?」

「えっ!」


 俺様は両腕を組んで、仁王立ちになった。令嬢らしからぬ立ち振る舞いだが、最大限の怒りの発現だ。大げさな態度の方が判り易いだろう。


「俺様の事を心配してくれてありがとう。だけど、妹やお母さんへの侮辱は・・・俺様許せないな・・・」

「クリス様は何とも思わないのですか?」

「そうですよ!」

「私なら耐えられない」

「俺様達は貴族だ。母親が死んだら、父親が妾を新たに正妻に迎えるのは当たり前の事だ。俺様の気持ちを考えてくれるのは嬉しいのだけど、誤解だ。俺様は新しいお母さんにも妹ベアトリスとも仲良くやっていきたい。家族だから・・・」

「そんな、クリス様、人が良すぎます!」

「本当はお辛いんでしょう?」


 辛い、それは事実だ。だが、それを認める訳にはいかない。


「うーん。ベアトリスや新しいお母さんが嫌な人ならそうかもしれないけど、二人共凄くいい人だよ。新しお母さんは俺様の事、凄く、気遣ってくれる。ベアトリスはすごく可愛くて、俺様に懐いてくれるんだ」


 三人は俺様に縋るベアトリスと俺様を交互に見る


「本当にクリス様は何とも思ってらっしゃらないのですか?」


 俺様はここで、つい本音がポロリと出てしまった。


「父ちゃんは新しいお母さんや妹の方が好きなんだと思うよ。だけど、二人が悪い訳じゃないだろう? 二人を責めるのはおかしいよ・・・」

「ク、クリス様!!!」

「うっぅ、くっ・・・」

「そ、そんなお気持ちだなんて!」


 三人は泣きだした。俺様はやっぱり、つい本音が出てしまったけど、良かったのかもしれない。一番判りやすい。俺様の心・・・


「大変申し訳ございませんでした・・・」

「他家の事に口出しした点、ご容赦くださいませ」

「もう二度とこの様な破廉恥な真似はいたしません。お許しくださいませ」


 三人は俺様とベアトリスに謝罪した。俺様はベアトリスに言った


「ベアトリス、三人を許してやってくれないかな? 頼むよ」

「お、お姉ちゃん。ごめんなさい。ごめんなさい。私、私・・・」


 そういうと、ベアトリスは俺様に縋って泣いた。


「どうしたんだ? ベアトリス? なんで泣くの?」

「わ、私、お姉ちゃんの気持ちも考えずに甘えてばかりで、お姉ちゃん・・・辛いのに・・・それなのに、こんなに良くしてくれて・・・」


 ベアトリスが泣き出すと。三人も更に泣き出してしまった。それに、周りからもすすり泣きをする人が出てきた・・・


 この一件は学校中に噂が広まった。クリスティーナ・ケーニスマルクはベアトリス・ケーニスマルクを容認している。それだけではなく、継母や義妹の方が父親から愛されている事を知っていても、尚、妹を守る為、立ち上がった。


 この一件は貴族の子供達にも衝撃だった。ケーニスマルクの長女は信じがたく心が広い。噂はたちまち学校中を駆け回った。その為、ベアトリスがこの種のいじめを受ける事は以後無かった。


 そして、このやり取りを見つめている人物がいた。同じ幼年学校に通うカール・フィリップ第三王子。彼の目に映っていたのは、クリスティーナだった。本来、ベアトリスに注がれる筈だった視線がクリスティーナにくぎ付けになった。




クリス、ドツボにハマり始める・・・(笑)

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