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  • はじめにへの応援コメント

    柊様

    前に、ゾラの「居酒屋」で挫折したのを思い出しました( ̄▽ ̄;)💦

    私、モーパッサンって読んだことないんですよ。
    「脂肪の塊」の人?っていうくらいの認識で(失礼💦)。

    熱が入ったエッセイですね!
    楽しませていただきます(⌒∇⌒)

    作者からの返信

    西奈さん、こちらにもお越し下さりありがとうございます!
    「居酒屋」落ち込みますよね。。
    モーパッサンは濃い短編が多くて読みやすいと思います。拙い紹介ではありますが、少しでもご参考になれば幸いです!

  • とても考えさせられるお話ですね……。
    現代であればそれほどの障害にはならないのでしょうし、二人がもっと後の世に生まれていてほしかったですね。
    その後、彼女が良い人と巡り合って幸せになったとしても、受けた傷は塞がらなかっただろうなと思うと切ないです。

    作者からの返信

    五十鈴さん、コメントありがとうございます。
    二人が現代に生まれていればこんな気持ちを味わずに結ばれたかもしれませんね。あとは土地柄とか。今でも田舎の方へ行くと僕自身も少し居心地の悪さを味わったりしますので。
    彼女がこのあとどんな人生を送ったのか、色んな想像ができますね。一生ひとりを通したのか、他の誰かと一緒になったのか。どちらにしてもこの経験の痛みが大きく影響したのだろうと思います。

  • 以前ある記事に、日本人女性は6割がセックス嫌い、というデータが載っており、ほおおと思いました。
    うーん、国民性なのか、お互いが楽しいと思える幸福感の高いセックスができていないのか……やはり侘び寂び枯山水を尊ぶ国なのでしょうか^^;(笑)

    作者からの返信

    こちらにもコメントありがとうございます。ほお、そういうデータが(笑)
    歳を取るにつれてカップルというより家庭内の役割が大事になるからでしょうかね。
    幸福感の高いセックスもねえ、初めのころだけじゃないの?と思いますが(笑)
    でも手を繋いで歩いているお年寄りのカップルなんかは可愛いですね。フランスと日本を足して割るとちょうどいいのかも?


  • 編集済

    いやあ、うーーん……
    日本人の夫婦はこれ多いですよ、絶対。
    全く分かり合えていないのに、夫婦は言葉がなくとも分かり合えるものだし実際こうしてわかり合えていて何の不自由もないと思い込んでいる夫……という構図。夫が何も言わずとも妻は甲斐甲斐しく夫の希望を叶え、夫の要求を呑むのが当たり前、的な空気が絶対にあります。日本の伝統文化である家父長制的男尊女卑。

    この作品では、妻は身をもって夫に自分の訴えを示すのですね。それでも夫は一向に彼女の本心を理解しない。やっぱりこの方の書く作品には底冷えするような無情さがあるのですね……💦

    作者からの返信

    aoiさん、コメントありがとうございます。
    ああ、こういう幻想を抱いているのは圧倒的に夫の方かもしれませんね。その幻想が何をおいても妻の我慢や妥協のもとに成り立っているのに、それが見えていないという……ひと昔前のあからさまな男尊女卑と違って表向きは平等とか言っているから余計にたちが悪い気がします。根本的なところを変えるのは地道に次の世代を教育していくしかないのかも。
    この妻が心身を病んでいく過程がとてもつらいですが、この結果でもなお自分基準の夫には残念なリアリティがありますね。全国の「夫」がこれを読んでどう感じるか、聞いてみたいです(自分はこうじゃないと言いそうですが💦)

  • すごい題材を持ってきますよね。笑えないんだけど面白い。人間の残酷さは時に滑稽、滑稽さは残酷ですね。
    貧すれば鈍するって本当にその通りで、持てる者しか他者を思いやる余裕はないんだと思います。母親は何を思って死んでいったのかな。
    悪魔の扮装をした自分を滑稽だったと思う日がラペ婆さんに、金勘定ばかりしていた自分を恥じる日が息子に、いつかは来るのかしら。
    日常に潜む人間の狂気ですよね。

    作者からの返信

    鐘古さん、コメントをありがとうございます。
    貧すれば鈍するってすごく怖い言葉だなと思いました。生活が苦しくなればなるほど思考力とか視野を狭められていくというのは事実ですよね。自分しか見えなくなる、その具体例をラぺ婆さんと息子を通して見せられているようです。彼らが自分を顧みる日は来ないんじゃないかなと思います。そして今度は彼らが誰かに邪魔にされて死んでいくような……その循環が乾いた感じで続きそうなのがまた残酷ですね。

  • コメント失礼いたします。
    体中が黒いの?他にも黒い人いるの?布に色が付かないの?というご両親の素朴な疑問が可愛らしいと思いました。難しいとは思いつつも、このピュア?な両親が彼女の人間性を受け入れてくれると良いなあと期待します。アントワーヌは変わった趣向をお持ちですが良い奴ですね!彼の愛あるフォローが良いからイケる気がしなくもない。

    作者からの返信

    芽花さん、コメントありがとうございます。
    可愛らしいと感じられるのはきっと芽花さんが心が広い方なんだろうなと思いました。無知を理解してあげられる許容量があるというか。自分だったらこの質問は悪意がなくてもイラっとしそうです(笑)
    逆に純粋な無知だからこそ、頭ごなしの拒否じゃなくて彼女の人間性を受け入れてくれる可能性はありますね。ただ、人間が集まって社会を作っている限り、当人たちだけの問題じゃないのが一番つらいところで。それは後半の方でお読みくださった通りなのですが。
    自分をどの立場に置くかで見方も変わってくる、客観性のある優れた作品だと思います。

  • モーパッサン、読んだことはなかったんですけど、柊さんの語り口調のお上手さもあってどれもすごい面白いですね( *´艸`)
    そのうち読んでみたいなと思います!
    しかしこのお話もオチがなんて秀逸な……。

    作者からの返信

    五十鈴さん、コメントをありがとうございます。
    モーパッサンは残酷で悲しい話が多いですが、こういうコメディでの皮肉の利いたユーモアもまた面白いですね。日本語にするのは難しいですが、拙いなりに少しでもそういう雰囲気を伝えられたらと思っています。この話もまさかの展開ですね!

  • はわー……。なんと言いましょうか……💦
    これを書き切ってしまう、これでジ・エンドにしてしまう作家の歪みっぷり……清々しいです。後世に名を残す文豪はやはりこうでなきゃですね……!

    作者からの返信

    aoiさん、コメントありがとうございます!
    この後味、言葉にならないですね。歪みっぷり(笑)意地悪さにかけては抜きん出ている作品かもしれません。むしろ清々しいですよね!
    読んでくださって、たくさんの星までありがとうございます!励みになります!

    編集済
  • うふふ、今回犠牲になったのはラテン語だったというわけですね♪
    モーパッサン先生の皮肉の利いたハッピーエンドも、面白くて素敵です!
    悪戯とはいえ、僕は八方ふさがりの先生を救ったわけで、清々しくて良いラストだと思いました(*‘∀‘)

    作者からの返信

    こちらにもコメントありがとうございます。
    ラテン語は死語なのにやたら箔がつくというのは今でも変わりませんね。先生みたいな人には幸せになってほしい。たまにはこういうハッピーエンドがあると救われますね!

  • 寝てる男の人をまじまじ見ちゃ駄目ですよね。あ、女の人もね(´艸`*)
    憧れは憧れのままにしておきましょう、という苦い教訓ですね。でも、やらずに後悔するよりやって後悔した方がいい……って誰か偉い人も言っていたようなと思って検索してみたら、元ネタはマキャベリの名言みたいです。
    マキャベリ先生的には、彼女は正解です!

    作者からの返信

    鐘古さん、コメントありがとうございます。
    寝顔って、フィクションにあるような美しいもんでもないというか、むしろ幻滅する危険性が……
    やって後悔するほうがいいってすごく前向きなんだけど、やらなければよかった的なことも多々あって、人生勉強って難しいですね(笑)

  • なんだか切ないお話ですね。神父さん、退職しちゃえばいいのに。こちらも極道のようなものでしょうから、足を洗うのは難しいのですかね?新しい生命のパワフルさに打たれてしまったのですね。

    作者からの返信

    神原さん、コメントありがとうございます。
    本当に、普通の農民に戻れたら……でもそれができない世界に入ってしまった重たさですね。
    極道とか足を洗うとか予想外のボキャブラリーが新鮮でした(笑)さすが神原さんです。ありがとうございます!

  • こんにちは。
    司祭さんの涙、やっぱり人間なんですよね。
    生身の肉体に直面した戸惑いと喜び、というのがしっくりきました。
    昔は名家だと一族の中からひとり聖職者を出すのが当然みたいなところもあったようですから、半ばはそういう空気に強制されて、半ばは自分の意思で選んだ道だったのかも、、と想像しました。あくまで運命に抗っていたら・・・と思わないではいられないのかも、と。

    作者からの返信

    久里さん、コメントありがとうございます。
    最後のシーンは司祭の人間味を感じて胸がぎゅっとなりますね。
    >名家だと一族の中からひとり聖職者を出すのが当然
    原作を読んでいると、そういう地元では大きい家族って感じがします。だからきっと敷かれたレールのようなものがあったのかもしれませんね。自分で選んだにせよ、得られないものを目の当たりにするほどつらいことはないですよね。

  • 正直、ラストまでドキドキして拝読しました。
    ほら、以前紹介して下さったお話に母乳を飲ませちゃう場面があったので。
    父性愛を授乳させることで満たしたかも?って想像しちゃいました。

    この神父さん、今までも色んなバブちゃんに洗礼を施してきたのですよね。
    それが神父としての役目ですものね。職に忠実ですが、抱くことで体温を感じ、
    一気に思いが溢れてしまったんでしょうか。黒と白の対象が印象的でした。
    ふと、聖書の記述、一生神に仕えた女性の話を思い出しました。
    今回も素敵な紹介をありがとうございました♪

    作者からの返信

    ハナスさん、コメントありがとうございます。
    母乳の話ありましたね!いやあさすがにそれは……笑
    でも何が起こるか分からないのがモーパッサンですもんね。

    今までも洗礼を施してきたのでしょうが、儀式的なことと、実際に赤ちゃんを抱くってことの違いが感じられます。観念的なことと肉感的なことの違いというか。自分は命を生み出す存在じゃないってことを思い知らされた感情が最後のシーンに繋がりますね。
    聖書の女性はどんな思いでその選択をしたのでしょう。
    こちらこそ、いつも励みになります。ありがとうございます♪

  • 柊圭介さん。

    農家に生まれた2カ月になる男の子の洗礼式が行われた牧歌的な田舎の春の様子から始まる一日。
    咲き誇った満開のりんごの花のように柔らかな雰囲気の中で牧師さんが初めて甥っ子を抱いた時に感じたぬくもり。
    そこからこみ上げてくる感情が今まで感じたこともないほどの温かさと切なさだったのでしょうか。
    眠っている赤ん坊のそばで泣きじゃくる牧師さんの最後のシーンが何とも切ないです。
    本当にシンプルなお話ですがその中に深い意味が込められていますね。

    作者からの返信

    この美のこさん、コメントありがとうございます。
    花や豚の描写とか、農民の生活感あふれる喋り方とか、お祝いの賑やかさ、とにかく動物的なエネルギーに満ちていて、そこに神父が別の空気を背負っているというか、浮いているような感じがしますね。
    赤ん坊のぬくもりって理屈じゃないなにかを見せられるような。
    自分に欠けているものを目の当たりにさせられるほど残酷なことはないと思います。
    短くあっさりと終わりますが、あとから重たいものが残る作品ですね。

  • バブちゃんに誰もが生命の神秘を感じるわけではなく。父親なのに父性が育たないままの人もいますし。
    そう考えると、バブちゃんに命や種の保存や世界を感じ取ったこの司祭は、感受性の豊かな立派な人だと思います。だからこそ、残酷さとか悲しみが浮き立ちますね。
    苦悩と命の崇高さを知ったからこそ、良い司祭になれるではないかと思います。
    人生って、何もかもを手に入れられるわけではないのだなって改めて思いました。農家の人たちは司祭がたどる道を歩めないと思うし、司祭は子供のいる人生を歩めない。どちら良い悪いということはなく、自分が選んだ(置かれた)人生を懸命に生きるのがいいのかなって。
    いろいろと考えさせられますね。

    作者からの返信

    遊井さん、コメントありがとうございます。
    確かに、自分の子だからといって誰もが神父のような感覚を持つとは限らないですね。神父さんがもし普通の人生を歩んでいたらいい父親になったのかな、と思うとまたちょっと切ないですね。
    この時代にどれぐらい自分の意志で人生を選べたのかは分かりませんが、この神父さんも自分の置かれた道を進むしかなく。この日のことがその後の彼の人生をどんな風に作っていくのかにも想像が膨らみますね。


  • 編集済

    戦争中の悲劇を描いたいたたまれない内容なのですが、脂肪の塊を書いたモーパッサンですので、世論で普仏戦争を起こさせ軍隊を戦場に送り込み敗勢になるや皇帝を追い落として政府の方針に背いてパリで蜂起したパリっ子達への皮肉も有るんじゃないか、と感じてしまいますね。勿論、敵であったドイツへの嫌悪も感じさせますが。

    追記
    モーパッサン自身もこの戦争に従軍して敗軍の中に身を置いています。戦後、パリでは喉元過ぎれば、とドイツへの復讐論が沸き立ったりもしましたが、そういった意見に一貫して冷淡な態度で反戦の立場を貫いたモーパッサンが、そんなに簡単に戦争を唱えてはいけない、戦禍は不意に身近にやってくるものなのだ、と警鐘を鳴らす為にもこの作品を上梓したのではないかな、と。

    作者からの返信

    @Screwshopさん、コメントありがとうございます。
    普仏戦争にお詳しく細かな考察ですね。脂肪の塊の主人公はボナパルト主義の愛国者でしたね。皮肉、そうですね、この話の二人はパリ市民でも何も知らないうちに巻き込まれていた無垢な庶民という感じがします。平凡な人生を送っていたはずの人が簡単に犠牲になるところに戦争の普遍的な罪を書いていて、ドイツへの嫌悪に加えて戦争自体への強い憎しみを感じますね。

    追記もありがとうございます
    そうですね、実際に戦場を見た人間として、この立場だけは絶対に譲れなかったでしょうね。普仏戦争に関しては色んな立場の人間を登場人物に据えて書いているのも興味深いです。どの立場からもその虚しさが伝わってくるのですが。
    特にこの二人の友は、不意に身近にやってくるのだというのがまざまざと感じられて、戦争の記憶が薄れてプロパガンダに流されやすい現代の社会で読み直されるべき物語だと思います。

    編集済
  • ショーン・コネリーの映画『薔薇の名前』をふと思い出しました。人の営みの外にいるモノの悲哀や滑稽さ、怖さがある映画なのですが、このモーパッサンのお話はとにかく哀しいです
    強固な宗教共同体のなかでなぜ彼が神父になったのか(次男三男だからとかかなぁ)わかりませんが、圧倒的に外側にいると実感した時の孤独ははかりしれないですね

    安定の素敵なご紹介、さすがです
    ありがとうございます!

    作者からの返信

    ぴゅうさん、コメントありがとうございます。
    『薔薇の名前』そういえばずっと前に見ました。修道士たちが怖かった覚えがあります。
    長男が神父になるってあまり考えられないので、たぶん仰る通りでしょうね。(ちなみにあと二人結婚する予定の息子がいます)家族にも「神父さん」と呼ばれているところも印象的でした。色んな意味で孤独を感じさせますね。
    久しぶりの更新ですが安定ってお言葉とても嬉しいです。こちらこそいつもありがとうございます!

  • モーパッサンって、「女の一生」でも、カップルを眺めながら泣き出す独女のことを残酷なまでにそのままの姿で描いていましたよね。
    赤ちゃんが欲しいのにどうしても子供が生まれなかった人や、結婚したくても出来なかった人などの、寒々しいまでの辛さを、「ほら、辛いだろう」とドライなまでに活写するんですが、あれ、ちょっとゾッとしてしまうんです。下手な気遣いや思い遣りなど届かないことをあの書き方でかえって浮彫にしているようで。

    作者からの返信

    こちらにもありがとうございます。
    そういえばそんなシーンありましたね。個人的にはその辛辣な描写が好きです。ありのままをごまかしたりせず書いてあるから、信頼というか、安心して泣けたり笑えたりするんですよね。今はやりのポリコレとか、先生なら鼻で笑いそうです。でもちゃんと人間への情があるからずるいんですよね(笑)

  • 一発でシコを疑ってー!涙
    胸糞ですね本当。
    ところで「シコ」ってフランスに実際にある名前なのですね。日本でいうならどんな印象の名前なんでしょう。ジム→次郎、スミス→田中みたいな感じで。

    作者からの返信

    朝吹さん、コメントありがとうございます。
    本当ですね、誰もおかしいと思わないのか?
    ところでシコって名前、歯が腐ってる状態のことです。だからシコの旦那っていうと歯の欠けたおっさんが浮かんできます。日本語だと何でしょう? 虫歯欠男さん?

  • 情景描写と司祭の心理のコントラストが鮮やかですね。甥やお嫁さんとの年齢差から察するに司祭もまだ青年期か壮年前期なのかもしれませんね。決して今が不幸なのではないけれど、選ばなかった道ややり残した道への悔恨が湧き上がる。老年期に入れば、きっとそれすらも甘美な感情として懐かしく想い出すのかもしれません。そして間接的ではあっても多くの生を祝い、死を弔った仕事に誇りを持ち、穏やかに過ごすのではないでしょうか。ノルマンディーの田舎の人々の飾らない野次や、柊さんの「バブ」にほっこりしました。

    作者からの返信

    葵さん、コメントありがとうございます。
    ここには書いてませんが、父親が30歳ってことなので、たぶんその弟(20代)ではないかと思います。きっと村の司祭の職には誇りを持っているだろうし人望もあるのでしょうが、今まで触れなかった柔らかい部分に触れた痛み、みたいなのがすごく切ないですね。
    このあとの彼の人生、そういう風に歳を取れたらいいでしょうね。こちらまで想像が膨らみました。優しいご感想、ありがとうございます。

  • こんにちは、柊さん。
    柊さんの解説を読んでいると、この作品が本当によくできてると思いました。明と暗、白と黒、様々な対比がうまいですね。それをまとめて語る柊さんの解説もさすがだと思いました。
    まだ若い頃、映画のタイトルは忘れましたが、少年と一緒に寝転ぶことになってしまった司祭さまが、ためらいながら思わず少年の体にそっと触れてしまう場面を見たことがあります。
    神に仕え、禁欲を余儀なくされる生活は、私には想像もできないほど辛いのだろうと、その時思いました。
    この物語の司祭さまの涙は、そういう面もあるのだろうと感じました。苦しいでしょうね。

    作者からの返信

    レネさん、コメントありがとうございます。
    冒頭の風景描写からすでに意味があって、このあと登場する神父との対比になっているのが鮮やかですね。
    村人たちは親しげに冗談を言ったりしていますが、家族からですら名前ではなく「神父さん」と呼ばれるところに、その道に入ったことに対する敬意というのか、線引きを感じました。
    動物としての本能とは真逆のところに自分を置くのは並大抵ではないですね。

  • 知らない方が幸せだった感情なのでしょうね。
    小説には神父さんの心情がもっと詳細に書かれているのでしょうか?
    気になります。
    でも、子供に恵まれない夫婦もいるわけですから、ぜひこの経験を糧に立派な神父さんになって欲しいですね~。

    作者からの返信

    陽咲乃さん、コメントありがとうございます。
    この小説、とても短くて、神父の心情は赤ん坊に対して「生」を感じる部分ぐらいなんですよね。状況描写を淡々と書いているので、この部分だけが感覚的で、神父の動揺が浮き出すように見えます。
    確かに子供は誰もが授かるわけじゃないですね。この神父が翌朝どんな顔で教会にいるのか、そういうのもちょっと想像してしまいます。

  • 短い話の中に心の深淵を覗き込むような瞬間。

    まさに、そんな物語ですよね。大きな事件ではないのに、そこに人の性が見えて、さすがというしかない作品だと考えさせられました。

    作者からの返信

    雨さん、コメントありがとうございます。
    暮らしのワンシーンを切り取っただけの短い話なのに、なんかずしんと残りますね。こういう話を読むと、物語そのものじゃなくてそこに何を書くのかが大事だなと思わされます。

  • ここでの司祭は結婚を許されないのですね。
    ノルマンディーの田舎の美しい風景の中、光と闇、残酷な一幕かもしれませんが、この神父さんを含めて美しさを感じてしまいました。
    この赤毛の若い神父さんはこの時自分の選択を後悔したかもしれませんが、ここを乗り越えて素敵な神父さんになったのではないかと想像します。(楽観的に見過ぎかな?)

    作者からの返信

    風羽さん、コメントありがとうございます。
    切ない話ですけど、風景も司祭の心情も、村人たちの人間臭さも全部含めて、ピュアで美しいですよね。
    神父さん、泣くだけ泣いたら、きっとこれからたくさんの子供たちを祝福してくれるんじゃないかと、自分も思っています(そう思いたい)

    編集済
  • 僕は宗教が好きではないのです。それはたぶん、宗教が本質的に持つ純粋なまでの拗らせ具合を、自分もまた深い部分に宿している故の近親憎悪的感覚だろうと、拝読し思い知りました。求めているものはごく当たり前の事象として眼前にあっても、抽象化し体系化しないと納得できない。失って初めて持っていたことを体感できる。その矛盾を頭では痛いほどに理解している。でも、求めてしまう。
    しかし、また。人間性とはこのような苦悩の深淵から育まれていくようにも思えたりして。…神父さんの嗚咽は、彼が生を得ようとしている姿のようにも思えてしまいます。
    あーっ、月曜日の朝から濃く深いお話でした!ありがとうございました!

    作者からの返信

    呪文堂さん、コメントありがとうございます。
    >純粋なまでの拗らせ具合
    すごいな、ひと言で端的に表されてますね。人間の種の保存も動物としての営みのひとつにすぎないんだけど、それを抽象化して体系化して、なんか理由づけるような感じなのかなと思います。神学校でそういうことを詰め込んだ司祭が、理屈抜きの生身のぬくもりに触れてはじめて自分が捨てたものに気づくのは残酷ですね。生を得ようとして得られない自分に気づくような。でも仰る通りここから司祭の人間性が深まるとも考えられますね。
    こちらこそ月曜の朝から深いご感想、嬉しいです。ありがとうございます!

  • そういう制度があるとは知りませんでした。
    確かに一発で疑われそうですね(;'∀')
    わたしだったら15万くれるなら、すぐにオッケーします!

    作者からの返信

    陽咲乃さん、コメントありがとうございます。
    買い手は契約が成立したら不用意に売り主に近づいてはなりませんね。
    ああ、陽咲乃さん、欲がなくていいですね。この婆さんもがっつかなければ……

  • こんにちは。
    仰るとおり、おばあさんががめついところがミソですね。モーパッサン先生の筆の冴え!
    この仕組み自体はそこそこ理に適っているような気がします。財産を残したところで墓場に持っていけるわけでなし、死んだあとは全部あげるかわりに生きてる間は養ってちょうだい、と。
    でも、「早く死ねばいいのに」なんて思われながら生きるには、このおばあさんぐらいしたたかでないといけないかもしれませんね。

    作者からの返信

    久里さん、コメントありがとうございます。
    ノルマンディーの暮らしぶりや人間像を知っているモーパッサンならではの、現実味のある人間像ですね。
    ヴィアジェ自体は仰る通りで合理的な制度だと思います。ただ、なんとなくモヤっとした気持ちで支払いが続きそうなのが、なんだか……ですね。まさに、婆さんのようなメンタルでなくては売り手になれないかもしれません笑

  • ヴィアジェ、ダークなシステムですね~~それが現実に成り立っているというのが驚きです。本当にお互いどんな腹の内でいるものか・・・想像に難くないですよね💦買い手が売り手の死を待つって、あからさますぎますね。

    作者からの返信

    神原さん、コメントありがとうございます。
    なんか人間のピュアさ✨を試されてるようなシステムですね。この話は極端としても、腹の内になにを抱えているかまでは分かりません。。


  • 編集済

    ここまで3つのお話を拝読して、どれもテイストが全く違うので、すごいなあ~とただただ感心。このお話はドラマで見たいようなコメディですね!
    神父さんは災難でしたが、きちんとお役目を忘れず洗礼を施すところは偉いです。というか、ママたちに頼まれて子供たちを迎えに行くって、どんだけ親切なお人なのかしら。
    時代や歴史やお国柄、全てが絶妙にマッチした最高のコメディだと思います♪

    作者からの返信

    鐘古さん、続けて読んで下さり、コメントありがとうございます。同じコメディ系でも味わいが違うところが名人芸ですよね。この話は時代を考えると怒られるぎりぎりを攻めてると思うんですが、軽快なコメディにしつつも、洗礼のところなんかはちょっと感動的だったりして、匙加減が上手いなあと思います。ママさん方と神父さんの関係、寄宿学校、機関車など、さりげなく当時の習慣や風俗も垣間見られて、短いながらも読み応えあるコメディですね♪

  • うーん。これ、シコはそんなに悪人じゃないところが、なんとも考えさせられますよね。婆さんの言い値を三年きちんと払ってたんだし……まあ三年ではまだ不動産価格には程遠いのでしょうが。。。
    比べて婆さんは、袖の下まで要求して、典型的なごうつくババアですよね(^^; ピンピンしてるのを見るたびに殺意が湧く気持ち、すごくわかるかも(苦笑)
    そして婆さん……粗食で長生きしてお金をずーっともらうより、美味しいお酒を楽しんで大往生、って考えようによってはいい死に方じゃないのと思っちゃいました……。シコは農場を手に入れたあともずっと、婆さんの墓に参ってお酒をあげたりしたんじゃないかしら、なんて想像も(それもある意味いい話じゃなくてブラックな気もする)
    とてもモーパッサン先生らしい、肚に残るお話でした。紹介してくださってありがとうございました!

    作者からの返信

    烏丸さん、コメントありがとうございます。
    シコが根っからの悪人で婆さんが優しい人とかだったらもっと単純なんですけど、そうじゃないところがじわじわくるんですよね。生身の人間ぽいというか。土地の価値からすると、婆さんが10年生きようがシコは払わなきゃいけないんだけど、ここでこういう心理になるのが本音を書いてるなと思います。
    美味しいお酒を飲んで大往生って、見方によっては幸せなのかもしれませんね。
    ところで、お墓でお酒を……のところ、実はYouTubeでこのドラマ版を参考に見たんですが、ラストシーンがまさにそんな場面で、おお、と思いました!烏丸さんも演出家ですね^^
    肚に残るって言い得て妙です。こちらこそコメントありがとうございました!

  • これはカラッとした皮肉が効いた作品ですね。
    「テヘペロ」等、柊さんのマグロワール婆さんの描写がいい味を出しているのもありますが、ノルマンディーの人々のしたたかな話、結構好きです(笑)。あと…お酒を飲み過ぎてひっくり返って死ぬってあまり悪い死に方じゃないかも。
    日本って国民健康保険制度や医療レベルの高さから長寿国だけど、健康寿命ならいいけど…それこそ年金欲しさに胃ろうを外さない家族もいたり、ね。少子化が加速する今、長寿国というのも若い世代の負担や国の未来を考えると、色々考えてしまいます。

    作者からの返信

    葵さん、コメントありがとうございます。
    胸糞展開って書いちゃったけど、みなさんのコメント読んでるとそこまででもなくてカラッとした皮肉って感じなのかなと思いました。なんとなくお年寄りを死なせる話がアレかな~と思っていたんですが、この婆さんも結構したたかなんですよね。酔っ払って分からないうちに死んじゃうのは幸せなのかもしれないし。
    確かに長寿ってひと口に言っても、どんな状態で、というのが大きいですね。年金のために……なるほど、色々考えさせられます……


  • 編集済

    これはまた。非常に考えさせられるお話でした。人生って、損得なのか?長短でその重軽を測ることができるものなのか?
    貨幣経済社会の限界を見据えていたようなお話だと思いました。『タイパ』なんて言葉を聞いたら、先生にやりと笑いそうですっ 優れた科学者や文豪は、未来が視えちゃっているのでしょうか。マグロワール婆さんの心情が隠されているのがまた秀逸ですね。一体、誰が得して誰が損をしたのか?そもそも損得ってなんだっけ?
    しばらく、ウロウロと考えたくなるお題を、ありがとうございましたっ!

    作者からの返信

    呪文堂さん、コメントありがとうございます。
    損得や長短で幸せが測れるのか、というのは大きな疑問ですが、人生は(というか社会の価値観が)そうできているのは否定できないですよね。自分がそこに染まっている現実も。
    タイパとかコスパとか、きっと先生の時代にも概念としてはあったでしょうね。だからこそこういう話ができてしまうという。ずっと昔からの人間の業だなと思います。もしかしたら今の社会も見抜かれていたかもしれません。これも普遍的なテーマのひとつですね。こちらこそお読みくださって、ありがとうございます!

  • 更新ありがとうございます!
    お婆さんが月150フランで手を打っていたら、もうちょっと長生きできていたかもしれないですね。寿命がどれくらいなんて誰にもわかりませんけれど。
    でも反対に考えると、粗食だったお婆さんが美味しいブランデーをたくさん飲めて、苦しむことなくスッと死ねたのは、ある意味幸せなのかもって思ったり。
    損得勘定が働くと、人間って変わってしまいますよね。損したくない。相手が自分より得するのはずるいという感情。他人もそうだし、家族間も損得勘定が働くとギクシャクしますよね。気持ちの良い人間関係って難しいなと思います。

    作者からの返信

    遊井さん、コメントありがとうございます。久しぶりの更新ですが読んでくださって嬉しいです!
    そうですね、150フランなら少なくとも酒樽を持ち込んだりはしなかったかな。いずれにせよ寿命なんて分からないものですよね。
    美味しいブランデーを飲んで死ねるのは幸せ、確かにそうかも。遊井さんお優しいです。
    損得勘定って色んなところについて回りますね。そこに囚われたら肝心なことを忘れそうです。この二人も決して食うに困る人たちじゃないのに。結局は心の余裕の問題なのでしょうかね。。

  • なんて合理的な契約って思いましたが、人間ですものね。
    お互い欲が出ると危険ですね。
    少し話がずれますが、日本では年金受給年が65歳から70歳になっても諦めモードなのに、フランス人は2年伸ばそうとしただけで、デモが起きたそうです。
    将来についてちゃんとしているお国柄なのかなって思いながら拝読しました。
    モーパッサン先生の時代から、フランス人は将来設計が出来てるんですね。
    今回も面白く紹介して下さりありがとうございます♪

    作者からの返信

    ハナスさん、コメントありがとうございます。
    合理的に見えてなかなか微妙な契約ですよね。お互いが心に余裕がないと、この話のように欲に負けてしまいそうな。
    ところで日本の年金の受給年のことは知りませんでした。70歳とは、ずいぶんですね。
    年金制度の大規模なデモが続いたのは2年ぐらい前だったかと思います。結局は政府が憲法を濫用して無理やり法案を通したのですが。。
    労働の種類によってはこれ以上引き上げられたら年金をもらえないうちに亡くなってしまう人もいるはずで、ブルジョワ育ちの政治家にはそれが想像できないというか、見捨てているのでしょう。
    デモには学生なども多くて、やっぱり若い人たちは自分にも降りかかることだから真剣に将来を考えるのだと思います。
    この短編は後味は悪いですが、とてもモーパッサンらしい作品なので、久しぶりにアップしました。こちらこそいつもお付き合い下さり、ありがとうございます!

  • 柊圭介さん。

    不動産売買、お互いにとって一見良い取引に思えますが、売り手と買い手の邪険な駆け引きを彷彿させるようでもありますね。
    そんな盲点を皮肉に描いた物語ですね。
    モーパッサンらしい人間の心理が面白くもあり悲しくもあります。

    作者からの返信

    この美のこさん、コメントありがとうございます。
    笑顔で取り引きしても、その裏でどんな思惑があるのかを想像すると、ドロドロしたものが出てきそうですね。今回は不動産の話でしたが、色んな事に通じるような気がします。そこを遠慮なく書いてくれるのがモーパッサンの面白さで怖さでもありますね。

  • この売買契約、日本でもできましたね。
    ただ、長生きすればするほど、買い手は損って、なんだか怖いことを考えそうです。
    モーパッサンって・・・
    本当にシニカルな人物ですよね。

    作者からの返信

    雨さん、コメントありがとうございます。
    あ、日本でも登場したんですか!そうですねえ、日本は長寿の国だから…………買い手としてはどうなのだろう。。
    この話もシニカルな目線で乾いた文章で書かれているのがモーパッサンらしいですね。

  • 最初はこの契約いいな、とちょっと思いましたけど、こうして一編のお話を読んだ後ではとてもいや〜な契約だなあ、と思いましたし、何となく、フランスらしい発想のような気がしてしまいました。
    買う方も売る方も、何だか喉に食い物がひっかかったような、そんな気分になりそうですね。

    作者からの返信

    レネさん、コメントありがとうございます。
    発想としては悪くないと思うんですが、なんか、人間性を試されますよね(笑)心の奥の気持ちにどれだけ蓋をできるのでしょう。
    モーパッサンは「これが本音だろ」というところを正面から書いているのでむしろすがすがしいです。

  • こんな不動産売買システムがあるんですね! 
    日本でもあるんだろうか?
    今度知人の銀行マンに聞いてみようかな。

    作者からの返信

    叶さん、コメントありがとうございます。
    「この物件おいしいな」と思ったらほとんどこれです。きれいな気持ちで支払い続けられる人が素晴らしいですね!


  • 編集済

    いたっ!! と思いました、二重の意味で。
    ひとつは、年寄る一方の自分に引き寄せて。
    ひとつは、日米のトップの駆け引きを思い。
    ことに後者はジャストフィットなタイムリー、みごとなご手腕に驚きました。
    日本にもリなんとかという、得なのかどうかわからないシステムがあります。

    作者からの返信

    上月さん、コメントありがとうございます。
    日米会談のことは念頭にはなかったのですが、そう聞くとこの短編の内容があとから効いてきますね。人だけじゃなく国同士の関係も……メタファーとして考えると恐ろしいですね。。

  • しょうもないコメントを失礼いたします。
    最近原作を読んで大好きになったオスカルと、昔読んだ『太陽と月に背いて』の彼らが出てきて嬉しいです!かっこいい女には憧れるだろーと思うので(オスカルは容姿もイケメンですが・・)
    このポールのように明らかなヘイトが黙認?されていたというのが“そういう時代”と考えれば悲しいですが、罰せられる国があることにも驚きでした。本当に面白いし勉強になります。結末が楽しみです。

    作者からの返信

    芽花さん、コメントありがとうございます。全然しょうもなくないです!ヴェルレーヌとランボーもこともご存じで書いといてよかったと思いました。
    同性愛は1980年代まではフランスでも精神病扱いだったので……この時代であればポールのような人の方が普通であったと思います。やっぱり宗教とか教育の影響は今でも大きいと感じます。あ、でも最近は日本のBLも人気が出てきているようです笑


  • 編集済

    こちらを拝読しただけで脂肪のかたまりが可哀相で泣いてしまいました。志望のかたまりって呼ばれ方がもう可哀相・・笑
    口笛が救いになっていればいいなあ
    フランスには結構残酷な印象を持っているのですが、隠さずにドロドロの醜さを見せてくれるのならば逆に清々しく感じられそうです。読み進めるのが楽しみです!

    作者からの返信

    芽花さん、こちらにもお越しくださってコメントをありがとうございます。
    拙い紹介で恐縮ですが、深く汲み取ってくださったようでとてもありがたいです。ラストシーンはやるせないですね。
    フランスは確かに辛辣な印象があるかもしれませんね。モーパッサンの作品も残酷な話が多いのですが、ドロドロの醜さを書きながら人間味が感じられるところが魅力だと思います。
    またお時間があるときに気になったタイトルから覗いていただければ幸いです。嬉しいコメントに沢山の星までありがとうございます!

  • 同感です。この世界が残酷で平等でないことは衆知の事実です。「薬屋の少年」はこの世界の現実を体現していますが我々を含めた市井の1人です。我々はこの残酷な世界を構成する薬屋であり椅子直しの女でもあります。現実に押しつぶされしまう事なく生きて行くのは決して容易いことでは無い。それでも人は夢をみて前をみて生きて行く。「椅子直しの女」もまた与えられた人生を彼女なりに創意工夫して全うした善き人の1人であり、黒澤明監督「どですかでん」にもそのようなエピソードがあったように記憶します。「だから何?」と問いながら自分も日々人生を無為にすり減らしてい者ではありますが、そんな人生の断片を、モーパッサンのような稀有な創作者が物語にしてくれている。柊圭介さん、
    おかげさまでで今宵もウイスキーに文庫本を片手に椅子直しの女の生涯に思いを馳せ、至福の時間を過ごさせて頂きました。モーパッサン、忘れてました。色褪せた文庫本、しばらく楽しめます。











    作者からの返信

    @redmayneさま、お読み下さり、丁寧なコメントまでありがとうございます。
    我々の中に薬屋と椅子直しの女の両方が存在しているのかも知れませんね。薬屋のようについ目先のことばかりにとらわれそうになりますが、報われなくても幸せだった女の小さな喜びを大事にして生きているような部分もあり。人は無味乾燥な現実だけでは生きていけないようになっているのかもしれません。
    モーパッサンはとても辛辣でストレートな書き方をしますが、冷たさではなく情や体温のようなものを感じるところが好きです。
    個人的な趣味の連載ですが、再読のきっかけになれたら光栄です。素敵なコメントに感謝です。

  • すごく面白い小説ですね。
    全然、知りませんでした。
    モーパッサンの怖いくらい突き放した視線が、たまりません。
    食わず嫌いで、何となく避けていましたが、読んでみようかな?
    それにしても、素晴らしい小説案内です。
    一つ一つ、丁寧に読ませていただきます。

    作者からの返信

    たてのつくしさん、お越し下さりありがとうございます。
    「脂肪のかたまり」などは有名ですが、短編集の中にはほかにもいい作品がたくさんあるので、なるべくバリエーションが豊富になるように選んでいます。
    モーパッサンの突き放した視線の中に人間味を感じるところが好きです。
    嬉しいコメント励みになります。興味を持たれたタイトルからでもお読みいただければ幸いです。

  • ずーーーん。落ち込みました。
    柊さんの言うことをきいて、準備しておいて良かったです。
    でも不思議なことに、私、このお話を知っていました。あれれ? なんでだろう? どこで読んだのか全然思い出せないのですが、オチも知っています。
    モーパッサン先生の作品に触れるのは柊さんのところが初めてなのにな??
    としばらく考えて、思い出しました。興味が湧いて青空文庫でいくつか作品を読んでいたのです。その一つがこれでした!
    一応調べてみたら、そちらは「糸くず」というタイトルで、よく見たら翻訳しているのは国木田独歩でした。教科書に出てくる人だよ……!
    すっきりしましたが、思い出したところで立ち直れるわけではありません。ずーーーーん。

    作者からの返信

    鐘古さん、コメントありがとうございます。
    青空文庫、僕もどんな翻訳がされているのか覗いたことがあります。この話も載っていたので読んでみました。なんか日本語自体がけっこう古くて読みにくかった印象があります。モーパッサンの文章の方が現代的に感じたぐらいです。国木田独歩、僕は恥ずかしながら名前をどこかで見たことがある程度で、そんなにすごい人と知りませんでした。
    新訳もあるでしょうが、訳が古くても新しくても、この話に救いがないのは変わりませんね。。

  • 変なところで家族の気が合っちゃって、マーズはいい面の皮でしたね! ちょっとくらい遺産をあげてもいいような……いや、駄目か(笑)
    それにしてもシャルロットさんも、そこまでしてなぜ姪の子の顔が見たかったのか、人間って不思議です。
    向田邦子作品のもじり再びも、面白かったです( *´艸`)

    作者からの返信

    鐘古さん、コメントありがとうございます。
    それぞれが腹の底で色々抱えながらも利益が合致しているからOKみたいな流れが不気味なんですけど(笑)マーズは使われ損というやつでしょうか。
    お家を潰さぬよう、みたいな魂はフランスにもあったのでしょうね(そういうシャルロット本人は独身という)
    また図々しく向田作品の名前を借りましたがちょっとでもクスッとしてもらえたら救われます^^

  • 復讐のとき「パラン氏」③への応援コメント

    柊圭介さん、こんにちは😊

    冒頭のジョルジョ君との癒しの時間があっただけに、全てを失った後の孤独や喪失感、裏切りへの屈辱感、それらに押しつぶされていったパラン氏が哀れです。
    あの時を境にパラン氏はお酒におぼれ時間は止まってしまったようですね。
    20年後の復習も結果的に救われるものではなかったし。
    パラン氏は決して悪い人ではなかっただけに報われない人生に虚しさを感じます。
    モーパッサン自身が隠し持っていた痛みとしたら切ないですね。

    作者からの返信

    この美のこさん、こんにちは😊 コメントありがとうございます。
    この話は中編で、心理描写にもたっぷり文字数が割いてあるんですが、特に前半のジョルジュを愛するパラン氏の父親の心理と、後半の孤独の時間は、一緒に体験するような現実感があって、読んでいても重たい気分になります。
    三人に会う場面は人が変わったような迫力があるのですが、最後に待ち構えている空虚が何よりも強い後味になって残ってしまいますね。

  • 復讐のとき「パラン氏」③への応援コメント

    どの時代の人であれ、失ってから(過ちを犯してしまってから)気づくものってありますよね。それを繰り返してしまうのが人間というか。
    パラン氏がどうしたら幸せでいられたのか考えたのですが、この妻と結婚したのがそもそもの間違いだったのではないかと。年を召したお金持ちが、性格が良いとはいえない若い女と結婚するってあるあるですよね。そうした女性を選んだ以上、目を瞑らないといけないことは多いのかもしれませんね。
    この女を選んだのは自分。そう割り切って、不倫に目を瞑ることができたなら、ジョルジュ君と良い親子関係を築けたでしょうね。
    パラン氏は哀れな男性だし、復讐したくなる気持ちもわかるけれど、ジョルジュ君を傷つけるのは違うんじゃないかって思います。復讐するなら、元妻と親友に直接やらないとね!(お金を送らないぞって脅せばいいのにね、と思ったり。でもそうせず、お酒に溺れるのがパラン氏なのでしょうね)

    作者からの返信

    遊井さん、コメントありがとうございます。
    そうですね、そもそも結婚したのが間違いってことになってしまいますね。原作では妻の背景が少し書かれていますが、持参金のないどこかの店の娘がたまたまお金持ちに見初められたというパターンですね。パラン氏は育ちのいい坊っちゃんですが、逆に妻のような女に免疫がなかったのでしょう。だからあんなに冷たくされても信じていたという……。
    女中の暴露にしろ、「あなたのため」といって真実を告げることが正しいのか、そこも考えさせられます。一番の不幸は、あれだけ愛していたジョルジュがパラン氏の中で敵になってしまったこと、そして彼を傷つけたことですね。
    お金を送らないと奥さんが大騒ぎしてスキャンダルになるでしょうから、外聞も気をつけなきゃいけない人たちは気苦労が多いと思います。そうなるともうお酒に逃げるしか……。ある日ブラッスリーの片隅で眠るように亡くなれば幸せなのかもな、なんて想像します。

  • 復讐のとき「パラン氏」③への応援コメント

    実に、色々と考えさせられるお話でした。特に僕は今、愛情とはなんなのだろう?というテーマに雁字搦めの状態にある為、このお話は突き刺さりました。
    経済と修身の問題。倫理礼節の問題。次世代への承継問題。これらをひっくるめた、自身、他者、種、存在といった多層においての、愛の考察と追究について。たぶん僕らは、真剣に考えねばならないはずだと思うのです。
    近視眼的だと、どうしても袋小路に嵌りやすい。そこで、僕は『最後の子問題』というテーマを勝手に打ち上げて、ウロウロと考えることにしてます。人類が徐々に滅ぶとしたなら、最後の子が残されることになるはず。僕はその子を想うことができるか、その子のために何かし得るか。
    そこから愛情というものを見出だせないだろうかと夢想しているのですが、数年経っても全然進みませんっ!
    すみません、無駄話をしました!ご紹介、ありがとうございました!暫く、ウロウロ考えたいと思います!

    作者からの返信

    呪文堂さん、コメントありがとうございます。
    この作品から現代、未来への視点へも繋げられるとはさすが。
    子どもが愛情と絡んで題材になったとき、なかなか人は冷静でいられないというか、感情的なものが勝ってしまうのではと思います。もうひとつ倫理という「正しさ」に縛られるところもあると思います。「地球最後の子」が「自分の子」と同列で愛せるか、なにかできるか……それは決して先のことではなく今目の前にある課題ですね。価値観同士がぶつかるときは答えが出ないものだと思いますが、意外と答えはそこにあるのかも知れないし……ああ、僕もウロウロしてきました。
    いつも深い考察に刺激を受けます。ありがとうございます!

  • 復讐のとき「パラン氏」③への応援コメント

    こんにちは。
    復讐してスッキリ!…ではなくむしろ空しくなってしまうあたりがモーパッサン先生の深さであるような気がしました。あたたかさとつめたさとを併せもっていて、正義を希求していても現実の厳しさから目をそらしはしない。
    先生自身の痛み、、、仰る通り、それが昇華されているような気がしますね。

    作者からの返信

    久里さん、三話お付き合い下さりコメントもありがとうございます。
    この「復讐」のやりかたは読み手によって是非が問われるようですが、パラン氏の衝動的な気持ちはすごく分かります。衝動的だからこそ、この苦いラストシーンなのだろうとも思います。全編を通してパラン氏寄りの主観的な文章なので、最後に突き放すところが余計冷ややかで現実的に感じますね。内面を昇華しつつそれを冷めた目で見ているもうひとりの先生がいるような……

  • 復讐のとき「パラン氏」③への応援コメント

    これは、ぜんぜんスッキリする復讐ではないのですね。例の家族へ暴露したところで・・・でも吐き出すべき場所へ吐き出せて、虚しさしかなかったとしても起こるべき出来事だったのかもしれませんね。パラン氏、悲哀に満ちたキャラクターです。モーパッサンの一部なのでしょうね。

    作者からの返信

    神原さん、全話お付き合い下さって、コメントもありがとうございます。
    吐き出すところへ吐き出したものの……これは全然ざまあじゃないですね(あまりざまあの定義を分かってないですが-_-;) 復讐がブーメランになって自分に刺さってしまった感じがします。
    モーパッサンは孤独な男を描くとやたら身につまされるものになりますが、少なからずご本人が投影されているところもあると思います。。

  • 復讐のとき「パラン氏」③への応援コメント

    隠し子がいたというモーパッサン。後悔や懺悔、またお相手の女性への侮蔑的な感情や憐憫等を長年抱いていたのかもしれませんね。自分はいわゆる「いい親」になれず「あたたかい家庭」を手に入れられなかったという想いが、執拗な孤独描写に表れているのかも。
    モーパッサンが描く人間の弱さや残酷さは、悪ではない人や生き物を一番苦しませる形で終わる事があり(この作品ではジョルジュ君)、それがまたリアルで読者の心に響くのかもしれません。彼の作品を読むと、その生い立ちも相まって切なくなります。自身の弱さ・残酷さから目を背けなかったその姿勢に。

    作者からの返信

    葵さん、最後までお付き合い下さってありがとうございます。
    子供や相手の女性に対する感情、確かに一色ではなく、複雑な気持ちが入り混じったものですよね。そして自分自身の男親としての感情もそこに交わって。遊び人的な独身貴族の表面とは逆に、底に溜まっている弱みみたいなのが、この方の親子ものには浮き出てくるのかも知れません。
    弱い者に優しい目を向けるのと同時に、残酷な仕打ちもしますよね。なかなか今は自然主義って流行らないかな、なんて思います。人が見たくないものを掘り出してくるようなところ、ありますから。でもそこを隠さず書いてくれる姿勢にやっぱり惹かれるのですよね。

  • 復讐のとき「パラン氏」③への応援コメント

    奥さんがひどすぎる……(;´・ω・)
    ここまで追いつめられるなら、いっそお金をあげない方が良かったかもしれませんね。
    元妻と子供が困っていたら助けてあげたんじゃないかなあ。
    根っこはいい人なんだし、と思いました。

    作者からの返信

    陽咲乃さん、ここまでお付き合い下さりありがとうございます。
    奥さんのしたたかさよ……。托卵とかいう言葉があるみたいですが、そういう人ですよね。
    この時代は夫がお手当を出すのが当然だったと思われるのですが、それに乗っかるリムザンが男としていかがなもんかと思います。救いのないお話ですみません。コメント、ありがとうございます。

  • 復讐のとき「パラン氏」③への応援コメント

    虚しいラストシーンでした。
    パラン氏の名前の意味を知り、余計に(泣)
    モーパッサン先生は自分の痛みを作品で昇華させているのでしょうか。
    後世に名を残す文豪たちのあるあるですね。

    今回もありがとうございました♪

    作者からの返信

    ハナスさん、三話お付き合い下さりありがとうございます。
    苦さと虚しさばかりが残るラストですね。「親」という意味の名前なんて残酷なアイデアだなと思います。
    モーパッサン本人の私生活はそこまで知らないのですが、親子を書くときにほかの作品と違う粘着感と痛さがあるように思います。フィクションを通して自分の何かを昇華させていたのでしょうかね。
    こちらこそコメントをありがとうございます。励みになります♪

  • 復讐のとき「パラン氏」③への応援コメント

    パラン氏は復讐すべきではありませんでしたね。柊さんが書かれている通り、ジョルジュ君は大変なショックでしょう。
    復讐をするなら、もっと早く、別な方法を考えるべきでしたね。
    でも、よく考えると、この復讐によって1番深い悲しみを覚えたのは,パラン氏かもしれませんね。
    うう、なんか、救いようがないですね、この話。
    でも、とても面白かったです。

    作者からの返信

    レネさん、最後までお付き合いいただき、コメントありがとうございます。
    原作の中には、「ジョルジュも今では敵だった」というような文があって、全てが恨みつらみの対象になってしまったことが分かります。そうなるともうジョルジュの気持ちなんて思いやる余裕はないのでしょうね。でもいざ復讐を果たしたところで虚しさしか残らないという。。人間の弱い正直なところを抉っていると思います。しんどいけど、そこが小説の面白さですね。

    編集済
  • 復讐のとき「パラン氏」③への応援コメント

    これは、父親として最低ですよね。
    どっちが父か、そこはわからないですけど、でも、パラン氏にその資格はないです。

    作者からの返信

    雨さん、最後までお読みくださり、コメントありがとうございます。
    この暴露の部分があるから、人間って弱いなと思わされますね。酒に溺れているだけの方がまだ「被害者」でいられたのに。
    パラン氏の主観で進めておいて最後に苦い虚しさで落とすところなど、うまいなと思います。

  • 復讐のとき「パラン氏」③への応援コメント

    こんなふうに続けてみたのですが、甘すぎでしょうか。
    あれから数年後、パラン氏のところに若い父親が訪れます。それは三歳の息子を連れたジョルジョでした。パラン氏が荒れた夜から、リムザン家ではあの話題が出たことはありません。しかし、ジョルジョが結婚し、子供を公園に連れていった時、昔、自分のことを愛しい眼で見守っていたくれた人の姿がよみがえってきました。それは父親のリムザンかと思っていたのですが、違いました。それはあのパラン氏でした。それに、彼は自分たち家族のために、二十年間も給料の半分を送ってくれていたのです。ジョルジョは「あなたは私のムッシューParent(親)です」と言います。
    (笑)

    作者からの返信

    九月さん、三話お付き合い下さってありがとうございます。
    二次創作(というんでしょうか)、ああ、こういう風に続いてくれたら少しでも救われるなあと思いました。九月さんの優しいお人柄が出てますね。原作のポイントをしっかり押さえておられるところがさすがです。
    この思わせぶりな名前は、どういう意図でつけたのかなと自分ではまだ理解できていません。読んだ方にお聞きしてみたいです。

  • 復讐のとき「パラン氏」③への応援コメント

    う~ん、やっぱりな展開でしたね。((((oノ´3`)ノ
    復讐を遂げたパラン氏が得たものは苦い自己嫌悪だったとは……。
    愛憎は過ぎてしまえば滑稽だったりしますが、渦中の人たちは懸命で。
    生涯独身のモーパッサンさんだからこその観察眼がおもしろかったです。

    作者からの返信

    上月さん、連続でお付き合いくださり、コメントありがとうございます。
    苦い自己嫌悪、そうですね。復讐して溜飲を下げることができる人なら20年も苦しんで来なかったでしょうね。
    愛憎を過去にできない人はずっと渦中のまま老いていく、それも残酷ですね。
    モーパッサンがどういう気持ちでこの長い話を書いたのか、聞いてみたかったです。

  • パラン氏、かわいそう・・・この時点での救いようのない感じがモーパッサンですね~容赦ない・・・パラン氏、なにも悪くないのに涙

    作者からの返信

    神原さん、コメントありがとうございます。
    ほんと、なにも悪くないのに……。
    ここでは短くまとめてしまいましたが、原作ではパラン氏の感情に重点がおいてあって、孤独な日々が彼の目線で切々と語られていて、読んでてつらいです。

  • 自ら墓穴を掘ってしまった、バラン氏の20年後は、興味が尽きないです。
    続き、すごく楽しみです。

    作者からの返信

    雨さん、コメントありがとうございます。
    墓穴を掘ってしまいましたね。一度知ってしまったものはもう取り返しがつかないって、残酷ですね。
    次回が最後のエピソードです。


  • 編集済

    これは壮絶ですね。
    妻に出て行けというだけでなく、同時に息子も失って、そりゃ生きる気力も失いますよね。可哀想なパラン氏。街の中で,5年後偶然3人を見かけるのも残酷ですね。
    しかしパリ郊外で何があるんでしょう?
    またまた楽しみです。

    作者からの返信

    レネさん、コメントありがとうございます。
    そうですね。原作では喧騒や酒で孤独を紛らわそうとする姿が執拗なぐらい長く書いてあります。3人の姿を見てからは糸が切れたような空虚感がすごく印象的です。
    次回、最後のエピソードです。

  • 私が興味があったのはここです。この孤独地獄の部分、小説の他の部分(そちらはコメディ的ともとれる)から浮きあがるように、すごい熱量で書かれていますよね。泣きながら書いていたのかも。実体験した人しか書けないような描写があります。先生は大切に取っておいた題材(体験)を、ここで使ったのだと思いました。この小説がどんな時に書かれたのかはわかりませんが、渾身の投球で、新聞の毎日の小説のひとつとしたはもったいないというか、重いですよね。
    柊さんはあの長くて辛い葛藤部分を、こんなふうにさらりと要約するのは簡単じゃなかったと思います。この三倍くらい書かれて、削られていったのではないでしょうか。拍手。

    作者からの返信

    九月さん、コメントありがとうございます。
    やっぱりこの孤独地獄の部分ですか。本当に、執拗に書いていますね。二人を追い出す第一章でのジョルジュへの執着と疑念が膨れ上がるところも長いですが、この二章での孤独と喪失の描写は特に熱がこもっていると思います。
    これは仮定ですが、先生も自分の子どもとこっそり会う機会があって、そのときの子どもに対する皮膚感のある愛情がジョルジュに投影されているかも知れないし、ひとりになったときの虚しさがパランに投影されているのかも。
    いずれにせよパランに憑依して書いているような真実味がありますね。
    要約してあっさりしてしまうのももったいないですし、どこを使ってどこを削るかは難しいです。だからこの作品はぜひ原作をお勧めしたいですね。


  • 編集済

    はい、よっぽどのことを言いました。
    ← ぷっ。(* ´艸`)クスクス

    気持ちは痛いほどわかりますけど、ムッシュ、自分の子であろうとなかろうと、じつは大したことではないのですよ、そのパーソナルを愛するということにおいてはね。いろいろなことを見て来たお節介オバサンはそう言ってあげたいような気もします。

    作者からの返信

    上月さん、コメントありがとうございます。
    その境地に至るのは大変難しいでしょうね。まったく知らない男の子どもではなく、親友の子どもかも知れない、というところがかえって苦しみを深める気がします。上月さんがブラッスリーにいればよかったのに。

  • ジュリーの話が本当だったら(タイトルが「妻に騙されていた夫」なので本当っぽい?)妻だけでなく唯一の親友にも裏切られていたってことですね。信じられるものがなくなってしまいそう。

    作者からの返信

    橋本さん、コメントありがとうございます。
    ジュリーはクビ覚悟で暴露したってことですよね。だから妻だけでなく親友も……。一番嫌なパターンだけど現実にもありそうです……

  • おお、さらに修羅場が続きそうですね。どうなるのやら・・・💦 ジョルジュくんもかわいそう・・・

    作者からの返信

    暴露からの修羅場。ジョルジュ君、まだ3歳でかわいい盛りなのに。大人の事情って……💧

  • うわ~、ごね得じゃないですか~~奥さんとしてご満悦ですけど、そのイタさを晒すお話なのですね・・・相変わらずモーパッサン先生ときたら・・・やっぱり小役人ははずせないのですね笑 モーパッサン作品は柊さんのところで読むのが一番面白い気がします。というか原作ほぼ読んでません・・・ここで満足してしまいます^^ いつもありがとうございます✨

    作者からの返信

    神原さん、こちらも読んで下さってありがとうございます。
    ゴネ得の言ったもん勝ちですよね。そのご満悦のイタさを晒すお話、まさにその通り!笑 
    で、なぜかこういうときの夫の職業は小役人なんですね。ほとんどパターン化しています。もう色々とよく分かって下さってますね。
    取り上げるときはどうしても端折るので100%書けないのが残念なんですけど、少しでも雰囲気が伝えられたらなと思います。こちらこそ、嬉しいコメントをありがとうございます!

  • こんにちは。去年、髭の先生のところへ日参していた時、この作品を読んでみたことがありました。これ、長いですよね。5回にまとめられますか。もしかしたら7-8回くらいになる可能性あり?この作品、実際に体験していなければ書けないと思われる部分、ありますよね。そこを柊さんがどう書かれるのでしょうか。期待大。
    今、選挙を見ていたのですが、だめかも。彼が大統領になってしまったら、アメリカの明日はどうなるのでしょうか。こわい。

    作者からの返信

    九月さん、コメントありがとうございます。
    もう読まれたんですね!どうしよう、緊張します。そうですね、細かいところまで書けば5,6回ぐらいになっちゃいそうですが、あまり長いのも飽きると思うので繰り返しの描写は端折って3回にまとめました。もったいないけど。原作を読んだ方には短いと感じられるかもですが、どうか寛容な目で見てやってくださいm(__)m
    選挙、今日には確実になるのでしょうか。後で見てみます。

  • なんという展開。これは面白い作品ですよね。
    そして、古参の女中が、家の影の支配者、ありがちなことで、こういうところも本当に面白いと思いました。

    続き、楽しみです。

    作者からの返信

    雨さん、コメントありがとうございます。
    ドロドロの展開になりそうですね。女中さんが裏で仕切っている家庭ってけっこうあったんじゃないかと思います。そういうのが垣間見られるのも面白いですね。

  • これは大変だ。
    いいところで終わりましたね。早く先が読みたいです。

    作者からの返信

    レネさん、コメントありがとうございます。
    今回は3回に分けました。見届けていただければ幸いです。

  • こういうマダムは得意げにみんなに話すと思うので、倹約家マダムたちが、「家の中で燃えましたの」とあらゆるものを持って保険屋に行くのではないかと予想します!保険屋さんが断ると、「でもあの人にはお金を出したじゃない。ずるい!」と逆ギレするという。
    こういうことがあるから、マニュアルが細かくなり、注意書きが増えていくんですよね。
    ケチな人の話っておもしろいですよね!
    日本の昔話でも、ウナギが焼ける匂いをおかずにして米を食べるとかありますよね。

    作者からの返信

    遊井さん、コメントありがとうございます。
    ああ~、これ言いふらされたら保険屋さんはたまらないですね。ここにも「ずるい」が出てきそう。規約とかに細かい文字の注意書きがやたらと多いのはこのせいなのですね(笑)
    ケチの話は自分にも返ってくるものがあって苦い笑いって感じですよね。隣のご馳走の匂いで自分もごはん3杯いけます。

  • うっ……大変な事態ですね~。
    だれの子かは妻しか知らない。
    峻厳なる事実を知るのが怖い。

    作者からの返信

    上月さん、コメントありがとうございます。
    今回は中編ですので3回に分けました。
    突然の暴露にうろたえる夫、このあとどうなるのでしょう……

  • こんにちは。
    私もケチ、いえ倹約家の仲間です。使えるものは使いたおしてしまえ、って感じですから、傘につぎはぎぐらいはしたかもしれません(^^;)
    そのぶんたまに贅沢するのは楽しみ、、ですが、この奥さんは保険屋さんのお金で贅沢な傘にしようってわけですね。奥さんの方が私より数段うわ手でした!

    作者からの返信

    久里さんこんにちは。コメントありがとうございます。
    使えるものは使いたおす、これは物を大切にしていることでもありますよね。寿命をまっとうして役目を終えるのが一番幸せだと思います!
    そして贅沢も自分のお金でするから喜びがあるような気もするのですが、この奥さんは徹底してました。保険屋へせびりに行くというのが高度な技ですね(笑)

  • 新年のあいさつをするお父さんが好きです。
    どさくさに紛れてキスの雨を降らせる主人公は……うーん。うーん。その後も手紙のやり取りを続けているなら、彼女の方も嫌ではなかったのかな?
    それにしても、永遠のあの日を生きるって辛いですね……彼女の方は現実もロマンもいいとこどりしている気がしますが。
    モーパッサン先生ご自身が、この主人公を冷めた目で見ていたのか、共感を持って書いていたのか、ちょっと気になるところです。

    作者からの返信

    鐘古さん、コメントありがとうございます。
    この状況で明けましておめでとうが言える器がかっこいいですよね。
    キスの嵐は図々しいですけど、口じゃないし……許して差し上げて(そういう問題じゃない)
    彼女が何を思っていたのかが読者の想像に委ねられるのがもやもやしますけど、いいとこどりしてるというのは女性ならではの鋭いご感想ですね。男性の方が物事を美化しやすくて、ずっと同じところを回りやすいのかも。痛いですね。
    個人的にはモーパッサンはあまりこの男に肩入れしていない気がします。こういうタイプじゃなさそう。「アホやなこいつ」と思いながら彼の感情を苦しげに書くという離れ技も作家の力量なのでしょうね。

  • 「死んだドブネズミ」ってすごい名前のカフェですね。そんな命名をしてお客さんが呼べるんだと感心しました。このカフェは実在したそうですけど、さすがに今はないですよね?建物が残っていたら(多分あるだろうなと思いますが)、今度パリに行く機会にでも(いつになるかわかりませんが)見てみたいです。

    作者からの返信

    田鶴さん、コメントありがとうございます。
    "Le rat mort" はピガールの有名なカフェだったみたいです。今は銀行の建物になってたはず。。モーパッサン時代の有名カフェも銀行とか保険会社とかになってしまって、今はないのが残念です……

  • あきらかなクレーマーなのに、保険屋さんやさしいですね。
    それにしても職場の人たち、ひどい!
    どこの奥さんでも怒りますよ。
    モーパッサンにしては?軽い感じのお話ですね。
    ( ^ω^ )

    作者からの返信

    陽咲乃さん、コメントありがとうございます。
    あきらかな言いがかりですよね。さっさと帰すには折れるしかなかったようです。
    小役人の職場って、先生も経験してますが、こういうえげつない嫌がらせとか悪口とかがはびこってたんじゃないかと想像できますね。このあと修理した傘もちょっと心配。
    久しぶりのリハビリ更新なので軽めのお話でした。物足りないという方のために?次は重ためを準備しているところです……( ^ω^ )

  • 傘は保険適用外、って次から規約に追加されそう。
    思っていましたがモーパッサン先生の作品、小役人多いですよねw ラストで落とし穴が待っているかと思ったら、そのまま奥さんが粘り勝ちなのが面白いです。
    >必要不可欠な出費にも胸が張り裂け
    これ分かります……。

    作者からの返信

    橋本さん、コメントありがとうございます。
    傘ピンポイントで適用外って笑えるw
    先生は小役人時代のストレスをこういう形で地味に晴らしてるんだと思います。意外と執拗ですよね。
    夫人のケチをからかいつつ、儲けてそうな保険会社が払う羽目になるという二段構造が好きです。
    物価、厳しいですよね……イタリアもですか……泣

  • 思うに。お金が大好きなケチ、収支計算に血道を上げる倹約家、必要なところへ必要な分だけ行き届かないと不機嫌になる経済家、使う行為自体が好きな浪費家、襤褸を着ながら大金使うオタク。実情はそれぞれですが、外から観るとケチと浪費家に大別されそうですね。奥さん、お金が好きなのは一向に構いませんが、イライラしちゃうのは困りますね。でも、保険金が下りたのはまあよかったです。詐欺的請求ですけど保険会社は儲かってますから。

    作者からの返信

    呪文堂さん、コメントありがとうございます。
    >襤褸を着ながら大金使うオタク
    ここの層、意外と多いかも。自分は不機嫌な経済家の類かなあ。そのぶん使ってもいいとなると上機嫌になりそうで。ああ、お金が絡むと見苦しいですね。
    この奥さんのやることはえげつないですけど、矛先が保険会社に向かうのがなんだか可笑しくて。お金のあるところからせしめるのが小市民的には快感なオチじゃないかと思います。

  • 安物買いの銭失いにはなりたくないハナスです、こんにちは。
    嘘をついてまでは保険請求したくないですね。
    ドキドキします。だからケチ、いや倹約家なんでしょうけど。
    お金を前にすると人格が変わる、いいえ本性が表れる。
    さすがモーパッサン作品ですね。
    噛み砕いて面白く紹介してくださること、感謝です。
    久しぶりの更新ありがとうございます♪

    作者からの返信

    ハナスさん、コメントありがとうございます。
    「安物を買うには金持ちでなきゃいけない」とココ・シャネル先生も言ってますね。ケチったらかえって損をするという意味では同じですね。
    この奥さん、おそらくすべての判断基準がお金なんだろうなと思います。滑稽だけど軽蔑できないのは自分の中にもその要素があるからかも。。(-_-;)
    久しぶりにもかかわらずお読みくださり、こちらこそ感謝です。ありがとうございます♬

    編集済
  • 柊さん、しばらくぶりの「モーパッサンはお好き」、何を選ばれたのだろうとわくわくしたのですが、「傘」でしたね。さすが。
    髭の先生は普通の題材で、話を進めていく天才。さて、オレイユ夫人のようなケチな人は誰の周囲ににもいますよね。私の周囲にもいます。
    これは、先生が雨の日にカフェに座って、あしたの新聞連載には何を書こうかなと思っていたら、穴のあいた傘の紳士が通り過ぎたので、それをケチな女性と結びつけて、この展開になったのではないでしょうかね。先生だから、できる技ですが。
    この短編の舞台はパリだと思うのですが、オレイユ夫妻はどこの出身なのか、原文を読めばわかるのですか。日本にもあるますよね、どこどこの出身者はケチだとか。
    私のケチ知人ときたら、震災の時、家屋が半壊したのに、全壊だと役所に認めさせたと吹聴していました。(これって犯罪でしょ?)それから、墓石の値段を割り引かせたとも自慢していました。それって、自慢できること?恥じゃないですかね?この題材、先生なら、小説にされていましたね。
    先生の小説って読んでいる最中におもしろいだけではなくて、読んだ後で、「夫人はなぜ、傘にライターで穴をあけたのは連中には抗議に行かないのか」とか、「去年、暖炉が火災になって、500フランの損害が出たって本当か」とか後を引きますよね。

    私は今、チェーホフの短編について書いているところ。ふたりの文豪は同年代で、死んだ年齢もほぼ同じ。ただ小説のアプローチの仕方は全く違います。片方は素材を活かした浅漬け、片方は長く寝かせたし梅漬かしら。どちらも超おいしいです。

    作者からの返信

    九月さん、コメントありがとうございます。
    モーパッサン自体しばらく読んでいなくて、特にストックもないので時間がかかりました。なるべく笑えるのがいいかなと思って選びましたが、いかにもいそうな人たちで本当に面白いですね。
    このお話の舞台はパリですが、オレイユ夫人の出身は書いてないですね。ちなみに保険屋はリヴォリ通りですので、あまり外に出ない主婦が丸の内に乗り込むような感じかな?と想像したり。
    夫の勤め先の連中には抗議できませんよね。それこそ妻が乗り込む場所ではなかったでしょうし、なにより金が取れないし。暖炉の火災の件は嘘だと保険屋さんが見抜いています。
    九月さんのケチ知人のお話なんか、短編で読んでみたいですね。自慢できることじゃないのを自慢するのがケチたる所以でしょうか。

    チェーホフは(というかロシア文学は)全く縁がないので九月さんの作品を読んで勉強したいです。二人の喩えが面白い。執筆がんばってください。


  • 編集済

    小役人が下のほうでもブルジョワに入っていたんですね。お金がないなら、家事なんて自分達でやればいいのにと思いますが、体面にかかわったんですね。なんか、武士は食わねど高楊枝みたいな悲哀を感じます。でもダイヤの首飾りの代金の前にはそんな体面は吹き飛んじゃったんですね。しかもなんてオチ……悲しすぎる。モーパッサンはマチルドみたいに分不相応な望みを夢想する女性が嫌いだったんでしょうか。

    私がフランス語で読もうと思ったら、一生かかっても終わらなそうなので、翻訳で読んでみました。最初のほうでマチルドが夢想した理想の生活の中に出てきた半ズボンの従僕ってどんな意味があるんでしょうか?

    以前に近況ノートでお勧めされていたベラミも翻訳で読んでみようと思うんですが、角川文庫(中村佳子訳)か、グーテンベルク21(中村光夫訳)かどっちか迷ってます。試し読みしてどちらも一長一短あるような気がするんですが、原文と比べてどちらがいいと判断できるほどフランス語能力がない(というか全然ない)んです。どちらがいいかお勧めできますか? よろしくお願いします。

    追伸:色々教えていただき、ありがとうございます。従僕は何か特別な意味があるのかと思ってしまいました。短い半ズボン(実は「短い」もついてました)というのはちょっと違う気がしてしまいますね。
    翻訳を確認してくださってありがとうございました。お手数おかけしました。ご意見を参考にして購入しようと思います。

    作者からの返信

    田鶴さん、コメントありがとうございます。
    >武士は食わねど高楊枝
    まさにそんな感じですね。ブルジョワとか労働者とか、身分というものがどれだけはっきりしているかは、今のフランス社会でも残っていると思います。だから余計マチルドの運命は皮肉ですね。
    半ズボンの従僕、と書いてあるのですね。これは膝下ぐらいのズボンに絹の長靴下というのが古典的な下男の格好だったから、そういうワンランク上の生活の雰囲気を想像したんじゃないかなと思います。

    べラミですが、自分も両方見てみました。どちらも忠実に訳されているのでなんとも難しいですが、原作の雰囲気を出しているのはグーテンベルク21の方かな、と感じました。でも読みやすさとか色々含めて、田鶴さんのお好みの訳の方でいいと思います。

  • 柊圭介さん、こんばんは😊

    ケチ、いや、倹約家のこの美のこです( ´艸`)

    この奥さんの倹約ぶりは相当なものですね。
    焦げた雨傘の損害の補償だなんて……笑
    ちょっと無茶ぶりな要求ですが、保険会社もこのままではらちがあかないと折れてくれたようですね。
    さらには奥さん、修理するのに一番上等な絹を使ってちょうだいだなんてね。
    自分の懐には倹約しても相手が払ってくれるとなると莫大な修理代を請求をするのはあっぱれですね!

    作者からの返信

    この美のこさん、こんにちは😊 コメントありがとうございます。
    みんな倹約して頑張ってますよね。お金の話は世知辛いけどこんな笑い話なら楽しいですよね。
    この奥さんは倹約家というよりモンスター客というか、完全な言いがかりです(笑)相手をする方も疲れそう。良識のある人は絶対にマネしないと思いますが、これぐらい図々しくなりたいなあ、なんて気持ちもあったりなかったり……?

  • こういう市井の人が、本当に面白いですよね。身近にいそうな人で、これこそ、ラノベにはない面白さです。

    作者からの返信

    雨さん、コメントありがとうございます。
    そうそう、この小市民な感じが「いるいる」って感じで。ついでに自分の心の中も覗かれてる感がするんですよね。


  • 編集済

    こんにちは。必要不可欠な出費には頭痛がしますが、自分の好きな、こだわりのあることにはケチりたくない、得手勝手倹約家の烏丸です(笑)

    絹張りの傘! 絹といえば着物を連想してしまうので、濡れても大丈夫なのかと一瞬、不思議に思いました。なにか撥水効果のあるものが塗布されていたのかな?
    マッチで傘を燃やしたところで、あ、これ余計なことした所為で保険が下りなかったのかなと思ったら……粘り勝ちしたんですね(笑) でも、修理代というよりも奥さんを追い返すためみたいな(^^;
    味をしめた奥さん、次に燃やすとしたらなんだろう……w おもしろかったです!

    作者からの返信

    烏丸さんこんにちは、コメントありがとうございます。
    自分の好きなことにはケチりたくない、ってすごく分かります。でもそれさえ我慢しなきゃいけない財布が恨めしいです(-_-メ)

    実は書く前に19世紀の傘を調べたんですが、生地についてあまり出て来なくて。蝋でコーティングした帆布とか、そういうのはあったようです。ネットでは19世紀の絹張り傘が売りに出てたりしますが、実物は見たことないですね。
    保険が下りるのは家での損害ということなので、家で燃やす必要があったんでしょう。想像するとこわい。
    保険屋さんも修理代で追い返せるなら支払ってしまえってことですね。これ以上味をしめないほうがいいと思いますが、奥さんの性格は一生変わらなそう……笑


  • 編集済

    このマダムは節約道をはずれていますよね~と、倹約家の自分は思いました。
    正しい節約家は、自分の工夫によって精いっぱいの倹約をすることにひそかな喜びを見出し、家の外部に原資を求めません。
    よって節約もまた美徳なのであります。( ^)o(^ )

    作者からの返信

    上月さん、コメントありがとうございます。
    正しい節約家の姿、まったく仰るとおりです。倹約道ではなくケチ道と言った方がいいですね。日頃高い保険金を取りながらいざというときに支払いを渋る保険屋からぶんどるという構図も含めて、笑い話としてご容赦くださいませm(__)m

  • 今回も導入から面白いですね。
    で、お小遣いひとつにも大変な苦労って、分かるなあ、私もそうでした。いや、これからは良くなると思った矢先、この物価高で小遣いには苦労しています。
    でもこの奥さんも相当なものですね。こういう奥さんを持つとダンナは苦労しますよね。可哀想に。傘で保険屋まで交渉に行くとは。
    でも、ダンナも小役人とはいえしっかり働いているんだし、結構金持ちなんじゃないんですかね。
    私の妻の友人に,資産家の令嬢がいて、といってももういい歳なんですが、ダンナには小遣いもほとんど渡さず、大学受験の浪人の娘がいるのに、旅行ばかりして遊んでいる主婦の方がおります。ポイントはダンナに小遣いを渡さないことです。
    こういう方をモデルに、もう一度モーパッサン先生に作品を書いていただきたかった。

    しかしこの奥さん、最後には傘に工作までして保険屋に乗り込んで,見事保険金を受け取ることになるんだから、倹約もここまでいけば拍手しかありませんね。奥さんの高笑いも当然のことでしょう。
    今回は、奥さんへの拍手でコメントを締めくくりたいと思います。
    面白い話をありがとうございました。
    パチパチパチパチ!

    作者からの返信

    レネさん、コメントありがとうございます。
    久しぶりに書いたのでどんな風に入ってけばいいか色々迷って時間がかかりました。これでOKならよかったです。
    今のご時世はお小遣いひとつとっても厳しいですよね。
    ケチというのは収入の多い少ないは関係ないと思ってるんですが、その資産家令嬢はまさにそうですね。倹約家ではあってもケチではありたくないですが。
    夫人は自分の懐だけは痛めたくないという典型でした。ここまでやってくれたら笑って拍手ですね。相手が保険屋というのがちょっと痛快だったりもするので。
    読んで下さってありがとうございます!

  • あれえ、最初おもしろいな~ディズニー映画かなと思って読んでいたのですが、最後のモーパッサン先生が精神病院で亡くなったくだりを読むと、全部反転して怖くなってきます。これ、先生の告白の書だったのかなあ……という気がしてくるんです。
    柊さんの術中にハマっている気もする。
    いつもかっちり物語の筋を決めてくる先生にしては、おかしいですよね。本当にあった怖い話だったのかもしれませんね。
    とすると、理解者がいなくて悲しかったことだろうなあ……(´-ω-`)

    作者からの返信

    鐘古さん、コメントありがとうございます。
    この作品、家具のくだりみたいに笑わせに来てるような部分もあって、先生がどういうつもりで書いたのかがちょっと不明です。ただこの一連のことが「自分の中の事実」なら、誰に分かってもらえる?というタイトルがはまりすぎますね。発表時はもうかなり病気も進行していたと思いますし。
    自分の状態を自分で認めることも、理解者がいないことも残酷ですね。それでも書き残すのは執念としかいいようがありません。

  • 人間の醜い感情がありありと表現されていますね。

    ところでモーパッサンがプロイセン将校をそういう役割にした事で、当時のフランス人のプロイセンに対する感情が見えてきますね。まぁ、誰もが負けて相手にいい感情を持てるはずないですが。ドイツびいき(かな?)の人間としてはつい悲哀をつい感じてしまいました。でも当時のドイツ文学より、モーパッサンや少し時代が遡りますがスタンダールのような作品のほうが私の好みに合いそうで、フランス文学のほうが好みだなと思ってしまいます(ドイツ文学の勉強不足かもしれませんが)。翻訳しか読めないですけど。

    作者からの返信

    こちらにもコメントありがとうございます。
    戦争に負けるというのはどうしても相手に対してこういう感情を植えつけるものでしょうね。ドイツ将校の条件はいかにも占領側らしい卑怯な要求ですが(ドイツ好きの方には心苦しいかも知れませんが)、むしろ仲間であるはずのフランス人たちの冷たさをモーパッサンは書いていて、そこが生々しく抉られますね。
    ドイツ文学はあまり知りませんが、規律の中で押しつぶされて崩壊する人間のイメージがなぜかあります。国民性と重なるような。。
    隣り同士の国なのに文学の色も違ってくるのが面白いですね。

  • はじめにへの応援コメント

    すごくモーパッサン愛があふれていますね!柊圭介さんの目論見通り、モーパッサン好きになりそうです。

    モーパッサンの手紙が70ユーロで売っていたのに驚きました。文豪の手紙としては安い気もしますが、70ユーロあれば今週1週間の食料を賄えちゃうんですよね。もっともコロナ禍以来、物価が高くなってそれも危ういですが。

    作者からの返信

    田鶴さん、お越し下さりありがとうございます!
    勢いで書き始めた連載で、この冒頭もおそれ知らずというか気持ちばかりが走っていてお恥ずかしい限りですが、そう言って下さってとても嬉しいです。
    手紙を見かけたのはもう何年も前ですね。こういう直筆文の相場というのは分からないんですが、原稿ならもっと高いかも知れませんね。
    ユーロ圏の物価などにお詳しいのでしょうか。70ユーロ、稼ぐのは大変なのに値段だけはどんどん上がりますね。本当にきびしいです。

  • 善悪二元論みたいな書き方をしないのが、モーパッサン先生の本当に素敵なところだなあと感じます。
    時代、宗教、性別、全てを超越した冷静かつ温かな眼差しが、どの作品にも必ずあるのですね。
    そういう作品を紹介してくださって、ありがとうございます!

    作者からの返信

    善悪とか敵味方という書き方ではなく、あえてもうひとつ超えたところからそれぞれを人間として描いている感じがしますね。この作品も冷酷なぐらいの視線がすごいと思います。
    こちらこそ、興味をもって読んで頂けるのが何より嬉しいです。ありがとうございます!


  • 編集済

    ベラミ号! ちょうど近況ノートで拝見した名前でしたので、タイムリーでした♪ こちらの長編はいずれ拝読しようと思っています。面白そうです。

    そして「蠅」ちゃん。なんとも強か、しかし天真爛漫な感じもあって、振り回されるのがたまらなかったのでしょうね。
    オチはきれい過ぎて現実はどうかな……という気もしますが、モーパッサン先生の若かりし日がモデルだとすると、こんなに赤裸々に書いているのはすごいです。
    結局その後の6人の関係はどうなったのか、とっても気になります。

    作者からの返信

    鐘古さん、コメントありがとうございます。
    そうそう、モーパッサンの船ですね!偶然にもノートに書いたばかりで、なんか嬉しいです。小説のべラミもお勧めです。

    蠅ちゃんって女性から見たらどうなんでしょう?女に嫌われるタイプかな~と思うんですが、逆に男には魅力的にうつる分かりやすい例ですね。
    オチは絶対狙ってますよね。もちろんフィクションでしょうが、クスクス笑いながら書いてる先生を想像してしまいます。当時はこういう女性がきっといて、若い男たちが夢中になったのかな(そしてその後見合い結婚をさせられる……)

  • 個人の想いだけではどうにもならない社会の中に生きるということ、どの時代のどの人にも通ずる悲しみだと思います。
    意志を貫けばいいのかというと、大勢の人を悲しませる結果になったり、かえって互いのために良くない結果になったり……そういう、確実な「悪」が存在しないのに追い詰められることが、世の中にはたくさんあるなあと感じていて。
    この時代であれば、子供が生まれたらますます辛いだけだろう。二人が結ばれなくて良かったのかもしれない……と思ってしまうのがまた、悲しいですね。

    作者からの返信

    鐘古さん、コメントありがとうございます。
    この話、お母さんのセリフが全てを物語っているような気がするんですよね。個人単位ではこう思っているけど、世間では同じようには思ってもらえないというリスク。そこを天秤にかけると保身を取ってしまうところ。主人公はそこに屈してしまったけど、彼女の方も同じことを感じ取ったでしょう。現代にも通じる話ですね。この題材を、作者が当時の白人の男という立場で取り上げたところは興味深いと思います。


  • 編集済

    本当に、モーパッサン先生には珍しく勧善懲悪なハッピーエンドですね!
    ラストを書き加えたというのも意味深です。
    当時のフランス社会でユダヤ人がどういう扱いをされていたかわからないので、ただの想像なのですが、教会に匿われて終わるのでは彼女自身の救いにならず、フランスの勝利を強調して終わるだけだと思ったのではないかと感じました。
    弱い者に優しい目を向けるモーパッサン先生ですから、匿われている状況から脱して、本当に彼女自身の幸福を掴んでもらいたかったのではないかなと想像します。
    新聞で不特定多数の国民の目に触れる時には愛国心に満ちた話。でも書籍化する時には、自分が本当に思い描いていたラストにしたのではないかしら。
    なーんて、勝手な妄想をしてみました。

    作者からの返信

    こちらにもコメントありがとうございます。
    ヨーロッパだとずいぶん長いあいだユダヤ人は迫害とか差別の対象になっていたようで(その原因とかは別の話として)、それがこのヒロイン像にもしっかり設定されてますね。僕はどちらかというと民族的なものよりも娼婦という身分に対するモーパッサンの愛情を感じます。ただ幸せな結婚をするところまで書くのがくどいような、あんまり先生らしくないな、という気もしてます。仰るように新聞の段階ではあっさりと愛国心だけで終わらせて、本になるときに自分の納得いくところまで書き切りたかったのかも知れませんね。普段はモヤモヤさせる話が多いので(笑)たまには勧善懲悪もいいものですね!

  • 醜悪過ぎて絶句ながら、現代にもゴロゴロしている話だなあと思わずにいられません。
    ただただ自己満足のために、ピエロが苦しむ時間を引き延ばしてしまうという。
    「少しはわたしだっていいことしたわ」くらいに思っていそうなのが、また恐ろしいです(*_*;

    作者からの返信

    鐘古さん、コメントありがとうございます。
    動物と子どもが犠牲になる話は特に醜悪ですが、先生は和らげることなく真正面から書いていますね。確かに現代でもゴロゴロしている話……。そしてこの主人公の自己正当化ぶりも時代を越えていますね。動物というモチーフを変えたとしても、こういう自己満足ってどこかに隠れているようで怖いです。

  • こんにちは。こういう話、好きです(笑)。
    19世紀のフランスって、中〜上流階級は契約結婚が多いから、結婚後に女性はサロンを開いて恋愛(不倫)を楽しむ…というような事を以前、鹿島茂さんの著作で読んだのですよね。
    それで、新潮文庫の翻訳では、「女というものは、いろんな男に接し、結婚生活の味気なさを〜」とあるのは婚前交渉の意味は含まれないのかと思っていました。「味気なさをさんざんなめたあげくに、はじめて真の恋愛にたいして一人前になる」というのは、不倫で初めて性愛を知るという事かなって。
    でも柊さんの訳↓を拝見すると、婚前交渉はあったのかな?ここは田舎町だから?それとも乱交は精神面かしら。若い時に経験したから諦めもつく人もいれば、知っているからこそこのまま枯れたくない人もいたり、はたまた、真実の愛を知らないまま死ねない!人も。なんて。

    「単純な女性こそ巧妙」とか、旦那さんがお人よしで信じちゃうところや、若い女性が潔癖なところなど、分かるな〜と思いました。モーパッサン、さすがですね!

    作者からの返信

    葵さん、コメントありがとうございます。いかにも19世紀のブルジョワっぽいお話ですね(笑)
    あ、多分僕の書きかたが悪くて、婚前交渉はないと思っています。結婚したあとにこそ本当の恋愛が待ってるみたいな意味だと思います。なんか不倫してない方が潔癖で珍しいみたいな価値観ですよね。結婚がいかに形だけのものだったか。。
    ドロドロとした書きかたも面白いですけど、こういう皮肉たっぷりのコメディ仕立てだと軽くていいですね^^

  • 忘れられないけれど想いには応えられなかった女性。そんな思い出がモーパッサン先生自身にあったのではないかと思うほど、このお話はすごく個人的で内省的な感じがします。

    画家は美しいノルマンディーの風景を生き生きと描写しながら、日の当たらない場所で生きてきた女性の内面の純真さにも気付いて、魂の交感をしつつも、女中とくだらない悪ふざけをしてしまう……。

    人間の心の隅々まで丁寧に描き出されているぶん、自分の中にも登場人物の誰かがいる気がして、ハッとさせられます。
    原文で読める柊さんが羨ましいです! それを柊さんの名訳で読めることもまた、幸せだなあ~と思いました(*´ω`*)

    作者からの返信

    鐘古さん、コメントありがとうございます。
    モーパッサンは色気むんむんの女が好きな助平かと思いきや、ハリエットさんのような女性をとても瑞々しく優しい視線で描くんですよね。あなどれません。年老いてから振り返って語る画家の視点も内省的で、若さの愚かさとか、芸術家のエゴイズムなんかも一緒に感じます。
    ハリエットさん自身の過去なんかが多く語られないのが個人的に好きです。それとこのエトルタの風景ですね。雄大さの中に孤独が余計際立つような。
    原文で読めることはありがたいです。うちには夏目漱石のフランス語訳が何冊かあるんですが、どんなに上手く訳しても「吾輩」のニュアンスは出ませんよね。
    たくさん読み進めてくださり感謝です。ありがとうございます。m(__)m

  • 柊さん、こんにちは。
    こちらの話を日本語訳で読んだのですが、面食らってしまい、柊さんの「Idylle」のもう一つの訳を読んで、なるほど!と思いました。
    本編では、途中で乳飲み子を抱えた痩せた貧しい女性が出てくるでしょう?私、ちょっとそこで身構えました。いつもの展開で、本音と建前が露呈するのかなって。でもそうじゃなくて、この女性は本心で「あの子に乳をあげて助けてあげたい位」って言ってたんですね。

    それで、男性の方も最初にこの女性が飲み食いする場面(美味しそう!お花の薫香の描写と併せて素敵)でちっともお腹が空いている素振りを見せない。本当に飲まず食わずだったのか、照れ隠しと優しさなのか分からないですが、車内のひと時の交流と濃密な描写にドキドキしました。

    作者からの返信

    葵さん、こんにちは。コメントありがとうございます。
    始めて読んだときは自分もえーっ!て面食らいました(笑)もうひとつの意味は自分のこじつけかもなんですが、そう解釈してもいいかなと思って。
    この話、意外と素直ですよね。登場人物も素朴で裏表なくて。途中で出てくる乳飲み子のところも、「あのお腹を空かせてる子供にやれたら自分も楽になれてちょうどいいのに」みたいなことですよね。
    男が飲み食いを見ないようにするのは単純に礼儀と自分の空腹を感じたくないから、というところでしょうか。最初の他人の空気からは想像できない最後のシーンまで、短い中で濃厚に描かれてますね。そのあとでのオチのひと言、とくに好きです。


  • こんにちは。手元の短編集1に入っているのものから読んでいまして、次はこちらにお邪魔します。
    2回短編を読みました。1度目は確かに後味悪いなぁ可哀想だなぁと思いましたが、正直、こういう事って日常の中でもあるように思います。「あの人の日頃の行いから察するに、彼の話は全部信用できない」と思われてしまうこと。確かに誰もが聖人ではないです。でも、日頃から正直さや思いやりもある人って誰か一人は味方してくれたりするんですよね。正直さ=要領の悪さで対立を生んだり自分に不利になる事もあるし、いい事ばかりではない。それでもお金に余裕がなくてもそういう人もいますよね。清貧というか心打たれます。旅先で宿の備品を沢山持ち帰る知人を見たのですが…私も裕福ではないので気持ちは分かるのですが、微妙な気分になり、少し見る目が変わってしまった事があります…。
    主人公のように誰の物でもない物を拾って再利用するのは卑しいかもしれないが、悪い事ではないと思います。ですが、日頃の狡猾さにも問題があったのかな、と。その辺りの教訓も感じました。勿論、彼の言葉が真実なのに信用しない人間の怖さや愚かさも上手く描かれているお話ですが。

    作者からの返信

    葵さん、いつもながら丁寧なコメントをありがとうございます。
    一度目よりも二度目、三度目になると別の視点が生まれたり考え方が広がったりして、面白いですね。優れた物語は特にその幅を与えてくれるように思います。
    この男は、旅先で宿の備品を沢山持ち帰るタイプでしょうね。で、それを知っている村人からは信用が得られないという。「日頃の行い」というのはちょっとずつ蓄積され、ある時突然評価の指針になってしまう、怖いものだなあと思います。
    ただこの村人たちも、どうなんでしょう、少しは備品を持ち帰るんじゃないかな。人は目立つズルをする人がいると、自分の少しのズルを矮小化したり帳消しにして相手を責めるようなところがありますよね。本当に正直に生きてる人がいるのかと思うと疑わしい。男を庇ったところで得するわけでもなく、自分も変な目で見られるかも知れない。そういう空気感というのもどことなく感じられて、その点ではこのノルマンディーの殺伐とした舞台設定が巧いと思います。
    現代は日頃の行いだけじゃなく、たった一回のミスでも社会から抹殺されるようなところがあるから、もっと怖いかも知れませんね。

  • あ、やっぱりもじりだった!
    なんだか柊さんの手にかかると、極上のコントになってしまいますね。
    おばあちゃんの冷たい眼差しが目に浮かぶようでした🤣

    作者からの返信

    どのタイトルをどうもじるかに全精力を使い果たしました(笑) フランスの家庭が茶の間になってたら幸いです。このおばあちゃんがもう一人の主役でしたね!
    連続ドラマにもお付き合いくださり、ありがとうございます^^


  • 編集済

    静かに読み進めるつもりだったんですが、第三話のタイトルに笑っちゃいました🤣
    なんか見たことあるぞ……!(ということは、他のタイトルも!?)
    こういう柊さんのユーモアがすごく好きです♪

    作者からの返信

    鐘古さん、コメントありがとうございます。
    あ、分かっていただけましたか! 自己満足のためのタイトルなのですが、気づいてもらえて嬉しいです^^

  • こんにちは。こちらの短編は色々と考えさせられる作品ですね。
    私はシャルロが、親を許さないから出て行く!と言えたところが、ある意味自主性が育っているなと感じました。誰が見ても酷い事を子供にする親に対しても、それが言えない子供もいますから。一見「お金に釣られないいい親」がした事を「酷い。養子に出た方が俺にとっては良かった」と言えちゃうって、自分が悪者になりかねない行為な訳で。「自分の人生、自分を一番に生きる」という選択ができた彼は、ある意味幸せに育ったのかも知れません。彼の両親は「裏切られた」と思っていそうですが。
    子供は親がコントロールできないという事と、幸せって他人と比べるときりがなく、今あるものに気づき感謝する事も大切だという両面に気づかされる話だと思いました。
    ※一般的な感想じゃなかったらすみません。でも、もう自分を隠さずに色々な視点から柊さんと話したいなと思いました。なるべく俯瞰で見るように気をつけながら(*´-`)

    作者からの返信

    葵さん、コメントありがとうございます!
    この短編は色んな視点から読めるのでとても興味深いですね。もちろん色んな視点からご感想いただけると紹介した側としても発見があって嬉しいです。
    シャルロは自分が家族を背負わされていることを知っていながら、「売られなかった」という自尊心だけを支えに生きてきたんですよね。もう一人の出現でいとも簡単に引っくり返ってしまうのは、彼自身ずっといい子をやって来た反動なのだろうと思います。親にとっては裏切られた思いですよね。
    自主性が芽生えた先に、彼にどんな生活が待っているのかは読者の想像にお任せ、というところでしょうか。ただ誰かと自分とを比べて出した答えはあまり良い方向には行かないかな、とも思います。
    ざっくばらんにご意見ご感想頂けると嬉しいので、これからもご遠慮なくお願いします^^

  • モーパッサンは被害者の悲痛な心の叫びに敏感だったのですね。群衆の挙動に追い詰められ自殺に至った被害者の精神状態を哀れに思う一方で暴力に対する静かな怒りが伝わってくる短編だと思いました

    作者からの返信

    中澤さん、コメントありがとうございます。
    この短編はモーパッサンの怒りと真摯な気持ちが強く出ていると思います。被害の先にある社会の目に焦点を当てて、集団の恐ろしさをはっきりと描かれていますね。今でもどの国でも通じる話だと思います。